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まぁいいか、と結論付けても気になるものは気になる。クインスがわざわざ勿体つけて俺を呼び出すんだから、一般には知られていない何かがあるのだと思う。
寝てるだけって、もしかして怪しい意味もあるとか……? エロい神子とかそんな感じ? いや、こいつに限ってそんなことはないだろう。
「セイくん! こんな風に待ち合わせるなんて、なんだか逢い引きみたいだね」
「クインス、早くしろよ。あまり時間がないんですぅ」
「つれないなぁ。まぁいいか、神子の仕事が終わる前に行こう」
わざわざサッと金髪をかき上げて見せた男に自然と手を取られ、嫌々ながらもついていく。この様子だと、神子の仕事ぶりを直接見られるのかも。
二メートルある男の一歩は大きくて、小走りで歩いたことのない王宮内の廊下を進んでいく。クインスの地位は結構高いのか道を遮る者はおらず、使用人ぽい人たちは立ち止まって目線を下げていた。
王宮は三階建てなので階段を上るのかと思ったら、進んだ先は地下だった。廊下は長く、意外に広そうだが窓があるはずもなく、松明だけで照らされた空間は夜のように仄暗い。神子が祈る場所ってもっと正反対の感じを想像していた。
もしかしてクインスに騙されたか……? と疑いはじめたところで、騎士の格好をした人たちが扉を守っている部屋の前に到着した。
「クインス侯爵。申し訳ございませんがここは神殿関係者以外、立ち入り禁止です」
「もちろん分かっているよ。許可は貰ってきているから隣を使わせてもらう」
侯爵かよ、と内心思いながらも騎士の断固とした態度に動じないクインスを横目に見上げた。こちらもこちらで堂々と隣の部屋に入っていく。
その背中について行こうとすると、いかにも強そうな騎士が俺を見てほんのりと目元を緩めた。おい、子供だと思ってんのわかってるんだからな。覚えとけよ!
ランプに火をつけたクインスが振り返る。王宮にしては薄い絨毯と、埃を被った感じのテーブルセット。この部屋が普段使われていないことはありありとわかる。
扉を閉めてしまったからとても静かだ。どこか息苦しさを感じながらも俺はクインスの手招きに従った。
「セイくん、ここに小さな穴がある。隣が祈りの間だ」
「覗き部屋かよ」
薄気味悪いぜ。とはいえ見ないという選択肢はない。壁に開いている穴は片目にちょうどいい大きさだが少々高い位置にある。俺が背伸びして覗こうとすると、クインスの手が背後から腰を持ち上げるように支えた。
「く、擽ったいから持つなよ。――あ……」
「見えたでしょう?」
穴から見えた隣の部屋の様相に目を見張る。祈りの間には想しかいなかった。複数のランプが照らす床には大きな魔法陣のようなものが描かれている。
薄明るく光る円の中心で、あいつは横になっていた。聞いていた通りではある。――でも、
「見える? 彼の脚に刺さっている剣は、治癒を妨げる魔法がかかっている。あの魔法陣は神子の血を、その力を、国全体の大地に広める役割を担っているんだ」
「ど、……っ!」
俺の耳元に近すぎる場所で囁いていたクインスは、「どういうことだよ!」と叫ぼうとした俺の口を片手で塞いだ。
そう。あいつは……想は、脚に短剣を刺され、ドクドクと血を流していた。血が広範囲に広がっていないのは、魔法陣が吸収していたからなのだろう。
目を閉じて動きもせず、眠っているように見えるけど……、昨日ライムに聞いた話が頭の中で反響する。
前の巫女が若くして死んだ理由。そんなのこれしかない。
この残忍な仕事が毎日続いていたなら、すごく身体に負担を掛けていたか、精神に負担を与えていたか。どちらも……だろうな。
「君は神子様の囲っている『生き別れの弟』なんだろう?」
「は……?」
「神子はお披露目の後に自分の仕事内容を聞く。万が一にも逃さないためだろうね。君を保護し、君に何も伝えない条件で彼は仕事内容に了承した」
うそだろ……?
