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番外編 そうだ、温泉へ行こう③
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「ねぇ、なんで怒ってるの?」
「別に……怒ってない」
湯上がりにちょっと散歩して戻ってきた部屋の中。俺は考えの甘かった自分に憤りを感じていた。
――運良く誰もいなければ、と期待していた男湯には五人ほど先客がいた。チラ、とこちらに向けられる視線。慎一をバスタオルで包んで誰にも見せたくなくなった。
慎一は全く気にせずスタスタ入り、空いている洗い場を見つけて手招きしてくる。そしてなんの躊躇いもなく腰のタオルを外して座った。あー! 小さい尻をみんなに見せるなって!
しかし洗い場は全て湯船に背を向けて使う形だ。そんなに広くもないし、隠れて身体を洗う場所なんてない。
「…………」
「ふふっ。背中洗ってくれるの?」
モッコモコに仕上げた泡を慎一の背中に乗せて、楽しそうに笑う背中をお望み通り洗ってやる。
家だとそのまま腕やら脚やらその他もろもろを洗って遊ぶのだが、今日は背中だけで我慢。間違ってもこんなところで欲情できないし、慎一の蕩けた顔を誰にも見せたくない。
つるんと素っ裸の慎一を、誰かが見ているかもしれないと思ってしまうのは俺だけか?
背面が泡に包まれて一旦は満足。まぁ頭も洗った慎一がまとめて流してしまったが。
無心を心がけながら身体を洗っていると、慎一が俺の背中を洗ってくれた。温泉の手ぬぐいは柔らかいので、ちょっと強めにゴシゴシされるのが気持ちいい。
それだけでちょっと気分が上向くんだから、俺は年上の恋人の手のひらでコロコロ転がされている。
濡れて薄く透けている手ぬぐいで腰元を隠すのも今さらか、と思ってそのまま内湯に向かうと慎一がチラ、とこちらを見る。そっちは巻いててな?
「「ふぅ~~~っ」」
おんなじくらいオッサンな声が出て笑ってしまった。温泉を前にすると、人類皆等しくこうなると思う。
最近は家でも湯を貯めることは稀だったし、この浮かぶような心地よさは入浴剤とは違う。
ここには露天風呂がなく、大きな窓で外の景色が見えるようになっていた。部屋から見えたのとは違う角度の、渓谷の景色。普段のパソコン業務で疲れた目が、今日だけでだいぶ癒やされた気がする。
この他にも同じ建物内に露天の貸切風呂がいくつかあって、部屋に風呂のついていない人たちはそちらを予約して楽しむみたいだ。
「にいちゃん、えらい肌白いな~!」
「……え?」
近くにいた赤ら顔のオッサンが急に話しかけてきた。慎一は左右をきょろきょろしたあと、僕? と言わんばかりの顔で返答する。
オッサンはもう酒を飲んだのか酔っ払っているように見える。でかい声が浴場に響き、他の客の視線も慎一に注がれた。
「ツルツルで女みたいや! 水弾いとるしな。若いってええな~! わしなんか見てみい、まったく弾かんわい」
「あ、え、そうですかね」
「そうやそうや! 若いってええな~!」
戸惑いながらも会話を打ち切れない慎一は、律儀に相槌を打っている。俺はだんだんと苛々してきて、チラッとまたこちらを見てきた若者を睨んでしまった。
「っわ‼」
慎一の驚く声にハッと振り返る。
「ちょっと近くで見せてみ。ほら、」
「慎一」
目を離した隙にオッサンが慎一の手を引いて、その肌に触れていた。ブチッと頭の中で何か切れた気がする。無理やり引き剥がしたいのを我慢して名前を呼び、湯船の中から立ち上がった。
「あっもう上がるよね! 行こう!」
「おわー、立派なもんをお持ちやなぁ」
オッサンの呟きを無視し、シャワーを浴びて脱衣所へ向かう。すぐに追いかけてきた慎一を捕まえて、壁に追いやって頭を囲むように両手をついた。運良く脱衣所には誰もいない。
「はぁーっ……」
「え? え?」
「酒飲んで風呂に来るなよ……」
「ああ、あの人か。ちょっとしつこかったよねぇ」
のんびり感想を述べる慎一は、少しのぼせている気がする。目がとろんとしていて話し方がゆっくりだ。どうせ部屋でも風呂に入れるんだから、もっと早くに上がるべきだった。
「ごめん……」
「ん、なにが? ほら、人来ちゃうから。身体拭こう?」
身体の中で苛々する気持ちと罪悪感がぐるぐる渦巻いている。慎一にはオッサンのターゲットになる前にもう少し気をつけてほしかったし、俺も気をつけて見ているべきだった。
いや、慎一は全く悪くないな。俺が気にしすぎなだけ。オッサンは許さんけど。あーあ、付き合ってもうすぐ二年経つのにこの独占欲。我ながらやばくないか……?
