上 下
51 / 58

51.

しおりを挟む
 まだ明るいうちにスパ・スポールを出て、オート・バスに乗って向かうのはリアンの家だ。僕は怪我が治り自分ひとりで生活できるようになっても、図々しくリアンの家に居座っていた。
 償いたいと言ったリアンは、今のところ僕のわがままに全て頷いている。リアンの休日に合わせて僕もお休みにしてもらって、丸一日やりたいことに付き合ってもらったり。

 まぁ、別に僕だって鬼じゃない。
 報酬は変えないまま、家事は毎日ちょこちょこやらせてもらうことにした。どうせご飯を作るなら、人のために作ったほうがやりがいもあるし。二日分の溜まった掃除や洗濯物を片付けるより遥かに仕事がラクになった。

 ディムルドとブリギッドには『熟年夫婦みたい』とからかわれるほど、僕らの生活は落ち着いていた。
 僕にとっては好きな人とひとつ屋根の下にいられるんだから、幸せっちゃ幸せだ。諍いもないし、朝晩一緒に食事をできるのも嬉しい。しかしそれは、薄氷の上に成り立つ平穏ともいえる。
 
 どんなに幸せで楽しくても、これはリアンが償いのために提供してくれている時間だと思うとサッと醒めてしまう。僕たちはまだ、本音でぶつかり合えていなかった。

 リアンだって……寝る前とか、僕のことを熱のこもった目で見ていることがあるのだ。気のせいかもしれないけど……彼だって男の子だ。溜まってたり……するときに、僕との発情期のことを思い出したり、してない?しないかな??
 まぁ、人のことは全く言えないですが!お風呂上がりのリアンは目の毒すぎる。

「ただいま。遅くなってごめん」
「あ、おかえりなさい!はやくはやく!お腹へっちゃった」

 いつも通り仕事で遅くなったリアンを出迎え、一緒に夕飯を食べる。まだまだ寒い日が続いているから、今日はサーモンとほうれん草のホワイトソースドリアだ。
 氷の美貌ともいわれる人が、ふぅふぅ冷ましながら食べ進めているのを見ると胸がキュッとなる。猫舌でさえギャップだ。

 別に狙ったわけでなく、僕はホワイトソースを使った料理が大好きなのだ。冬はシチューとかグラタンばかり作るし、カレーやオムライスにだって掛けてしまう。そんなことばっかりしてるから太っちゃうんだけど……

 しかも療養中、心配したリアンがひたすら美味しそうなものばかり買って来たから、お陰さまで痩せるどころかお肉がついてしまった。筋肉が落ちたせいで体重は変わらないけど……リアンは僕を太らせて、どうしたいんですか?

「メグ。週末に付き合ってほしい場所があるんだが、いいか?」
「いいですけど……どこに?」
「それは……秘密だ」
「ふーん」

 リアンから誘われるのは久しぶりだ。素っ気なく返事をしたけど、ちょっとニマニマしてしまった。だって、週末は僕の誕生日だから。
 どう考えてもリアンはパーティーを開くぜ!って柄ではないからなぁ。どこかへ連れて行ってくれるんだろうか?なんにせよ、一緒に過ごせるだけで嬉しい。

 何気にもう前回の発情期から三か月が経っている。今のところ二度目が始まりそうな気配はない。
 まだ発情期の経験は一度だけだし、悪質な発情促進薬を飲まされたせいで、周期は乱れる可能性が高いと医者には言われている。自分の周期もわかっていない段階だけど。一般的な目安の三か月が過ぎたから、もういつ来てもおかしくはないだろう。

 今回は抑制剤ももらっているし、前回ほどの不安はない。僕限定でお世話のスペシャリストになりつつあるリアンもいるし。
 だけど……さすがになにも話し合わない今の状態のまま発情期の相手をしてもらうつもりはなかった。発情期中は前後不覚になって、余計なことを言ってしまう可能性も高いから困る。

 今度こそちゃんと話を聞かせてもらいたいし、僕の気持ちも伝わるまでしっかり伝えたいと思っている。もう一度は振られたみたいなもんだから怖くなんて……ない。
 せっかく誘ってくれたんだし、週末にしよう。これはリアンの本音を引き出す戦いだ!

 リアンがちらちらと挙動不審にこちらを見ていることにも気づかず、僕は静かに闘志を燃やした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮
恋愛
こちらの話は、『あなたの愛など要りません』の外伝となります。 メインキャラクターの一人、ランスロットの恋のお話です。 「女性は、花に似ていると思うんだ。水をやる様に愛情を注ぎ、大切に守り慈しむ。すると更に女性は美しく咲き誇るんだ」 そうランスロットに話したのは、ずっと側で自分と母を守ってくれていた叔父だった。 12歳という若さで、武の名門バームガウラス公爵家当主の座に着いたランスロット。 愛人宅に入り浸りの実父と訣別し、愛する母を守る道を選んだあの日から6年。 18歳になったランスロットに、ある令嬢との出会いが訪れる。 自分は、母を無視し続けた実父の様になるのではないか。 それとも、ずっと母を支え続けた叔父の様になれるのだろうか。 自分だけの花を見つける日が来る事を思いながら、それでもランスロットの心は不安に揺れた。 だが、そんな迷いや不安は一瞬で消える。 ヴィオレッタという少女の不遇を目の当たりにした時に ーーー 守りたい、助けたい、彼女にずっと笑っていてほしい。 ヴィオレッタの為に奔走するランスロットは、自分の内にあるこの感情が恋だとまだ気づかない。 ※ なろうさんでも連載しています

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。 もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。 そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 ヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&
ファンタジー
その日、魔法学園女子寮に新しい寮母さんが就任しました、彼女は二人の養女を連れており、学園講師と共に女子寮を訪れます、その日からかしましい新たな女子寮の日常が紡がれ始めました。

処理中です...