上 下
29 / 58

29.いろいろと自覚

しおりを挟む
 それから僕は、意識が戻るたびにリアンによってお世話された。水分や簡単な食事を与えられ、昂ぶった身体を鎮められ、身体を洗われ、昂ぶった身体を鎮められ、力尽きたように眠り……の繰り返し。

 ところどころ記憶は曖昧で……眠りに落ちる瞬間、おでこにキスをされた気がしたけど、都合のいい妄想だったかもしれない。
 ――あぁ、認めるしかない。僕はリアンに恋をしている。

 初対面の印象は最悪だったけど、リアンはただの正直者で、思ったことをすぐ口に出してしまう人だとわかった。雇い主と雇われ家政夫として働き始めてからは、彼の優しい一面に何度も救われた。
 嫌なところが全くなくて、こんなにも穏やかな気持ちで働くことができるなんて思ってもみなかったのだ。

 しかも、見目がとんでもなくいい。香りまでいい。頻繁に会っていてもその麗しさに見惚れてしまうときがあるくらいで、自分とは格差があることは分かっている。
 でも、そんな人に普段から優しくされて、発情期には甲斐甲斐しくお世話されて、好きにならない人いる?
 失恋してからそんなに経っていないのに……僕って移り気なのかな。

 発情期に入って三日ほどして、リアンに薬を与えられた。それはディムルドとブリギッドがオメガ専門の医者に相談して、『初めての発情期でも数日経過していれば抑制剤を服用してもいい』と聞いて持ってきてくれたものだった。
 おかげで僕は理性を取り戻し、爽やかな朝に似つかわしくない盛大な反省会を脳内で催しているところだ。

「うああああぁぁぁ……」
「どうしたメグ!」

 ここ数日の自らの行動について、羞恥に悶える暇もない。僕の気配には恐ろしく敏感になったリアンが、すぐに部屋へとやってくる。その姿はちょっとやつれて見えた。
 僕はリアンが来てもフェロモンを感じないこと、また身体が熱くならないことを確認して、しおしおと頭を下げた。

「本当にすみません……こんなにも迷惑かけちゃうなんて……あの、減給してもいいですから、どうか解雇だけは……!」
「ああ、薬が効いたんだな。別に迷惑だなんて思ってない。それより、身体は大丈夫か?」
「ちょっと怠い感じはしますけど、大丈夫です。あの、じゃあ、解雇は……?」
「は?するわけないだろ」
「あっ……ありがとうございます!」
「く、その目はやめろ!」

 よかった……僕がリアンの家で発情期を過ごしたいなんて思ってしまったせいで、僕が築いてきた信頼とかリアンとの関係とか、全て崩れて駄目になってしまったかと……
 
 つい縋るような目をしてしまったのが不愉快だったようで、リアンは目を逸らした。頬が赤い。怒らせちゃったかな?
 今回は親切で申し出てくれたけど、もう流石にリアンも僕の発情期に付き合いたいなんて思わないだろう。

「次は……着替えくらい用意しておいたほうがいいかもな」
「えっ?」
「急きょ俺の服を着せたけど、メグもサイズが合う服のほうがいいだろ?そういうのも、似合わない訳では、ない、けど……」

 最後の方はごにょごにょと聞き取りづらかったけど、『次』があってもいいと解釈していいんだろうか。僕は着せられてぶかぶかになっているリアンの服を見下ろして思った。正直もう、ひとりで乗り切れる気はしない。
 次の発情期の際は、今度こそニュイ・ドリームへ行くか、またリアンのお世話になるかの二択だろう。

 ニュイ・ドリームにはお相手システムもある。さりとて、想い人ができてしまった僕にその選択肢はない。お互いが指名すれば……とオーエンが言っていたことを思い出し、僕は凍りついた。
 噂によると、リアンがアルファとしてニュイ・ドリームに登録している可能性は高い。もしかして、もうオーエンと……?

 オーエンからは外でも会っていると聞いた。しかもホリデー・マルシェで出くわしたとき、僕は気を利かせてリアンを置いて帰ってしまった。
 そんな……僕は敵に塩を送るどころか特大の大砲を送ってしまったんじゃ?
 恋を自覚した途端に失恋かぁ。でも……あくまでこれは予想でしかない。

 いまはさすがにちょっと、勇気が出ないけど。さり気なく聞き出すことはできるはずだ。

「それより、ご飯を食べましょう!リアンまで痩せちゃって、申し訳ないです」
「もう動いて大丈夫なのか?」
「はい!仕事の遅れを挽回させてください!」

 発情期中、何度も緊張と弛緩を繰り返した身体はわずかに怠さを覚えているが、消耗しすぎて動けないほどではない。
 これもスパ・スポールで運動を続けた成果だろうか。恥ずかしいけど、ターザにお礼言わなきゃ。
 僕は強すぎる快楽に何度か気を失った事実には目を逸らし、立ち上がった。

 リアンも何度か寝具を取り替えてくれていたけど、部屋のカーテンを含めた布製品はすべて取り外し、洗濯機に突っ込んだ。干す場所が足りない部分は乾燥機を使うしかない。
 床はロボット掃除機が動き回ってくれているが、寝室は拭き掃除をしようと思う。色々と……飛び散っているかもしれないから。

 拭き掃除は後にして、僕はキッチンに立った。買い足されることがなかったから食材は少ないけれど、作れるものはいくらでもある。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。

柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。 頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。 誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。 さくっと読める短編です。

処理中です...