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 ゆっくりと目を開くと、見知らぬ天井……ではあるが、明らかにそこは病室だった。

 朝だろうか?閉じられたカーテンの隙間から日が差し込んでいる。
 僕はもう自分の状況を思い出していた。昨日?の事件がきっかけで、たぶん……生死の境を彷徨っていた。あれは夢だったんだろうか。

 右手は温かく、大きな手に包まれている。慣れない感触だったけど、その主はもう分かっていた。
 右に顔を向けると、リアンが椅子に座ったままベッドに突っ伏して眠っている。いつもさらさらな髪は乱れて、無造作に一括りにされていた。

「……りあん」

 気づけば喉はカラカラで、掠れた咳みたいな声しか出なかった。それなのに、握った手がぴくっと反応したかと思うと、次の瞬間リアンは目を覚ました。

「メグ!!」
「リアン……ありがとう」
「俺の方こそ……俺のほうが……!」

 人工呼吸器越しの小さな囁きを拾って、リアンは僕の手を掴んだまま両手で顔を覆ってしまう。
 それでもすぐにナースコールを押し、水差しで水を飲ませてくれた。リアンの顔は真っ赤で、目が若干潤んでいるように見えたのは気のせいかな。

 やってきた医師から診察を受け、僕の記憶に抜けがないことを確認したあと、身体の状況を医師が教えてくれた。

 脇腹の刺し傷は、応急処置が的確で大事には至らなかったこと。あとやっぱり飲まされた薬はとんでもない劇薬だったようだ。そのせいでショック症状を起こして死にかけたらしい。
 昨夜はなんども呼吸が止まりかけて危なかったが、朝方に回復の兆しが見えたこと。もう安静にしていれば徐々に回復していく予定だそうだ。
 あと心肺蘇生の過程で肋骨にヒビが入っているから気をつけてね、とのこと。

 確かに少しでも身体を動かそうとすると泥のように重く、胴体部分は痛かった。でもこれから良くなっていくと思えばなんてことない。夢で感じた苦しみは本物だったんだろう。
 不思議な感覚ではあるものの死を克服したことで、生きていれば何も怖くないとさえ思える。生まれ変わったような心地だった。

 その後は代わる代わる人が訪れて、その間にリアンも一度自宅に帰った。夜にもう一度来てくれると約束して。
 リアンには聞きたいこと、話したいことがたくさんある。もう一度二人きりになったら、ゆっくり話したい。

 警察官が話を聞きに来たとき、ディムルドがいてくれて本当に助かった。僕の把握できていた状況はごく一部だからうまく説明できなくて、それを補完してくれたおかげで自分の頭の中も整理ができた。
 犯人が話した情報も含めるとこういうことだった。

 ことの始まりは、ラハーヌという異世界転移研究所の職員がリアンに抱いた妬みだった。
 ラハーヌはアルファだが、生まれつきフェロモン枯渇症という体質で、生活に支障はないがオメガと番契約を結ぶことができないらしい。具体的には項を噛んでも番にはなれないし、フェロモンでオメガを安心させることもできない。しかしその精液にはオメガを妊娠させたり、発情期を早く終わらせる効果もちゃんとあるようだ。

 血液検査ではアルファと診断されるものの、ベータ寄りの体質は彼の性格を歪めてしまった。
 同じアルファなのに、リアンの方が優れていて見下されている。みんなそう思っている……という被害妄想をずっと抱いていたらしい。挙句の果てに迷い人のかわいい(?)オメガを囲い、奇跡的にできた恋人さえあいつのことを憧れだと言う。

 飲み屋で出会った迷い人のキリトにそれを零すと、深く同調してくれ、煽られた。金に困っていたキリトに報酬をチラつかせれば積極的に協力もしてくれて、素行の悪そうな連中に声を掛け犯行に至ったそうだ。
 僕の生活パターンはかなりわかりやすい。オーエン経由でそれを把握したラハーヌは犯行計画を立て、怪しい薬を手に入れて実行した。

 僕はひとりでフラフラと出歩きまんまと引っかかったわけだが、拉致された現場を目撃してリアンと警察に知らせてくれた人がいたらしい。僕がここへきて間もない頃、その裏路地で会ったことがある女性のカップルだという。たぶん急な発情期で番を待っていた人かな?

 なぜリアンに?と思ったけど、迷い人の僕はリアンとセットでそれなりに知られているようだ。おかげでリアンが一番はじめに到着して助けてくれたのだから、感謝してもしきれない。

 あとは覚えているとおり、リアンがその場にいた全員を倒して、しかしながらその間に僕が負傷してしまったという訳だ。リアンが話を聞いたとき一緒にいたディムルドから話がスパ・スポールのみんなにも伝わり、有志が集まって捜索に加わってくれたみたいだ。
 僕の応急処置にも多くの人が協力してくれていたようで、本当に申し訳ない。特にターザは的確な応急処置の一番の功労者らしい。

「あのときはメグムくんが死んじゃうんじゃないかってみんな真っ青だったけど、二人の協力プレーには胸が熱くなったな~!」
「協力プレー?どういうことですか?」
「ターザって人がメグムくんに心臓マッサージをして、リアンが人工呼吸したんだよ。あれあれ、まだ聞いてなかった?」
「人工呼吸……」

 そんな風に考えるのも馬鹿らしいと思う。でも……でも!
 それって、リアンの唇が僕の唇に触れていたわけで……なにも覚えていないのに、自分で唇に触れて、それを想像して真っ赤になる。
 僕に負担をかけないようにとみんなが早々と帰ってしまっても、夜になるまで僕はひとり悶えてばかりいたのだった。
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