想は俺のことをそんな風に説明してたのか。日本でなら似てないと断言できるが、この国に唯一の日本人同士なら『弟』も突き通せる嘘なのかもしれない。
クインスは呆然とする俺の腹にもう片手を回しながら、神子について説明する。傷の治りが早いこと。体液が恵みの力を持つこと。国の為に召喚されているので、拒否権は与えられないこと――。
「ひどい話だと思わないかい? 確かに国にとって必要な存在ではあるが、まだ年若い青年にこれから一生この勤めを強いるのは酷だと思っている」
「……ひどすぎるだろ。なんとかならねーのか」
「難しい。国王も神殿も、これまでの風習を変える気がない。そもそも神子の仕事内容はごく一部にしか知らされていないんだ。――でも、私と同じ意見をもつ貴族は少数だが存在する。私たちが集って声を上げれば……あるいは」
「なら! それをすぐにやってくれ……お願い、します」
「君次第だよ?」
そういうことかよ……。
寝てるだけって、もしかして怪しい意味もあるとか……? エロい神子とかそんな感じ? いや、こいつに限ってそんなことはないだろう。
「セイくん! こんな風に待ち合わせるなんて、なんだか逢い引きみたいだね」
「クインス、早くしろよ。あまり時間がないんですぅ」
「つれないなぁ。まぁいいか、神子の仕事が終わる前に行こう」
わざわざサッと金髪をかき上げて見せた男に自然と手を取られ、嫌々ながらもついていく。この様子だと、神子の仕事ぶりを直接見られるのかも。
二メートルある男の一歩は大きくて、小走りで歩いたことのない王宮内の廊下を進んでいく。クインスの地位は結構高いのか道を遮る者はおらず、使用人ぽい人たちは立ち止まって目線を下げていた。
王宮は三階建てなので階段を上るのかと思ったら、進んだ先は地下だった。廊下は長く、意外に広そうだが窓があるはずもなく、松明だけで照らされた空間は夜のように仄暗い。神子が祈る場所ってもっと正反対の感じを想像していた。
もしかしてクインスに騙されたか……? と疑いはじめたところで、騎士の格好をした人たちが扉を守っている部屋の前に到着した。
「クインス侯爵。申し訳ございませんがここは神殿関係者以外、立ち入り禁止です」
「もちろん分かっているよ。許可は貰ってきているから隣を使わせてもらう」
侯爵かよ、と内心思いながらも騎士の断固とした態度に動じないクインスを横目に見上げた。こちらもこちらで堂々と隣の部屋に入っていく。
その背中について行こうとすると、いかにも強そうな騎士が俺を見てほんのりと目元を緩めた。おい、子供だと思ってんのわかってるんだからな。覚えとけよ!
ランプに火をつけたクインスが振り返る。王宮にしては薄い絨毯と、埃を被った感じのテーブルセット。この部屋が普段使われていないことはありありとわかる。
扉を閉めてしまったからとても静かだ。どこか息苦しさを感じながらも俺はクインスの手招きに従った。
「セイくん、ここに小さな穴がある。隣が祈りの間だ」
「覗き部屋かよ」
薄気味悪いぜ。とはいえ見ないという選択肢はない。壁に開いている穴は片目にちょうどいい大きさだが少々高い位置にある。俺が背伸びして覗こうとすると、クインスの手が背後から腰を持ち上げるように支えた。
「く、擽ったいから持つなよ。――あ……」
「見えたでしょう?」
穴から見えた隣の部屋の様相に目を見張る。祈りの間には想しかいなかった。複数のランプが照らす床には大きな魔法陣のようなものが描かれている。
薄明るく光る円の中心で、あいつは横になっていた。聞いていた通りではある。――でも、
「見える? 彼の脚に刺さっている剣は、治癒を妨げる魔法がかかっている。あの魔法陣は神子の血を、その力を、国全体の大地に広める役割を担っているんだ」
「ど、……っ!」
俺の耳元に近すぎる場所で囁いていたクインスは、「どういうことだよ!」と叫ぼうとした俺の口を片手で塞いだ。
そう。あいつは……想は、脚に短剣を刺され、ドクドクと血を流していた。血が広範囲に広がっていないのは、魔法陣が吸収していたからなのだろう。
目を閉じて動きもせず、眠っているように見えるけど……、昨日ライムに聞いた話が頭の中で反響する。
前の巫女が若くして死んだ理由。そんなのこれしかない。
この残忍な仕事が毎日続いていたなら、すごく身体に負担を掛けていたか、精神に負担を与えていたか。どちらも……だろうな。
「君は神子様の囲っている『生き別れの弟』なんだろう?」
「は……?」
「神子はお披露目の後に自分の仕事内容を聞く。万が一にも逃さないためだろうね。君を保護し、君に何も伝えない条件で彼は仕事内容に了承した」
うそだろ……?
想は俺のことをそんな風に説明してたのか。日本でなら似てないと断言できるが、この国に唯一の日本人同士なら『弟』も突き通せる嘘なのかもしれない。
クインスは呆然とする俺の腹にもう片手を回しながら、神子について説明する。傷の治りが早いこと。体液が恵みの力を持つこと。国の為に召喚されているので、拒否権は与えられないこと――。
「ひどい話だと思わないかい? 確かに国にとって必要な存在ではあるが、まだ年若い青年にこれから一生この勤めを強いるのは酷だと思っている」
「……ひどすぎるだろ。なんとかならねーのか」
「難しい。国王も神殿も、これまでの風習を変える気がない。そもそも神子の仕事内容はごく一部にしか知らされていないんだ。――でも、私と同じ意見をもつ貴族は少数だが存在する。私たちが集って声を上げれば……あるいは」
「なら! それをすぐにやってくれ……お願い、します」
「君次第だよ?」
そういうことかよ……。
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