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23.魔法治癒局
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はじめて足を踏み入れた王宮は豪華絢爛きらびやか……という訳でもなかった。
セレスたちの働く魔法研究局やポロスが所属している経理局のある区画は、王族の居住区や賓客を迎える場所とは当然分かれている。
人が働く場所という意味では治療院とそう変わらない。ただ、規模はとんでもなく大きかった。天井は高く廊下も幅があり、日も落ちた時間帯で人が少ないせいかだだっぴろく感じる。
セレスは到着したとたんに目を覚ましたので、三人で歩いている。
起こすのは忍びないと思いつつ、身長差のある僕じゃ到底運べないし、セレスと同じくらい身長があるクリュメさんも力仕事とかしなさそうだから助かった。
どの部屋の扉も木製で重厚そうだったけれど、クリュメさんは入り口に“魔法治癒局”と書かれている扉の前で立ち止まり、慣れた様子で開いた。
部屋の中は治療院と似ているようで、よく見ると全然違った。治療院で使うような治療用の魔導具は見当たらないし、診療台は清潔感を保ちつつも立派だ。
「うちは魔法で治癒するからね、魔導具は置いてないんだよ。ようこそ、可愛い人」
隣の研究局で魔導具の開発にも携わっているんだ、と説明しながら手を差し出してきたのは、波打つローズピンクの髪が華やかな女性だった。
口調こそ軟派な印象だが、ネイビーの瞳は理知的で白衣が似合う、安心して治療を任せたくなる空気感を纏っていた。
彼女は「ロディー先生って呼んでね!」と言ってパチッとウインクを飛ばしたあと、さっと僕を診療台へ案内した。
「え! ま、待って下さい。せ、カシューン魔法師長の治癒が最優先では? しかも僕、お金も持ってません……」
「いやー、私もそう思ったんだけどね。それじゃ納得しないという人がいるもんで。あと、お金の心配なんてしないの! そこの人がたーっぷり持ってるから、安心しなさい。まさか、緊張してるの?」
ロディー先生はちらっと僕のそばに立つセレスを見ながら告げた。僕がこんなにも慌てたのには理由がある。じつは治療院で働いているものの、治療を受けたことはないのだ。
この前ネーレ先生から聞いた記憶にない大怪我はあったみたいだが、記憶がある分には治療も、ましてや魔法を使った治癒の経験もない。お金だってかかるし。
「う……初めてなんです。それに、僕は打ち身程度なんで、わざわざ治癒なんてしていただかなくても……」
「……初めてじゃないだろう。俺がついているから、そろそろ落ち着いてくれ」
うじうじと抵抗していた僕は自分より怪我人のはずのセレスに宥められた。
セレスによって診療台に寝かされ、手を握られてなぜか少しだけほっとする。この中で唯一の知り合いだからかもしれないし、体温をよく知っている相手だからかもしれない。
眉をへにょっと下げてセレスの方を見ていたら、セレスはもう片方の手を使って、僕の目蓋を閉じるよう目元に手を置いた。
(あ、これ、あのときの逆……だ…………)
あんなに緊張していたのに、治癒魔法の記憶はない。
目を覚ますと、見たことのない天井に驚いた。ここどこ? なんで家じゃない場所で寝てたんだっけ?
