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 カラカラン、とベルの音を立てて善が帰っていく。何度も振りかえる男にひらひらと手を振って、もう片手に持った花束をため息とともに見つめた。

「花って。どーすんだこれ」
「どうするって、たぁくん! どういうつもりで嘘を?」
「え。だっておもしろそうじゃん。ちょっと付き合ってみるのもいーかなーって」
「試しに付き合うってのはいいと思うけど。まだ十代って向こうは信じてるんだろ? それって虚偽とか詐称とかに当たるんじゃないのー?」
「うわ、そこまで考えてなかった」

 弁護士全般ではないだろうが、かなりお堅い考えをもっている善と付き合うのは大変そうだ。でも深くまで関わらなければいいだけだし、面倒なことになりそうだったらポイすればいい。

 もっとも、善みたいな男が高校生と付き合おうとするなんてそれこそ意外だろ? まぁ、同意なら性行為も罪には問われないわけだ。

(よっぽどおれとのセックスが良かったってことか……?)

 思い出すたび赤面してしまうくらい、甘くて濃厚で、ちょっと意地悪なセックスだった。正直鷹哉はなにもしていないし、自分でも聞いたことのない声で喘いでいただけだ。

 つまり善はワンナイトこそしたことがなさそうでも、男との行為自体は経験があるらしい。

(うーん。やっぱり、おれが選ばれた理由は検討もつかねぇ)
 
 さっき聞いてみてもよかったけど、また詳細に鷹哉の行動や反応など語られたりしたら羞恥で爆発してしまうからやめた。二人で会ったときに聞いてみよう。

「すごくね? おれに弁護士の彼氏ができたって」
「相思相愛ならすごいけどさ……知ーらねっ。とりあえず訴えられないように、ワンナイトは封印しろよ。浮気になるぞ」
「あー……まぁ、ひと月ふた月くらいは我慢するか……」

 別にヤりまくりたいってわけじゃないのだ。ただ軽い駆け引きが楽しかっただけで。
 たとえ一夜を求めるためだったとしても口説かれるのは気分がいいし、口説いて乗ってもらえるのも大いに承認欲求が満たされる。

 だから、鷹哉としては善がどれだけ自分を満たしてくれるかかなり期待していた。ちょっとだけ……、あのセックスをもう一度体験するのも悪くないと思っている。


 ◇


 あれから二週間経った。鷹哉の日常は日々の大学と少しの勉強、週に一度のサークル活動と、あとはバイトで構成されている。今日も今日とて、バーでのバイトだ。

「たぁくん、おかわりちょーだい?」
「はーい。ザキさん、なんかあった? いつもより飲み方が……」

 一ヶ月ほどまえに初めて来店し、それ以来よく見かけるザキという客(何ザキなのかは知らない)が若干荒れているのを鷹哉は感じていた。基本的に店員はひとりの客を放っておかないし、会話は仕事のうちなので二回も来店すれば誰とでも気安い感じになる。
 
 ザキは確か二十代半ばで界隈に多いがっちりとした体型なのだが、今日はしおしおと背中を丸めている。飲むペースもいつもより早い。

「いいなって思ってたやつにさ、彼氏がいたんだ……」
「わー……ご愁傷さま」

 それ以外に言うことが思い当たらず、ずいぶんとあっさりした返しになってしまった。軽い付き合いに慣れすぎて、あまり失恋の気持ちがわからなかったのもある。
 
 すると、隣にいた常連のジュンが「ならさ、」と会話に割り込んできた。彼は四十前後。誰よりも社交的で、このバーの事情にも精通している。

「そういうときには、人肌で忘れさせてもらうんだよ。な? お兄さんタチでしょ」
「いや、それができたら最高ですけど。俺は誘うのも苦手で……」
「目の前にいるじゃん。ワンナイトのプロが」
「えっ。まさか……、この子が……!?」

 ジュンの視線と、遅れてザキの視線まで向けられて、鷹哉は視線を落としため息をこぼす。プロじゃねーし。
 けれど鷹哉のワンナイト癖は当然常連に筒抜けだ。これまでだったら、いまの流れで「する?」と流し目を送ったりするのだが……現在はそうできない事情がある。
 
「一夜だけなら甘い夢を見せてくれる、たぁくんは孤高のおネコさまだよ。な?」
「ジュンさん、変な呼び方しないでくださいよ……至って普通ですから、おれは」
「どれだけ虜になっても、二度目を求めちゃいけない。それはこの店どころか、この界隈では暗黙のルールになってるんだ」
「それは俺も聞いたことがあります。つ、つまり、一度だけならお相手してもらえると……?」

 頬を赤らめ、ゴクリとつばを飲み込んだザキが鷹哉の身体を舐めるように見つめる。
 ジュンの大げさな語り口調はいつものことで、なんど言ってもやめようとしない。変な噂になったらどうしてくれるんだ。つーかザキも、聞いたことあるって言った?

 どうやって断ろうかと考えていたとき、マスターがドリンクを持って助け舟を出しに来てくれた。
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