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 今日も大量の汗をかいた後は、大浴場で汗を流すことにした。もともとシャワーばかりの生活だったけど、毎日大きなお風呂に入っているとシャワーでは物足りなく感じるようになったのだ。なんて贅沢。

 銭湯も行ったことがなかった僕は、たとえ男女別でオメガしかいないと分かっていても浴場で身体を晒すことに抵抗があった。でもここでは、湯着を着用して湯につかるのが一般的なので安心できる。
 個別のブースで身体を洗ったあとは、ひざ丈の浴衣のようなものを着て湯につかるのだ。身体のラインはなんとなくわかるものの、あるのとないのとじゃ恥ずかしさが全く違う。

 ブースの中で湯着を身に着けながら、鏡に映る自分と目が合った。いつもふわふわと纏まらない髪は濡れてペタンとしている。それを横に流しているから、モーブピンクの瞳が目立つ。顔のラインが少しだけシュッとしてかつての自分に近づいてきたけど、瞳の色が違うだけで別人にも見えた。

「メグムちょっと痩せたんじゃね?」
「たぶんちょっとは……。オーエンのほうは相変わらず細いね」
「おれはいま増量中なの。もうすぐ発情期だからな~」

 深緑色の髪をショートボブにしているのは、18歳の青年オーエンだ。僕の一歳下なのだが、湯着の着方がわからなくて困っていたところを助けられて以来、仲良くなった。
 同じくらいの背丈なのに、オーエンは細くて華奢だ。繊細な顔立ちで可愛くて、僕が勝手に理想としていたオメガ像にぴったり当てはまる。

「オーエンも発情期はニュイ・ドリームいくんだったよね?」
「おう!実はさ、いままで知らないアルファに抱かれるなんて嫌だからひとりで過ごしてたけど、今回は初めてお相手希望してみようと思ってる!リアン様が登録するって噂聞いた?ずっと憧れてたし、チャンスがあるならって……!」
「え、でも相手は選べないんでしょう?」
「メグムはまだ行ったことないもんな。勝手に相性考えてくれるけど、本人の希望も一応伝えられるぜ~。お互いがお互いを希望していれば引き合わせてくれるから、もしお目当ての人がいたら可能性は低くても希望だけしておくのがおすすめ」

 へ、へぇ~。そんな仕組みがあったのか……すごい。憧れの人に発情期の相手をしてもらうって、よっぽど自分に自信がないと無理な気がする。

 オーエンは見た目の儚さも相まって、すごくモテるらしい。リアンというアルファの方もオーエンを希望する可能性は大いにある。
 僕は自信なんてないけど、キリトがいてニュイ・ドリームを利用するつもりはないから大丈夫だろう。

 でも……僕はキリトをボン・ワークへ誘ったとき、すごく機嫌が悪かったことを思い出した。

 この世界へ来る前も来てからも、僕とキリトは運命を共にする唯一無二の存在だと思っていた。けれど僕はスパ・スポールでオメガの仲間ができて、いままでこんな風に自分の世界が広がることなんてなかったから……意外にも楽しく過ごしている。
 キリトはそれが気に食わないようだ。キリトの方も外食先で知り合いができて楽しそうだったけど、それとこれとは別らしい。
 発情期は遅ければ遅いほどいいと思っていたものの、キリトのパートナーとしての役割を果たせなかったら、僕らの距離はさらに離れてしまうに違いない。

 発情期中は性欲以外の欲が極端に減るらしく、細身のオーエンは痩せすぎないように気を付けていると言った。痩せている人は羨ましいと思ってたけど、みんな違った悩みを抱えてるという当たり前のことに改めて気付かされる。

 僕はオーエンにエールを送って、初めてのボン・ワークへと向かった。
 


 ボン・ワークはスパ・スポールから自宅へ向かう道の途中にある。時間に余裕を持って出たから、大通りから一本脇に入った細い道をぷらぷら歩いてみた。
 まだ住みはじめて一か月。都市といえるフィンジアスの街を探検するのはことのほか楽しい。大通りと違ってこちらは車が入らないから静かなものの、ところどころに小さな雑貨屋やカフェもあってそれなりの賑わいだった。

 ぼうっとカフェを見ていたとき、ふらふらと出てくる人影が目についた。僕と同じくらいの背丈で、小柄な女性だ。どうしたのかと気になって見ていると、彼女は店の前で蹲ってしまう。慌てて駆け寄って声を掛けた。

「大丈夫ですか?」
「うー……だいじょう、ぶ。すぐ相方がくるから……」

 赤い顔で荒い息をついている。彼女からほのかに甘い香りが漂ってきて、僕は察した。これ、オメガのヒートかもしれない……!
 俯く首筋を確認すると、髪の隙間から噛み跡が見えて彼女が番持ちであることが分かった。相方ってそういうことか!

 彼女のフェロモンは無関係に人を誘惑することはない。しかし発情に目を潤ませている様子は、オメガの僕から見てもすごく……扇情的だった。
 たまにジロジロと遠慮ない視線を感じて、僕は慌てて彼女をカフェと隣の建物の隙間に押し込み、目立たないように自分の身体で隠す。よく見たら変な光景だが、よく見ないとわからないだろう。

「あの、僕になにかできることありますか?」
「あ、ありがと……ここ、職場の近くだから……相方の」
「エスリン!ごめんね待たせて!」

 幸いなことに、彼女の番はすぐにやってきた。背の高めな女性で、勝手に男性がくると思っていた僕は驚いてしまった。三十代くらいのカップルで、ふたり寄り添うとエスリンと呼ばれた女性は心底安心したような表情を見せる。
 ふたりは僕にぺこぺこと頭を下げ、足早に去っていった。正直自分が役に立ったとは思えないが、何事もなくて、よかった……

 十分にも満たない出来事だったけど、オメガの発情期を否が応でも実感させられる。でも番という存在は恋人というより、家族とか安心できる存在なのかもしれないと思った。そういうのは……ちょっと羨ましい。
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