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本編
32.不穏な作戦
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「これがデスティニー……」
「…………」
男は芝居がかったように愛を囁いていたが、ノーナは時間がないことで焦っていた。四回目の魔法は、たった十三分しかないのだ。
ふたりきりで話すために半分ほどドアが開いていた部屋に入ると、先ほどまで会議でもしていたのか部屋の中は雑然としていた。誰もいないから都合がいい。
男から昨日の話を聞き出したいが、たとえ好きな相手であっても後ろ暗い話は隠したいはずだ。ノーナは男にどう話を切り出すか、寝る間も惜しんで考えてあった。
嫌々ながらも男に身体を寄せ、至近距離で上目遣いをする。正直なところ誰かを誘惑するなんてまったく自信がないものの、ノーナは魔法と恋の威力を知っていた。
「お兄さんの気持ち、嬉しいです。でも僕、ある人からしつこく迫られていて……どうしたらいいのか……」
「誰だそれは! ぼくが成敗してあげるから言ってごらん。ぼくたちは運命の赤い糸で繋がっているん……」
「狼騎士です」
「!!!」
余裕がなくて長々と語ろうとする男の言葉を遮ってしまった。けれどノーナが『狼騎士』と口にしたとたん、彼は細い目をめいっぱい見開いた。そしてわなわなと震え出し、絞り出すような声で「あんの&$#%野郎め!」と汚い言葉を吐く。
たとえ作戦だとしてもシルヴァのことを悪く言うのはつらくて、ノーナは手をきつく握りしめる。そんな様子に気づかない彼は楽しいことを思い出したようにニヤニヤと笑みを浮かべ、ノーナの頭を撫でた。
「安心していい。あいつはもう、ここに戻ってこない」
「え……ど、どうしてですか?」
「あいつを憎む派閥で、計画を立てたんだよ。狼には、遠征地で大怪我を負ってもらう」
「!! ……そ、そんなことが可能なんでしょうか。彼はすごく強いと聞きました」
あぁ……ノーナの悪い予感は当たってしまった。視界の隅に闇が忍び寄ってくる。噂が立ち始めた時からそこにあって、見たくないからと無視してきた悪意の塊だ。
男は昨日の不安げな様子もどこへやら、朗々とノーナに説明してくれた。
話によると、そもそもシルヴァは北の砦に向かう予定はなかったらしい。いつも通り南での戦闘の中心人物として上層部が指示を出そうとしたところ、彼を気に食わないと思っている高官が北への遠征をごり押しした。
普段なら一蹴されるその主張が通ったのは、シルヴァにノーナとの噂が立っていたからだ。ある人は堅物の若者に嫌がらせをしてやりたい意味で、またある人は恋愛にうつつを抜かしていないで反省しなさいという意味で、シルヴァの北への派遣を支持した。
南へ行けば武功を立てさらに幹部への階段を一歩上る可能性もあるが、北では戦闘が起きていないためその可能性もない。それに冬を目前とした北への旅は、単純に過酷なものになることが予想されるのだ。
男は噂の相手が目の前にいるとは微塵も思っていないに違いない。いいタイミングで最高の醜聞がでたと喜んで、ぺらぺらと話し続けている。
これを機にシルヴァを蹴落とそうと、彼らは作戦を立てた。北の砦に常駐する人員を入れ替えるため、来週にも十数名の騎士団員が王宮から出立するそうだ。そのなかにシルヴァを憎む派閥の一員が混ざっていて、現地で油断している彼を罠にかける予定らしい。
ノーナは詳細な計画をなんとか聞き出そうとするけれど、男は途中で話を切り上げ「ね。だから、大丈夫。安心して、ぼくだけの恋人になってほしい」などと脱線して口説いてくるので聞き取りは難航した。
部屋にある時計を見て、そろそろ頃合いだと諦める。男と一緒に部屋を出てから、ノーナは彼にお願いした。
「忘れ物をしたから、ここで待っていてくれますか?」
「もちろん! 君のことなら、いくらでも待てるよ」
……恋をしても名乗らず、相手の名前さえ訊かない人もいるようだ。
ノーナが男を置いて少し離れたところから見ていると、唐突に彼は(なんでぼくはこんなところに立っているんだ?)と言わんばかりに首を傾げ、立ち去っていった。
はじめて、ノーナは惚れ薬を失敗なく使えた。それに上手く誘導したことで欲しかった情報も得ることができたし、少しくらい達成感を感じたっていいはずだ。でも……
(どうしよう……シルヴァさんが、危ない!)
やはり昨日の話の内容はシルヴァを害するためのものだったのだ。しかも、ノーナとの噂が作戦の後押しをしてしまっていた。
ノーナのような男との噂だけでも、将来有望な若者にとって不名誉なことだ。噂は変化し、今ではシルヴァが悪者のように言われてしまっている。
ここに来て遠征先が北へと変わったこと。さらには彼を害する計画まで立てられ、着々と準備が進められていること。
すべてが――ノーナのせいだった。
足元が抜けて深淵に放り出されたような絶望と、押しつぶされそうなほど重い罪悪感が同時に襲ってくる。こんなにもシルヴァに迷惑をかけて、取り返しがつくのだろうか。
――――――――――
いつもお読みいただきありがとうございます♡
話数でいいますとここが折り返し地点です。しばらく暗めの展開とハラハラが続きますが、耐えてください!笑
まごうことなきハピエンですので……!
