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番外編 君は俺だけの大切な

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飲み会は苦手だ。けど若手ばかりのこの会社でその頻度は多い。
砕けたものが多いから、部長という立場である自分は節目の飲み会にしか参加しないようにしている。気を遣って部下たちは声を掛けてくれるが、僕もお酒は得意じゃないし、上司は来てくれるなというのがみんなの本音だろう。
あと……恋人に人前で酒は飲むなと厳命されているのもある。大事な恋人の数少ないお願いくらい、ちゃんと守りたい。そう思っていた――。

「涌田ぶちょー!食べてますか!飲んでますか!」
「うん、ありがとう。佐藤さんもちゃんと食べてね、ここ料理も美味しいらしいから」

四月の歓迎会は同じフロアの部署と合同で行われた。総勢二十人ほどが居酒屋の広い座敷に詰め込まれ、熱気で暑いくらいだ。
転職して四年目にもなれば、気安く話しかけてくる人も増えた。僕は仕事の話以外で自分から話しかけるのは苦手だけど、嫌な上司にならないように気を付けているからそこまで嫌われてはいない……と思う。
一年ちょっと前に入社してきた佐藤さんは若い女の子で、初めこそ僕を避けていたようだが今は慣れたのかそうでもない。お酒が入ると誰にでも話しかける、僕から見れば強者だ。

「あーあー、また新入社員が朝霧さんに群がってる。無謀ですよね~。前に告白した子が『恋人いるから』って断られたらしいですよ。どんな人なんだろ?」

気持ちはわかるけど、と呟く佐藤さんを尻目に涼大の方へと目を向ける。彼の周りは男女問わず新入社員の若者たちが集まっていた。
ある人は料理を綺麗に皿に盛って渡し、ある人は一口でも飲めば酒を注ごうとする。またある人は彼の腕に手を触れ、脚に手を置いている者までいる。

「ふーん……」

ああ嫌だ。
いくら涼大が相手にしないと分かっていても、僕の恋人に触れないでくれ!と叫びたくなる。そろそろ隠さなくてもいいかな、と考えつつも勇気が出なくて涼大に秘密を強いてしまっているのは僕なのに。
衝動的に僕は、誰が注文したのか分からなくなって放置されていたウーロンハイを手に取ってぐびぐびっと飲んだ。

「え!部長それお酒ですよ!だ、だいじょうぶですか……?」
「飲まなきゃやってられない……」

部下たちは、僕がお酒を飲まないことを知っている。佐藤さんは心配そうにしつつも、会社での仮面が剥がれはじめた僕を興味津々で見つめた。
しばらく僕たちが喋っていると、佐藤さんと仲のいい隣部署の女の子や舟橋も集まってきて、珍しい状況になんだか楽しくなってきた。

「私、ずっと思ってたんですけど……涌田部長って、めっちゃ肌綺麗じゃないですか?すっぴんですよね?やばい、たぶん私、年下なのに負けてる……」
「えぇ!?そうかなぁ……最低限のスキンケアはしてるけど。でもやっぱり女性の肌の方が繊細だろうし……努力がすごいなって、思うよ」
「ねぇ、俺はっ?」
「「舟橋さんはふつー」」

ががーん!と落ち込む舟橋をよそに、僕は女の子たちとスキンケア談議に花を咲かせた。僕が誇れるところなんてそこくらいしかないから、これを機に有用な情報を仕入れたい。
僕が左右から頬を摘ままれて「もちもち」「すべすべ」などと可愛い文句を言われて笑っていると、ゆらりと背後から影が下りた。

「楽しそうですね、涌田部長。酒飲んでるなんて珍しいなー。俺とも飲んでくださいよ」

座ったまま見上げると、笑顔なのに目が笑っていない涼大が僕をジトっと見つめている。黒いパーカーにブラックデニムを着た彼は今日もモデルのように格好いい。
つい見惚れそうになった自分を叱咤して、僕はプイと目を逸らした。

「朝霧さんはあっちで飲んでていいよ。すごく盛り上がって楽しそうだったし」
「……ちょっと。こっち来てください」
「やだ」
「……はぁ」

涼大によって強引に立たされた僕は、酒が回ってふらりと転びそうになった。こうなることが分かっていたように涼大が僕を抱きとめて支える。
そのまま座敷の奥へと連れて行かれ、端っこに座らされた。涼大が向かいに座るとちょうど周囲からの視線は遮られる。
おかげで、「え、これは何を見せられてるの?」「りょーちん、お前まさか……」などというざわめきは僕の耳まで届かなかった。





目の前に座った慎一は頬が薔薇色に染まり、目はトロンとして完全に酔っている。あんなに人前で飲むなって言ったのに……
慎一が自ら築いている壁を取り払えば、おっとりして途端に取っ付きやすい雰囲気になるのは分かっていた。人に囲まれベタベタと肌をつつかれているのを見て、思わず頭に血がのぼってしまった。

