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本編

38.北の砦

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「わぁ……これが、砦……」
「ノーナさん、動けるならこっち!」

 十五日間の旅が終わり、ようやく目的地に着いた。
 ノーナもなんとか生きたまま到着できて安心しているところだ。すっかり頬がこけてしまった気がするが、途中一日宿で休んでからは、徐々に体調も回復していた。
 
 道中で雪が降らなかったのも大きい。これからもっと寒くなると教えられて、砦の外には出ないことを固く決心する。

 被ったフードの下から初めて砦というものを見たノーナは、その物々しさと質実剛健な外観に驚いていた。豪華さと芸術性を全面に押し出した王宮とはまるで違う。
 港町、ピンチョを見下ろすように建てられた石造りの城塞はいかにも堅牢で、大砲の一つや二つではびくともしなさそうだ。ここからはよく見えないが、屋上には海に向かって砲台が設置されているという。

 とはいえ、この地で大きな戦いが起きていたのはノーナが生まれる前の話だ。当時は頻繁に修繕されていたというが、今は籠城して戦うような争いもなく、辺境伯の住まい兼国王軍の常駐基地となっている。辺境伯には軍の所持が認められているが、戦いの少ない現在はその規模が制限されている。
 
 国にとって、辺境を守る領主が持つ力のバランスを取ることは重要だ。過剰な戦力はかえって脅威になりかねない。
 そのためエレニア王国北部一帯の防衛に就く国王軍に、基地を提供するのが義務となっている。砦の維持費用も国に一部負担してもらえるので、持ちつ持たれつの関係らしい。

 何百名も収容できそうな砦には現在五、六十名の騎士が常駐していて、追加で新人騎士十数名を連れたシルヴァが滞在しているようだ。
 砦は広いし、ノーナたち事務官は基本的に事務室に籠もりきりとなる。与えられる部屋や風呂や食堂も、事務官と騎士たちは別だ。
 シルヴァが居なくなるまでの数週間くらいなら、ノーナの存在が露見する心配は本当になさそうでホッと胸を撫でおろす。
 
 ひとつ慌てたのは、到着直後、やつれたノーナを心配した騎士が医務官を呼んでもらおうとしたことだ。二週間も一緒にいれば寝込んでいたノーナでも騎士たちと面識はできたのだが、完全に「か弱い人」のレッテルを貼られてしまった。
 自分のせいだけど、これ以上情けない理由で目立ちたくない。

 

「よく来たな! ピンチョの辺境伯、モルタ・ホルトゥロルムだ!」
「わぁ……」
「女性だって、知らなかった?」

 到着したのは夕方だったため、ノーナたちは荷物の積み下ろしと整理だけをおこないすぐに休んだ。
 翌日になって挨拶に来たのは臙脂えんじ色の軍服を纏った大柄な女性だった。しかもノーナよりは年上だろうがかなり若い。
 想像していた辺境伯の姿とはまったく違ったので、思わず目を丸くしてしまった。
 
 騎士たちに劣らないくらい背が高く、真っ赤な髪をポニーテールにした美人で、スタイルがいい。辺境伯軍オリジナルの軍服だろうが、きっちりと着込んだ禁欲的な姿は、彼女のメリハリある身体をかえって強調している。
 
 騎士団内でも彼女は有名らしく、ノーナのように驚いている人はいなかった。……ぽーっと見惚れている騎士は数名いたが。

「……なんだ? ちっこいのがいるな」
「えっ、えっ」

 挨拶を終えてから、なぜか辺境伯はノーナに目をつけた。わざわざ近づいて来たかと思うと至近距離で顔を覗き込んでくる。近くで目を合わせると、アーモンド型の目に収まったヘーゼルの瞳が獲物を見つけた猛禽類のように細められる。
 
 そして次の瞬間。――むぎゅっ、と強く抱きしめられた。なお効果音は彼女の……うん、察してほしい。
 ノーナは女性に性的興味がないので、ただただ焦った。

「ぷはっ。ごめんなさい! 失礼ですが、なんですか!?」
「か~わいい! どうしてこんなところに来ちゃったの? うちの子になりなさい。ねっ、そうしよう!」

 ちょっと何を言っているのかわからない。
 
 彼女の圧迫から顔を逸らして、ノーナは助けを求めようとする。だが周囲の騎士たちは羨ましそうに見たり、ほわぁっと癒やしを見つけたみたいな顔をしていて、誰も近づいてさえ来ない。パテルも、頭の上に疑問符を浮かべて突っ立っていた。

 誰か……助けてよぉぉぉ!
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