混乱しながらも身体を起こすと、びっくりするくらい身体が軽い。直前まで重くて痛くて最悪だった気がするのに……
寝起きの頭でぽけっと考えていると、ベッドを囲っていたカーテンの隙間からローズピンクの頭が見えた瞬間に思い出した。
「あ、起きた! 身体の調子はどう?」
「えーと、……ロディー先生。身体の調子はいいです。ただ、記憶が途中で途切れてて……僕、いつの間に寝ちゃったんでしょう」
「あー、ごめんね! 怖がらせるといけないからって、カシューン魔法師長が魔法で眠らせちゃったんだ。過保護だよねー。もちろん、魔法師長の治癒もばっちり完了してるから安心しな」
ロディー先生は簡単に診察してくれたあと、優しい顔で告げた。
「事情は聞いたよ、つらかったね……。魔法で身体の傷は治せても、心はそうにもいかない。もし眠れないとか、悩みすぎて辛くなったらいつでも連絡しなさい。無理に強くあろうとなんてしなくていい。弱くてもいいんだから、ひとりで抱え込まないこと」
もちろん連絡する相手は私でも、信頼できるまわりの人でもいいからね。そう言われて、ちょっと泣きそうになった。この慈悲深さと言うか、包容力はネーレ先生に近いものがある。
セレスたちの働く魔法研究局やポロスが所属している経理局のある区画は、王族の居住区や賓客を迎える場所とは当然分かれている。
人が働く場所という意味では治療院とそう変わらない。ただ、規模はとんでもなく大きかった。天井は高く廊下も幅があり、日も落ちた時間帯で人が少ないせいかだだっぴろく感じる。
セレスは到着したとたんに目を覚ましたので、三人で歩いている。
起こすのは忍びないと思いつつ、身長差のある僕じゃ到底運べないし、セレスと同じくらい身長があるクリュメさんも力仕事とかしなさそうだから助かった。
どの部屋の扉も木製で重厚そうだったけれど、クリュメさんは入り口に“魔法治癒局”と書かれている扉の前で立ち止まり、慣れた様子で開いた。
部屋の中は治療院と似ているようで、よく見ると全然違った。治療院で使うような治療用の魔導具は見当たらないし、診療台は清潔感を保ちつつも立派だ。
「うちは魔法で治癒するからね、魔導具は置いてないんだよ。ようこそ、可愛い人」
隣の研究局で魔導具の開発にも携わっているんだ、と説明しながら手を差し出してきたのは、波打つローズピンクの髪が華やかな女性だった。
口調こそ軟派な印象だが、ネイビーの瞳は理知的で白衣が似合う、安心して治療を任せたくなる空気感を纏っていた。
彼女は「ロディー先生って呼んでね!」と言ってパチッとウインクを飛ばしたあと、さっと僕を診療台へ案内した。
「え! ま、待って下さい。せ、カシューン魔法師長の治癒が最優先では? しかも僕、お金も持ってません……」
「いやー、私もそう思ったんだけどね。それじゃ納得しないという人がいるもんで。あと、お金の心配なんてしないの! そこの人がたーっぷり持ってるから、安心しなさい。まさか、緊張してるの?」
ロディー先生はちらっと僕のそばに立つセレスを見ながら告げた。僕がこんなにも慌てたのには理由がある。じつは治療院で働いているものの、治療を受けたことはないのだ。
この前ネーレ先生から聞いた記憶にない大怪我はあったみたいだが、記憶がある分には治療も、ましてや魔法を使った治癒の経験もない。お金だってかかるし。
「う……初めてなんです。それに、僕は打ち身程度なんで、わざわざ治癒なんてしていただかなくても……」
「……初めてじゃないだろう。俺がついているから、そろそろ落ち着いてくれ」
うじうじと抵抗していた僕は自分より怪我人のはずのセレスに宥められた。
セレスによって診療台に寝かされ、手を握られてなぜか少しだけほっとする。この中で唯一の知り合いだからかもしれないし、体温をよく知っている相手だからかもしれない。
眉をへにょっと下げてセレスの方を見ていたら、セレスはもう片方の手を使って、僕の目蓋を閉じるよう目元に手を置いた。
(あ、これ、あのときの逆……だ…………)
あんなに緊張していたのに、治癒魔法の記憶はない。
目を覚ますと、見たことのない天井に驚いた。ここどこ? なんで家じゃない場所で寝てたんだっけ?
混乱しながらも身体を起こすと、びっくりするくらい身体が軽い。直前まで重くて痛くて最悪だった気がするのに……
寝起きの頭でぽけっと考えていると、ベッドを囲っていたカーテンの隙間からローズピンクの頭が見えた瞬間に思い出した。
「あ、起きた! 身体の調子はどう?」
「えーと、……ロディー先生。身体の調子はいいです。ただ、記憶が途中で途切れてて……僕、いつの間に寝ちゃったんでしょう」
「あー、ごめんね! 怖がらせるといけないからって、カシューン魔法師長が魔法で眠らせちゃったんだ。過保護だよねー。もちろん、魔法師長の治癒もばっちり完了してるから安心しな」
ロディー先生は簡単に診察してくれたあと、優しい顔で告げた。
「事情は聞いたよ、つらかったね……。魔法で身体の傷は治せても、心はそうにもいかない。もし眠れないとか、悩みすぎて辛くなったらいつでも連絡しなさい。無理に強くあろうとなんてしなくていい。弱くてもいいんだから、ひとりで抱え込まないこと」
もちろん連絡する相手は私でも、信頼できるまわりの人でもいいからね。そう言われて、ちょっと泣きそうになった。この慈悲深さと言うか、包容力はネーレ先生に近いものがある。
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