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7.ボン・ワーク

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 ボン・ワークの中は人で溢れていた。カウンターがあってその中で職員が働いている様子は、役所の雰囲気にも似ている。
 相談者はまずタッチパネルに自分の持つ特技や技術、希望する職種を入力していくのだが、その時点で悩みかなり時間がかかってしまった。就職活動もまだだったから、自己分析もできてないし自分のやりたいこともよくわからない。

 勉強はやっただけ成果を得られるのが好きで、奨学金制度のある大学を選ぶことで通うことができた。大きな夢はなかったけれど、誰かひとりでもいいから人の役に立てる仕事がしたいと夢見ている。
 この世界でも僕にできること……あるのかなぁ。

 タッチパネルに向かってウンウン唸っていると、あっという間に職員との相談の時間が来てしまった。

「メグムさーん」
「は、はい!……すみません。まだ入力が終わってなくて」

 いきなり下の名前で呼ぶの?と思われるかもしれないが、この世界では名で呼び合う方が一般的らしい。アメリカみたいだ。
 僕を呼んだ職員は入力が終わっていないことに怒りはしなかったものの、事務的な態度で僕から聞き取りをし、淡々といくつかの職業を紹介してくれる。

「メグムさんは異世界から来て間もないので、一般常識が欠落している可能性が高いです。学力自体は高そうですが……今はあまり報酬の良い仕事をご紹介できそうにありません。この世界に慣れれば職業の幅は広がると思いますよ。いまご紹介できるものとして、家事代行はいかがでしょうか?普通は小遣い稼ぎ程度の報酬ですが、ちょうど破格の報酬を提示している依頼があります」

 ……やっぱりそうかぁ。実はこの世界のことを学ぶ講習のとき、転移から間もないオメガは働き口を見つけにくいと言われていたのだ。もちろん常識のこともあるし、発情期の周期が安定するまで人の多い職場で働かせられないと考える人は多い。

 それは至極真っ当な意見で、僕自身もあまり人と関わらずにできる仕事を求めていた。けれどそういった仕事は専門性が高く、未経験で働けるところは少ない。
 すぐに仕事を見つけるのが難しいと思っていたからこそ早めに行動したんだけど……。家事代行、いいかも。

 僕は早くに両親を亡くし、高校を卒業するまでは父方の叔父叔母に育てられた。叔父の家では長年家事をやっていたし、大学生になってからも一人暮らしの自分の家やキリトの家でする家事も苦ではなかった。
 だからといって得意だと自信を持てるほどの技術はないが、働き口を紹介してもらえるのならそのチャンスを逃す手はないだろう。

「その仕事、ぜひやりたいです」
「そうですか。では面接の日取りを決めましょう。――あと、このご紹介先が高報酬なのには理由があります。雇い主は長期で働ける真面目な方を求めていますが、いままで長く続けられた人がいないのです。真面目そうなあなたなら、あるいは……」
「え……」


 
 僕は不安を抱えながら面接の日を迎えた。
 場所はボン・ワークの会議室。雇い主が個人になる場合はこういう形になるらしい。

 長く続けられないのはよっぽどな理由があるに違いない。でもここで紹介してもらえるということは、家に問題があるとか雇い主が暴力を働くとかそういった心配はしなくていいだろう。
 ひとに好かれてきた人生ではないからある程度のことは耐えられる。なんとか雇ってもらえるといいけど。

「しっ、失礼します」

 約束の時間になって、僕は面接の部屋へ入った。中に座っていたのは二人の男性だ。
 僕の担当である職員と……例のリアンというアルファの男だった。

「メグム・ノトヤさん。19歳で、家事は長年やってきた経験があります。リアンさんの求める『真面目で、掃除・洗濯ができる』という条件は満たしています。異世界から来て間もな……」
「採用しよう」
「え?」
「本当にいいですか?ここにも書いてありますが彼はオメガで、発情期も……」
「大丈夫だ」

 僕の紹介は職員がしてくれて、雇い主から別途質問があったときは僕が答えることになっていた。しかしなぜか食い気味で採用されてしまった。
 いつもこんな感じなのかな……?

 あっさりと採用だなんてよっぽどせっかちなのか、みんな辞めちゃうから数撃ちゃ当たる作戦なのかも。ふーん、この人の家で家事をすることになるのか。確かにちょっと苦手意識はあるけど、働けないというほどではない。
 それに給料が良くて、普通に生活していれば貯蓄にも回せそうだ。発情期の間は仕事も免除で問題ないと言ってくれたし、かなりホワイトな職場といえるだろう。

 さいごに職員が僕の方にも確認をしてくれて、一も二もなく頷いた。そうして、僕の仕事は想像を遥かに超えてスムーズに決まったのだった。
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