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本編

31.

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 ノーナは家に帰ってウンウン頭をひねった。最初に思いついたのは情報通のピークスに頼ることだ。今日彼に聞いた話もノーナは全く知らなかったし、もっと探ってもらえばなにか情報が出てくるかもしれない。
 
 騎士団本部の事務官には、ノーナにも挨拶してくれる人当たりのいい若い子もいる。どこの局を訪れても、ノーナはついそそくさと立ち去ってしまっていたが、ちゃんと交友関係を広めておけばよかったと今さらながらに後悔した。

 ふと、棚に置かれたガラス瓶が視界に入る。透明な瓶の中にはまだ二つ、桃色の薬が残っていた。
 先日魔女がこの部屋を訪れていたとき、ノーナはお礼と謝罪を伝えて惚れ薬はもう使わないと宣言した。本当に好きな人ができたから、もう使いたくないのだと。

「ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、捨てるなんて……」
「駄目だ」
「えっ」
「駄目に決まっとるだろうが! 偉大なる魔女様が、貴重な材料を使って、わざわざ作ってやったんだぞ……この、ばかちーん!」
「ひぇっ。す、すみません!」

 魔女にべちっと頭をはたかれ、結局ノーナは惚れ薬を捨てることができなかったのだ。確かに捨てるのは失礼だとわかっているけど、どうしよう。使用期限とかあるのかな……と途方に暮れていた。
 
 でも、もしこれを活用して情報を手に入れられたら? 今日顔を見た騎士を魔法でノーナに惚れさせたら、情報を聞き出すことくらいできないだろうか。都合のいいことに効果が切れれば記憶だって消える。
 四回目の効果時間は約十三分。ちゃんと使い方も学んだから、今度こそ間違いないはずだ。リスクは……どう考えてもかなりあるけれど。上手く行けばリターンも大きい。

 彼らがシルヴァに何も仕掛けていないことさえ、分かればいい。

 

 翌日、さっそくノーナは行動した。惚れ薬を常にポケットに入れ、薄めて飲む用の水も小さな容器に入れて携帯する。おかげでポケットがリスの頬袋のように膨らんでいた。
 騎士団本部に持っていく書類はなかったが、それっぽく紙を重ねて持ち歩き、昨日見た顔を探す。訓練場の見える廊下を往復してみたり、騎士たちがよく利用する食堂で目を光らせてみたり。

 ノーナは今、仕事以上の使命感をもって行動していた。仕事が遅れたなら残業すればいいだけだ。シルヴァがいない王宮で、自分がどれだけゾンビに見えても気にならない。
 とにかく急いで情報が欲しかった。騎馬で移動していれば、もう彼が北の砦に到着していてもおかしくないのだ。

 もっとも、ギラギラと目を光らせていたノーナは昨晩悶々と考えていたせいでほとんど寝ていなかった。だから成果のないまま夕方にもなると、知らぬ間にかなり注意力散漫になってしまっていたらしい。

 別の局からの帰りも、ノーナは睨みつけるように前方を見据えていた。そのとき……十字路になっている廊下の右の通路から人が出てきたことに気づかず、ドシンとぶつかってしまった。

「あわっ。ご、ごめんなさい」
「うわ! 君、大丈夫か?」

 体格のいい相手に跳ね返されて尻もちをついたノーナは、衝撃と痛みで涙目になった。ここ数ヶ月、尻に負担を与えすぎな気がする。そろそろ四つに割れるんじゃないだろうか。
 
 痛みを数秒でやり過ごしてから、相手が騎士服を着ていることに気づく。上から降ってきた声の主を確かめると、なんと昨日見た男だった。たぶんオドオドと話していた方だ。
 思わずじっと顔を見つめると、相手は驚きの表情から一転、細い目をさらに細めて微笑んだ。ノーナの腰に手を添え、腕を掴んで抱き起こす。

「怪我はしていないかい? そこに医務室がある。連れて行ってあげるから診てもらおう」
「あ、えーっと……ありがとうございます」
「かわいい顔をしてるね。王宮へは来たばっかり? ひとりで迷っちゃった?」
 
 ノーナの顔を知っていた感じではない。昨日の印象とは大きく異なり、なんというか……とても軟派な雰囲気だ。
 騎士団のなかには若い後輩で性欲を発散させる者もいるらしいが、この人もそのクチなのだろうか。触り方に下心を感じるし、掴んだ腕を離してほしい。
 
 だがこれは願ってもみないチャンスだった。ノーナは地面についた手を洗いたいからと言い訳してなんとか水場へ駆け込み、雑に手を洗って即座に惚れ薬を口に入れた。
 じりじりと十秒ほど待つと、まるで最初から液体だったかのように口の中で溶けていく。それを水で薄めながら何回かに分けて飲み込めば完了だ。
 ノーナは彼の元へ戻って声をかける。

「お待たせしましたっ」
「……あぁ、神よ。ぼくは運命の人に出会ってしまったようだ!」
「…………」
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