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しおりを挟む芝生へとついた手に、テルルの熱い手が重なる。
「なぁ。お前の部屋を自由に訪れる許可がほしい」
「……」
いつも強引なくせに、こういうところは律儀なんだよなぁ。もう両想いだと分かっているんだから、好きにすればいいと思うのだ。別に、待ってたとかそんなんじゃないけど!
合鍵は確か大家に預けてあったはずだ、と思い出しながら、僕は横を向いてテルルの頬に小鳥みたいなキスをした。そしてそのまま耳元で囁く。
「こっ、ここ恋人なんだから、いつでも来ていいに決まってるでしょ! ――んむっ」
目を伏せてしどろもどろに告げた瞬間、後頭部を掴まれて唇を塞がれた。テルルより厚い僕の唇を味わうように食み、舐められて、思わず鼻から「んぅ」と甘い声が抜ける。息継ぎに薄く口を開いたとき、隙をのがさずテルルの舌が侵入してきた。
こっ、こんなところで!? と動揺しているのに、僕はテルルに舌を絡め取られて気持ちよくなってしまう。ねっとりと粘膜を擦りあわせられる行為があまりにも性的で、腰まで震えてしまった。
キスって、こんなにもエッチなんだ……でも……もう、これ以上は勃っちゃう!
「ん、んぅ~……まっ、て! テルル、ストーーーップ!」
「自分が煽ったんだろ?」
「~~~っ簡単に煽られすぎ!」
こっちはこれから仕事なんだからね! と怒っても、唇に笑みを乗せたテルルは飄々としている。どちらのものとも言えない唾液で濡れた唇が凄艶で、僕は視線を彷徨わせた。
テルルは帰り際、一緒に夕方で上がれる来週に会おうと僕に約束させていった。確かに突然来られても、困るときはあるかもしれない。でも僕だったらなにも考えずに突撃してしまいそうで、やっぱりテルルは律儀だと感心した。
しかし勤務に戻ったとき、僕の顔を見た団長が片眉を上げて「アウローラ……勤務中にはヤるなよ」と忠告してきたものだから、僕は内心テルルに怒りをぶつけた。ほら~~~!
追い打ちでストッパーはお前なんだからな、と釘を刺されて途方に暮れる。テルルが僕の思い通りになったことなんて、経験上……ほとんど、ないのだ。
◇
「はぁ……」
「ずいぶんと色気のあるため息ですね?」
「いや、あの、先輩のほうがよっぽど……」
翌週、僕はネリオー先輩と警備についていた。先輩はオメガだけど、“ラットを起こしたアルファの撃退率ナンバーワン”という異例の肩書きを持つ。騎士の中では小柄な方だし繊細な顔立ちをしているから、さぞかし苦労があったのだろう。
勝手にライバル認定していたのに、実際話してみると人をからかうのが大好きというお茶目なタイプで、僕はどうしても憎めなかった。今日はヒート休暇明けらしく、ピシッと立っていても滲み出る色気がすごい。
オメガだからというより、たっぷり愛された人しか発することの出来ない感じの色っぽさ。ドキドキするより、いいなぁと思ってしまった。
昨年結婚したという旦那さんはさぞかし強いアルファなんだろう。そう思って聞いたら、百回撃退しても諦めなかったから結婚したという意外な馴れ初めだった。
「彼はよく騎士だって勘違いされますけど、文官なんです」
「え! それは意外です」
「戦えば勝てます。でも、彼ほど意思の強い人を僕は他に知らない」
こ、これは……惚気ですね、先輩?
配置が変わってから、仕事中目にする顔ぶれはかなり変わった。僕は、頻繁に先輩に対して熱視線を送っていた文官を思い出す。
先輩は素知らぬ顔で無視していたから実らぬ片想いかぁと思っていたけど、あの人もここ数日姿を見なかった。先輩の番は、あの文官なのかもしれない。
自分が誰かと付き合うことになってから改めて、パートナーの形は本当にひとそれぞれだと実感する。テルルとどう付き合っていけばいいのか、わからなくて不安になっていたけれど……正解なんてないのだからもっと気楽になったほうが良さそうだ。
それでも勤務終了が近づくにつれて、緊張が高まってきていた。これは不安というより、期待だ。
今日、家に帰ったら……テルルとどんな風に過ごすだろう。先輩はそんな気持ちを見透かすようにクスッと笑って、「楽しみですね」と僕をからかった。
そわそわ、妙に長く感じた勤務のあと、僕は詰所に向かっていた。白騎士団の詰所は王宮内に何箇所かあって、中央へ配備されるようになってからは以前と異なる場所を利用している。
その詰所は狭いけど、綺麗でなぜかソファもあって地味にお気に入りだ。いまは他の誰も使っていないから、秘密基地を彷彿とさせるからかもしれない。
テルルとは待ち合わせもしていないし、僕が帰るころを見計らって家に来るのかなぁ。心なしか急いた気持ちで詰所に入った途端――僕は長い腕に捕らわれていた。
「わっ。ちょっと! び……っっくりしたぁ……」
「待ってた」
一瞬身構えたけど、見知った香りに包まれてすぐに力を抜いた。テルルだ。こんなところで僕を待っていてくれたサプライズに、嬉しくて顔が緩んでしまう。
精悍な顔が近づいてきて、自然と目を閉じる。優しく重なった唇が、僕の唇を柔らかくくすぐる。なんだか楽しくなってきて、ふふふっと笑いながら僕もテルルの薄い唇を可愛がった。
キスっていろんなパターンがあるんだなぁ……としみじみ学んでいた僕は、たった数十秒の間にいつのまにか上着を脱がされていて目を丸くした。謎の早業だ。
僕はつかの間、着替えを手伝ってくれてるのか~と安心していた。しかし流れるような動きで、騎士服についていた金色の飾り紐で両腕を後ろ手に拘束されてからは、あれ? となった。
急に背筋が寒くなって抵抗しようとするがもう遅い。視線を合わせれば、サファイヤブルーの瞳が獲物を見据えたように細められる。
「ヒッ」
「……もう逃さないからな」
こんな状況じゃ、絶対にテルルには敵わない。そう実感するほど僕の目は潤んだ。だってこんなところでテルルが手を出してくるなんて、想像もしていなかったのだ。仕事は終わっているけど、誰か来たらどうするの?
怯えた顔で恋人になったばかりの男を見上げながら……僕は内心感涙にむせび泣いていた。
(どうしよう……! 最っっっ高に、滾るシチュ!!!)
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