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38.意気地なしの心

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 ウェスタの髪は、陽の光の下で見るとアイスティーのように透けて綺麗だ。顔立ちは繊細で妖精と見紛うくらい可愛いし、オリーブグリーンの瞳は柔らかく煌めき、どんな宝石にも劣らないほど見るものを魅了する。
 
 俺の屋敷で一緒に住むようになってから、ウェスタは侍女の手入れを毎日受けるようになった。使用人たちは未来の花嫁を磨くことに余念がない。
 おかげで、今まで以上に髪はさらさらで艶めき、白い肌も血色がいい。ウェスタも心身の安定によって憂いがなくなり、元々潜在していた魅力が一気に花開いたように感じられる。

 もともと美人だったが、小柄で儚げな雰囲気には危ういところがあった。触れると消えてしまいそうな……。まさにその通り、ウェスタは一度俺の目の前から消えてしまった。
 彼が他人によって傷つけられたり凌辱される姿を見たときは、いっそこの国もディルフィーも破壊し尽くしてやろうかと思ったくらいだ。もう二度とあんな風に傷つけさせたくない。

 ウェスタは強く、大らかで、前向きだ。でも彼の歩んできた人生は、決して楽なものではなかった。繊細な部分を明るい性格で覆って隠しておかないと、到底耐えられるものではなかっただろう。

 初めて屋敷に泊まったとき、ウェスタは帰り際ヒュペリオにひとつだけ頼み事をしたという。それは、食卓に飾ってあった花を持って帰りたいという素朴なものだった。
 家令が持ってきた華やかな花束を見ても、彼が受け取ったのは一輪の花だけだった。『ひとつだけならちゃんと大事にできるから』と言って……

 繊細な性格は消えたのではなく、ウェスタの心の奥底で大切に守られながら存在している。人の痛みのわかる彼だからこそ、他人に寄り添うことができるのだと思う。

 俺もウェスタに救われた人間のひとりだが、きっと探せば彼の人生の至るところで救ってきた人間が見つかるだろう。運良く捕まえることができたものの、俺が彼の人生で一番最適なパートナーと言えるかはわからない。
 しかしどんなに好条件の人が現れたとしても、俺はウェスタを譲れない。俺にとっては唯一無二の存在で……俺が、ウェスタがいないと駄目なのだ。

 ウェスタに選んでもらえる人間であるために、魔法師としては頂点にありたいし、彼の望むことは全てしてあげたい。
 ……ウェスタに望むものを聞いても「全部揃ってるから、これ以上欲しい物なんてない」と言うだけで、かなり無欲なのが悩ましい。欲に関していえば彼お得意の開き直りを発揮してもっとわがままを言ってくれてもいいのに、と日々思っている。

「セレス、みて! この花束かわいくない? 庭師のピオに教えてもらって、僕が作ったんだ~」
「あぁ、可愛い。綺麗だ」
「ちゃんと見てる? も~。これ、今日の食卓に飾ってもらえるように頼んでくる!」

 ウェスタ自身が言ったわけではないが、彼は植物が好きなようだった。よく庭を見ているし、気づけばうちで雇っている庭師とも仲良くなっていた。ピオが若い男じゃなくてよかった。無駄に嫉妬するところだった。
 食卓に花を飾る習慣をウェスタはこれまでやったことがなかったようで、毎日変わる花をにこにこと幸せそうに見つめている。ついに自分でアレンジしだすとは思わなかったが……。

 治療院での仕事を辞めてほとんど家にいてもらっているから、俺たちの家で楽しみを見つけてもらえるのは嬉しい。書斎も気に入っているようで、庭にいなければ書斎を探せばたいていそこにいる。
 好きな本を買ってやると言っても、「ここにあるものを全部読んでから」と言い張るので結局なにもしてあげられることはない。

 人の気持ちを最優先に考えるウェスタは使用人たちの仕事を奪っては駄目だと思っているようで、家の仕事には手を出さずになんとかここでの暮らしに慣れようとしてくれている。
 しかしそろそろ限界か……。貴族ならともかく、幼い頃から手伝いや働くことが当たり前だった彼を家に閉じ込めるのは逆にストレスだろう。俺としてはそうしたいのが山々だけどな。
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