全裸で壁ドンしている様子を見られるのはさすがに困るので、俺は悶々としながら拘束を解いた。
「別に……怒ってない」
湯上がりにちょっと散歩して戻ってきた部屋の中。俺は考えの甘かった自分に憤りを感じていた。
――運良く誰もいなければ、と期待していた男湯には五人ほど先客がいた。チラ、とこちらに向けられる視線。慎一をバスタオルで包んで誰にも見せたくなくなった。
慎一は全く気にせずスタスタ入り、空いている洗い場を見つけて手招きしてくる。そしてなんの躊躇いもなく腰のタオルを外して座った。あー! 小さい尻をみんなに見せるなって!
しかし洗い場は全て湯船に背を向けて使う形だ。そんなに広くもないし、隠れて身体を洗う場所なんてない。
「…………」
「ふふっ。背中洗ってくれるの?」
モッコモコに仕上げた泡を慎一の背中に乗せて、楽しそうに笑う背中をお望み通り洗ってやる。
家だとそのまま腕やら脚やらその他もろもろを洗って遊ぶのだが、今日は背中だけで我慢。間違ってもこんなところで欲情できないし、慎一の蕩けた顔を誰にも見せたくない。
つるんと素っ裸の慎一を、誰かが見ているかもしれないと思ってしまうのは俺だけか?
背面が泡に包まれて一旦は満足。まぁ頭も洗った慎一がまとめて流してしまったが。
無心を心がけながら身体を洗っていると、慎一が俺の背中を洗ってくれた。温泉の手ぬぐいは柔らかいので、ちょっと強めにゴシゴシされるのが気持ちいい。
それだけでちょっと気分が上向くんだから、俺は年上の恋人の手のひらでコロコロ転がされている。
濡れて薄く透けている手ぬぐいで腰元を隠すのも今さらか、と思ってそのまま内湯に向かうと慎一がチラ、とこちらを見る。そっちは巻いててな?
「「ふぅ~~~っ」」
おんなじくらいオッサンな声が出て笑ってしまった。温泉を前にすると、人類皆等しくこうなると思う。
最近は家でも湯を貯めることは稀だったし、この浮かぶような心地よさは入浴剤とは違う。
ここには露天風呂がなく、大きな窓で外の景色が見えるようになっていた。部屋から見えたのとは違う角度の、渓谷の景色。普段のパソコン業務で疲れた目が、今日だけでだいぶ癒やされた気がする。
この他にも同じ建物内に露天の貸切風呂がいくつかあって、部屋に風呂のついていない人たちはそちらを予約して楽しむみたいだ。
「にいちゃん、えらい肌白いな~!」
「……え?」
近くにいた赤ら顔のオッサンが急に話しかけてきた。慎一は左右をきょろきょろしたあと、僕? と言わんばかりの顔で返答する。
オッサンはもう酒を飲んだのか酔っ払っているように見える。でかい声が浴場に響き、他の客の視線も慎一に注がれた。
「ツルツルで女みたいや! 水弾いとるしな。若いってええな~! わしなんか見てみい、まったく弾かんわい」
「あ、え、そうですかね」
「そうやそうや! 若いってええな~!」
戸惑いながらも会話を打ち切れない慎一は、律儀に相槌を打っている。俺はだんだんと苛々してきて、チラッとまたこちらを見てきた若者を睨んでしまった。
「っわ‼」
慎一の驚く声にハッと振り返る。
「ちょっと近くで見せてみ。ほら、」
「慎一」
目を離した隙にオッサンが慎一の手を引いて、その肌に触れていた。ブチッと頭の中で何か切れた気がする。無理やり引き剥がしたいのを我慢して名前を呼び、湯船の中から立ち上がった。
「あっもう上がるよね! 行こう!」
「おわー、立派なもんをお持ちやなぁ」
オッサンの呟きを無視し、シャワーを浴びて脱衣所へ向かう。すぐに追いかけてきた慎一を捕まえて、壁に追いやって頭を囲むように両手をついた。運良く脱衣所には誰もいない。
「はぁーっ……」
「え? え?」
「酒飲んで風呂に来るなよ……」
「ああ、あの人か。ちょっとしつこかったよねぇ」
のんびり感想を述べる慎一は、少しのぼせている気がする。目がとろんとしていて話し方がゆっくりだ。どうせ部屋でも風呂に入れるんだから、もっと早くに上がるべきだった。
「ごめん……」
「ん、なにが? ほら、人来ちゃうから。身体拭こう?」
身体の中で苛々する気持ちと罪悪感がぐるぐる渦巻いている。慎一にはオッサンのターゲットになる前にもう少し気をつけてほしかったし、俺も気をつけて見ているべきだった。
いや、慎一は全く悪くないな。俺が気にしすぎなだけ。オッサンは許さんけど。あーあ、付き合ってもうすぐ二年経つのにこの独占欲。我ながらやばくないか……?
全裸で壁ドンしている様子を見られるのはさすがに困るので、俺は悶々としながら拘束を解いた。
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