ポチポチ投票いただけているようで、ありがたい限りです。
また感想はどうぞお気軽に。応援いただけるととっても嬉しいです!
「…………」
男は芝居がかったように愛を囁いていたが、ノーナは時間がないことで焦っていた。四回目の魔法は、たった十三分しかないのだ。
ふたりきりで話すために半分ほどドアが開いていた部屋に入ると、先ほどまで会議でもしていたのか部屋の中は雑然としていた。誰もいないから都合がいい。
男から昨日の話を聞き出したいが、たとえ好きな相手であっても後ろ暗い話は隠したいはずだ。ノーナは男にどう話を切り出すか、寝る間も惜しんで考えてあった。
嫌々ながらも男に身体を寄せ、至近距離で上目遣いをする。正直なところ誰かを誘惑するなんてまったく自信がないものの、ノーナは魔法と恋の威力を知っていた。
「お兄さんの気持ち、嬉しいです。でも僕、ある人からしつこく迫られていて……どうしたらいいのか……」
「誰だそれは! ぼくが成敗してあげるから言ってごらん。ぼくたちは運命の赤い糸で繋がっているん……」
「狼騎士です」
「!!!」
余裕がなくて長々と語ろうとする男の言葉を遮ってしまった。けれどノーナが『狼騎士』と口にしたとたん、彼は細い目をめいっぱい見開いた。そしてわなわなと震え出し、絞り出すような声で「あんの&$#%野郎め!」と汚い言葉を吐く。
たとえ作戦だとしてもシルヴァのことを悪く言うのはつらくて、ノーナは手をきつく握りしめる。そんな様子に気づかない彼は楽しいことを思い出したようにニヤニヤと笑みを浮かべ、ノーナの頭を撫でた。
「安心していい。あいつはもう、ここに戻ってこない」
「え……ど、どうしてですか?」
「あいつを憎む派閥で、計画を立てたんだよ。狼には、遠征地で大怪我を負ってもらう」
「!! ……そ、そんなことが可能なんでしょうか。彼はすごく強いと聞きました」
あぁ……ノーナの悪い予感は当たってしまった。視界の隅に闇が忍び寄ってくる。噂が立ち始めた時からそこにあって、見たくないからと無視してきた悪意の塊だ。
男は昨日の不安げな様子もどこへやら、朗々とノーナに説明してくれた。
話によると、そもそもシルヴァは北の砦に向かう予定はなかったらしい。いつも通り南での戦闘の中心人物として上層部が指示を出そうとしたところ、彼を気に食わないと思っている高官が北への遠征をごり押しした。
普段なら一蹴されるその主張が通ったのは、シルヴァにノーナとの噂が立っていたからだ。ある人は堅物の若者に嫌がらせをしてやりたい意味で、またある人は恋愛にうつつを抜かしていないで反省しなさいという意味で、シルヴァの北への派遣を支持した。
南へ行けば武功を立てさらに幹部への階段を一歩上る可能性もあるが、北では戦闘が起きていないためその可能性もない。それに冬を目前とした北への旅は、単純に過酷なものになることが予想されるのだ。
男は噂の相手が目の前にいるとは微塵も思っていないに違いない。いいタイミングで最高の醜聞がでたと喜んで、ぺらぺらと話し続けている。
これを機にシルヴァを蹴落とそうと、彼らは作戦を立てた。北の砦に常駐する人員を入れ替えるため、来週にも十数名の騎士団員が王宮から出立するそうだ。そのなかにシルヴァを憎む派閥の一員が混ざっていて、現地で油断している彼を罠にかける予定らしい。
ノーナは詳細な計画をなんとか聞き出そうとするけれど、男は途中で話を切り上げ「ね。だから、大丈夫。安心して、ぼくだけの恋人になってほしい」などと脱線して口説いてくるので聞き取りは難航した。
部屋にある時計を見て、そろそろ頃合いだと諦める。男と一緒に部屋を出てから、ノーナは彼にお願いした。
「忘れ物をしたから、ここで待っていてくれますか?」
「もちろん! 君のことなら、いくらでも待てるよ」
……恋をしても名乗らず、相手の名前さえ訊かない人もいるようだ。
ノーナが男を置いて少し離れたところから見ていると、唐突に彼は(なんでぼくはこんなところに立っているんだ?)と言わんばかりに首を傾げ、立ち去っていった。
はじめて、ノーナは惚れ薬を失敗なく使えた。それに上手く誘導したことで欲しかった情報も得ることができたし、少しくらい達成感を感じたっていいはずだ。でも……
(どうしよう……シルヴァさんが、危ない!)
やはり昨日の話の内容はシルヴァを害するためのものだったのだ。しかも、ノーナとの噂が作戦の後押しをしてしまっていた。
ノーナのような男との噂だけでも、将来有望な若者にとって不名誉なことだ。噂は変化し、今ではシルヴァが悪者のように言われてしまっている。
ここに来て遠征先が北へと変わったこと。さらには彼を害する計画まで立てられ、着々と準備が進められていること。
すべてが――ノーナのせいだった。
足元が抜けて深淵に放り出されたような絶望と、押しつぶされそうなほど重い罪悪感が同時に襲ってくる。こんなにもシルヴァに迷惑をかけて、取り返しがつくのだろうか。
――――――――――
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