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本編
9.宝物の思い出
しおりを挟む「は? 惚れ薬?」
友人のあっけにとられた顔を目の当たりにして、ノーナは人に相談するのは早まったかな……と思った。
ピークスは学園時代の友人で、ノーナと同じく王宮で働いている仲間である。ずっと同じ王宮で働いていることを知らなくて、一年ほど前にピークスの局の部屋が変わったおかげで偶然再会したのだ。
二人は王都の歓楽街にある酒場で食事をしつつ、酒を楽しんでいた。人が出入りするたびに夜風が店内を吹き抜けて気持ちいい。夏の盛りを迎えようとしているテュッレーの街は、涼しくなる夜にいっそう賑やかになる。
ノーナには彼くらいしか友人がいないが、ピークスはそうでもない。彼は世渡り上手なタイプで、仕事でも上手くやっているらしい。
癖のあるブラウンの髪に明るいオレンジの瞳。頬に散らばるそばかすが彼の親しみやすさを後押ししている。性格はかなりしっかり者で、学園時代はおっちょこちょいなノーナを何度も助けてくれた。
最近の目まぐるしい出来事をどうしても自分の中だけでは抱えきれなくて、ピークスと会う予定だった翌週末にノーナは打ち明けたのだ。迷いの森で出会った魔女に惚れ薬をもらったこと、それをトゥルヌスさんに使おうとして……誤ってシルヴァに使ってしまったことを。
話を聞き終えたピークスはノーナの肩を優しく両手で掴んで、慈愛に満ちたまなざしで話しかけた。
「可哀想に……ノーナ、働きすぎなんだよ。おれも付き添ってあげるから、一緒に病院へ行こう」
「いや、鮮明な幻覚を見たとかじゃなくてね」
「無理しなくていい。まずは身体と心を休めようか」
「いや、あの……」
周囲は人々の話し声に満ちている。喧騒で自分たちの会話が誰かに聞かれる心配はないだろうと判断して、ノーナは必死に説明した。
なにせ見せられる証拠が全くないから、魔女の家の様子や惚れ薬の詳細な使い方、あとは……シルヴァとのあれこれについてまで、顔を真っ赤にして話すしかなかった。
◇
――あの日は大変だった。
シルヴァはベッドの上でノーナを生まれたままの姿にしたあと、また感極まったように「かわいい」と声を漏らし、胸の中に隠すみたいにしてノーナを抱きしめた。ノーナはどうしてか抵抗できず、されるがままぬいぐるみのように抱かれていた。
身じろぎすると騎士服についた勲章などの飾りが肌に当たってちょっと痛い。ノーナが小さく呻くと、すぐに気づいたシルヴァも「悪いっ」と下履き以外の服を脱いでしまう。
すると大きくなった彼の中心が下履きを押し上げているのが目に入ってきて、ノーナは目を丸くした。慌てたシルヴァが抱きすくめてきたからすぐに見えなくなったが、彼の胸からはバクバクと大きな心音が聞こえてくる。
(かわいい……)
今度はノーナがシルヴァに対して思った。
二人が行った性的な触れ合いは、さっきのキスだけだ。今だってほぼ裸とはいえ、女性とは違う柔らかくもない身体を抱擁されているだけ。それなのに身体の反応を隠しきれない彼は、本当にノーナに対して恋をしているのだとわかった。
(恋されるって、こんな気持ちなんだ……)
ノーナのことを大切そうに抱きしめているシルヴァの恋心を想像すると、胸がくすぐったい。いまだけとわかっていても、幸せと悦びが一緒くたになって襲ってきた。
彼の身体からは少しの汗と、ジンジャーのようなスパイシーな香りがする。男らしくてセクシーな香り。圧倒的に自分よりも大きな体格で、筋肉量の違いなのか体温も高かった。
ノーナはその時、全身でシルヴァという男を感じていた。セックスをしなくても、ここまで他人を身近に感じられることが不思議だ。肌を重ねていても、トゥルヌスさんはいつも遠い。
今は魔法の効果でなんの取り柄もないノーナに夢中になっているけれど、シルヴァはきっとすごくモテるのだろう。口説き慣れているようではなかったから、真面目な性格なのは間違いない。
表情や雰囲気は厳めしいものの顔立ちは整っているし、美しいシルバーの髪が彼の生まれの高貴さを物語っている。家柄と実力を兼ね備えていて、騎士団内でも将来有望。抱かれたい男ナンバーワンといっても過言ではないかもしれない。
そんなすごい人に恋されるなんて、本当に『いまだけ』だ。間違えちゃったけど、これはこれで一生経験できないことだった。
だから……いいよね? 人生に一度くらい、びっくりボーナスを貰ったっていいじゃないか。
――そうして、ノーナはシルヴァに肌を許した。
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