上 下
23 / 27

23.

しおりを挟む



 芝生へとついた手に、テルルの熱い手が重なる。
 
「なぁ。お前の部屋を自由に訪れる許可がほしい」
「……」

 いつも強引なくせに、こういうところは律儀なんだよなぁ。もう両想いだと分かっているんだから、好きにすればいいと思うのだ。別に、待ってたとかそんなんじゃないけど!
 合鍵は確か大家に預けてあったはずだ、と思い出しながら、僕は横を向いてテルルの頬に小鳥みたいなキスをした。そしてそのまま耳元で囁く。

「こっ、ここ恋人なんだから、いつでも来ていいに決まってるでしょ! ――んむっ」

 目を伏せてしどろもどろに告げた瞬間、後頭部を掴まれて唇を塞がれた。テルルより厚い僕の唇を味わうように食み、舐められて、思わず鼻から「んぅ」と甘い声が抜ける。息継ぎに薄く口を開いたとき、隙をのがさずテルルの舌が侵入してきた。

 こっ、こんなところで!? と動揺しているのに、僕はテルルに舌を絡め取られて気持ちよくなってしまう。ねっとりと粘膜を擦りあわせられる行為があまりにも性的で、腰まで震えてしまった。
 キスって、こんなにもエッチなんだ……でも……もう、これ以上は勃っちゃう!

「ん、んぅ~……まっ、て! テルル、ストーーーップ!」
「自分が煽ったんだろ?」
「~~~っ簡単に煽られすぎ!」

 こっちはこれから仕事なんだからね! と怒っても、唇に笑みを乗せたテルルは飄々としている。どちらのものとも言えない唾液で濡れた唇が凄艶で、僕は視線を彷徨わせた。

 テルルは帰り際、一緒に夕方で上がれる来週に会おうと僕に約束させていった。確かに突然来られても、困るときはあるかもしれない。でも僕だったらなにも考えずに突撃してしまいそうで、やっぱりテルルは律儀だと感心した。

 しかし勤務に戻ったとき、僕の顔を見た団長が片眉を上げて「アウローラ……勤務中にはヤるなよ」と忠告してきたものだから、僕は内心テルルに怒りをぶつけた。ほら~~~!
 追い打ちでストッパーはお前なんだからな、と釘を刺されて途方に暮れる。テルルが僕の思い通りになったことなんて、経験上……ほとんど、ないのだ。


 ◇


「はぁ……」
「ずいぶんと色気のあるため息ですね?」
「いや、あの、先輩のほうがよっぽど……」

 翌週、僕はネリオー先輩と警備についていた。先輩はオメガだけど、“ラットを起こしたアルファの撃退率ナンバーワン”という異例の肩書きを持つ。騎士の中では小柄な方だし繊細な顔立ちをしているから、さぞかし苦労があったのだろう。
 
 勝手にライバル認定していたのに、実際話してみると人をからかうのが大好きというお茶目なタイプで、僕はどうしても憎めなかった。今日はヒート休暇明けらしく、ピシッと立っていても滲み出る色気がすごい。
 オメガだからというより、たっぷり愛された人しか発することの出来ない感じの色っぽさ。ドキドキするより、いいなぁと思ってしまった。
 昨年結婚したという旦那さんはさぞかし強いアルファなんだろう。そう思って聞いたら、百回撃退しても諦めなかったから結婚したという意外な馴れ初めだった。

「彼はよく騎士だって勘違いされますけど、文官なんです」
「え! それは意外です」
「戦えば勝てます。でも、彼ほど意思の強い人を僕は他に知らない」

 こ、これは……惚気ですね、先輩?
 配置が変わってから、仕事中目にする顔ぶれはかなり変わった。僕は、頻繁に先輩に対して熱視線を送っていた文官を思い出す。
 先輩は素知らぬ顔で無視していたから実らぬ片想いかぁと思っていたけど、あの人もここ数日姿を見なかった。先輩の番は、あの文官なのかもしれない。

 自分が誰かと付き合うことになってから改めて、パートナーの形は本当にひとそれぞれだと実感する。テルルとどう付き合っていけばいいのか、わからなくて不安になっていたけれど……正解なんてないのだからもっと気楽になったほうが良さそうだ。

 それでも勤務終了が近づくにつれて、緊張が高まってきていた。これは不安というより、期待だ。
 今日、家に帰ったら……テルルとどんな風に過ごすだろう。先輩はそんな気持ちを見透かすようにクスッと笑って、「楽しみですね」と僕をからかった。



 そわそわ、妙に長く感じた勤務のあと、僕は詰所に向かっていた。白騎士団の詰所は王宮内に何箇所かあって、中央へ配備されるようになってからは以前と異なる場所を利用している。
 その詰所は狭いけど、綺麗でなぜかソファもあって地味にお気に入りだ。いまは他の誰も使っていないから、秘密基地を彷彿とさせるからかもしれない。

 テルルとは待ち合わせもしていないし、僕が帰るころを見計らって家に来るのかなぁ。心なしか急いた気持ちで詰所に入った途端――僕は長い腕に捕らわれていた。

「わっ。ちょっと! び……っっくりしたぁ……」
「待ってた」

 一瞬身構えたけど、見知った香りに包まれてすぐに力を抜いた。テルルだ。こんなところで僕を待っていてくれたサプライズに、嬉しくて顔が緩んでしまう。
 精悍な顔が近づいてきて、自然と目を閉じる。優しく重なった唇が、僕の唇を柔らかくくすぐる。なんだか楽しくなってきて、ふふふっと笑いながら僕もテルルの薄い唇を可愛がった。

 キスっていろんなパターンがあるんだなぁ……としみじみ学んでいた僕は、たった数十秒の間にいつのまにか上着を脱がされていて目を丸くした。謎の早業だ。
 僕はつかの間、着替えを手伝ってくれてるのか~と安心していた。しかし流れるような動きで、騎士服についていた金色の飾り紐で両腕を後ろ手に拘束されてからは、あれ? となった。

 急に背筋が寒くなって抵抗しようとするがもう遅い。視線を合わせれば、サファイヤブルーの瞳が獲物を見据えたように細められる。

「ヒッ」
「……もう逃さないからな」

 こんな状況じゃ、絶対にテルルには敵わない。そう実感するほど僕の目は潤んだ。だってこんなところでテルルが手を出してくるなんて、想像もしていなかったのだ。仕事は終わっているけど、誰か来たらどうするの?
 怯えた顔で恋人になったばかりの男を見上げながら……僕は内心感涙にむせび泣いていた。

(どうしよう……! 最っっっ高に、滾るシチュ!!!)


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

処理中です...