慎一はぼうっと俺を見つめていて、水を渡せば素直にコクコクと飲む。その姿に毒気を抜かれて、脱力したように慎一に尋ねた。

「慎。ふだん飲まないくせに、どうして酒飲んだんだ?間違えた?」
「だって……涼大がみんなに囲まれて、触られて平気そうにしてるの……嫌だった」

涙を浮かべて置いて行かれた子犬のような目をするから、つい慎一の手を握った。慎一はその手を持ち上げ、俺の手に頬をスリスリと擦りつける。
だめだ……可愛すぎる。

「平気じゃない。俺だって慎が人と楽しそうに喋ったり、触られたりしてるのを見るのは嫌だよ」
「むぅ。そんなことしてないもん……」

……はぁ。帰るか。
俺は足元がおぼつかない慎一をおんぶし、愛しい重みを背中に感じながら立ち上がった。お開きには少し早いが、会費は先に徴収されている。
声は聞こえていないはずだけど、俺たちの一挙手一投足に注目していた同僚たちに向けて声をかけた。

「悪い、先に帰るわ」
「えーそんなぁ!朝霧さん、涌田部長の家知ってるんですか?」
「……帰る場所は一緒だからな」

空気を読まずに尋ねてきた新入社員にそう返すと、ピュウッと口笛が聞こえた。……舟橋か。
これで同僚たちには一緒に住んでいることまでバレてしまうが、もういいだろう。慎一にも大いに責任はあるし、ぶっちゃけ俺がもう我慢できなかった。牽制できるところにはしておきたい。


○ ○ ○ ○ ○


俺の気も知らずうとうとしていた慎一をベッドに転がした。同棲するにあたって購入したダブルベッドは、抜群の安定感で慎一を受け止める。
清潔な白シャツのボタンを上から外していくと、鎖骨に昨日つけたキスマークが見えた。最近は慎一も少しだけラフな格好で仕事をするようになったが、俺がついつい痕をつけるせいでシャツは欠かせない。

キスマークの上からなぞるように舌を這わせると、眠りかけていた慎一がため息のように甘い声を漏らす。
いつまで寝ていられるかな?と俺はほくそ笑み、身体の中心をなぞるように胸のあいだから臍に向かって舐める。そうしながらカーキのチノパンからベルトを抜き去り、ボタンを外し、ジッパーを下ろす。

どれだけ月日が経っても、俺は慎一の服を脱がす瞬間が好きだ。
裸に剥くときの恥ずかしそうな顔を見たいからこれ以上はあとにまわして、シャツからまみえた乳首に両指を添えた。俺がしつこく開発したせいでちょっと膨らんできた気のする乳輪をすり、と撫でる。小さなそこは、それだけでどんどん固く尖るのがエロい。

赤い色が美味しそうで、反射的に顔を寄せて吸い付いた。

「んあっ!え、りょう……まっ、ひゃぁあ~ッ」

……起きた。
驚く慎一に畳みかけるように口の中で乳首を舐め転がし、もう片方も指でキュッとつまむ。身構える暇もなかった慎一は、高い声を上げながらシーツを握りしめて甘イキした。
視線を下ろして下着を見れば、グレーの下着は盛り上がって先走りに濡れ、そこだけ色も変わっている。慎一が俺を悩殺しようと身に着けるランジェリーもいいが、普通のボクサーでも十分煽られるんだから手に負えない。

「はぁっ……涼大。ごめん今日、変な嫉妬しちゃって……みんなにバレちゃったかも」
「別にいいだろ、これからは堂々としようぜ。俺も思いっきりやきもち焼かされたしなー。もう、お願いだからヤケ酒だけはやめてくれ……」
「う……ごめん。その代わり、今日は……好きにして?」
「――言ったな?じゃあ準備からさせてもらおうかな~」

慎一はその言葉に目を丸くして、次の瞬間トマトみたいに赤くなった。これは、準備のこと忘れてたな……まだアルコールの影響は残ってたみたいだ。
俺は「そ、それだけは……!」と嫌がる慎一に声を上げて笑いながら、愛しい恋人を抱え上げて風呂場へと向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



最後までお読みいただきありがとうございました!
おまけの番外編はこれで最後……とは言い切れません!笑
折り本を楽しんでくださった方もいらっしゃいますでしょうか。その内容をしばらく後に公開予定です。

こちらの番外編はX(Twitter)にて交流のあるpomeさん(@kmt_sr)からいただいたFAを元に書き下ろしたものです。
一番下に挿絵として載せてますのでよければ見てくださいね♡
ちなみに小説の表紙もpomeさんに描いていただいたものです。(素敵ですよね!?そう思いますよね!?)
本当にありがとうございます!

では。ここまで目を通していただき本当にありがとうございます。

おもちDX

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