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本編

12.銀の太陽

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 ノーナは日常を取り戻した。仕事だけに邁進する、変わりのない日々……のはず。

「だ、だれかこの書類を届けてくれませんかぁぁ……」

 経理局内にむなしく自分の声が響く。日頃の関係をかんがみれば、誰も応えてくれないことは分かっていた。
 しかしノーナは手元にある書類――騎士団本部の経費申請書(差し戻し)――をどうしても、自分で持って行きたくなかったのだ。
 
 聞くところによると新人騎士の訓練は無事に終了し、シルヴァもこの王宮に戻ってきているらしい。

 エレニア王国の王宮はとてつもなく大きい。王家の住む宮殿と政府の各庁舎、騎士団本部に礼拝堂、国立図書館まである。
 だからノーナが彼と偶然会う確率は、それこそ騎士団本部に自ら赴かない限りとてつもなく低い。
 
 それでもあの日、奇跡的な偶然で会ってしまったからこんなに悩んでいるんだけど……

 仕方なく重い腰を上げ、ノーナは騎士団本部へと向かった。トボトボと歩く足取りは鉛のように重い。それは気分的なものなのか、単なる疲労のせいなのか。
 
 上司のトゥルヌスさんは家の都合でここ数日休んでいるため、局長代理の権限はノーナにある。もともとノーナが回しているような職場だが、上司不在の影響は大きかった。
 
 書類の修正や確認を頼みたくても聞いてくれる人がいないので、最近は一人で深夜まで残業する羽目になっているのだ。
 たとえ仕事にやる気がなくても、業務を割り振ってくれるトゥルヌスさんの存在は必要だと実感させられる。

 ノーナの気分に反して外は快晴だ。夏本番を迎えた太陽の光を受けて、大理石の柱や床が眩しいほどに煌めく。照り返してくる光線は熱を帯び、ノーナの首筋に汗を滲ませた。
 
 騎士団本部が近づいてくると、外に訓練場の区画がありそこで訓練している騎士たちが見えた。彼らが新人騎士かもしれない。遠目にもまだ少年のような顔立ちの者もいて、シルヴァと比べるとひょろりとした体格も多い。
 これまで何度もここへは訪れているけど、興味を持って目を向けたのは初めてだった。

 そのとき、騎士たちの中でも圧倒的に存在感を放っている男が視界に入った。
 ――シルヴァだ。
 
 騎士には文官と比較して平民が多くいるらしいが、やはり貴族の特徴である明るい髪色が多い。そんななかでも彼の髪はいっそう輝いて見えて、一瞬で見つけてしまった。
 あの髪に触れた感触を思い出し、無意識に手を握りしめる。

 新人騎士に並んでも彼の体格は段違いだ。こちらに背を向けているから表情は伺いしれない。数名集めて、なにか指導しているように見える。

 シルヴァが王宮にいるときはどんな仕事をしているのか、仕事以外もどう過ごしているのか、結局あの日は彼のことを何も聞けなかった。
 そのせいかノーナは遠くからずっと眺めていたいような気持ちになったものの、足は止めなかった。
 
 彼と肌を重ねたことはノーナだけの秘密で、無かったことにするべきだ。きっとシルヴァもその方が幸せだろうし、潜在的な記憶を刺激しないため彼との接触は避けようと思っている。
 
 ……思っているのに、なぜか足が速く動いてくれない。何かが自分を引き留めているとして、それは間違いなく自分の心なのだろう。
 
 あともう少しで訓練場が見えなくなるというとき、シルヴァが何かに呼ばれたようにこちらを振り向いた。

「やばい!」

 ノーナは慌てて廊下の先を目指した。が、急に速く動こうとしてもノーナの運動神経が追いつかず、その場でズッコケてしまった。
 べちん! と床に手と膝をぶつけ、涙が出るほど痛い。

(……まさか見られてないよね?)

 そう思っても確認するのさえ怖くて、ノーナは落ちた書類を拾ってそそくさとその場を後にした。
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