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第4話 銀のペンダント
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*
*
「スナイデルさん、起きてください」
肩を揺すられて、重い瞼を開く。
そこは木のぬくもりの優しいロッジのような部屋の、ベッドの上だった。
声をかけてきたのは黄金の髪の、見知らぬ青年だ。
瞳はエメラルドのように輝いていて、くもりがなく美しい。
「……誰だ……?」
ぼんやりとした目を瞬かせながら問うと、青年は何故か興味深そうに呟いた。
「忘れちゃったんですね。すごい効果だなぁ……」
「……どういう意味だ」
怪訝な眼差しを送れば、青年は朗らかな微笑みで答えてくる。
「俺はハロルドです。勇者です」
「……は?」
勇者は女神に選ばれし存在だ。そんな人物がなぜ、こんな小屋で一緒にいるのだろう。
ハロルドと名乗った人物は、スナイデルの反応を見ながら笑みを深める。
「本当ですよ? もうじき魔族を倒しに行くんです」
「……え……」
警戒はしたまま、スナイデルの胸にだんだん不安が滲んでくる。
話が本当なら、”恋人”の騎士のユリウスも、その進軍に同行するかもしれないのだ。
そしてその中で命を落とすかもしれない。
つい最近も、そういう心配をした気がする。
「屋敷に帰らないと……」
呟くと、ハロルドは「フフッ」とこらえきれないような笑いをこぼした。
スナイデルは不気味さを覚えて、ベッドの上で壁際に寄った。
ハロルドという男は明るい雰囲気を纏っているけれど、なにか決定的に解り合えないものを感じる。
「おまえ、何を笑って……」
「スナイデルさん、屋敷に戻ってどうするんです?」
「そんな話をする必要は……」
「ユリウスさんを待つんですか?」
知り合いなのかと驚き、本当に勇者なら知り合いで当然かと考える。
ハロルドはうっそりと囁いてくる。
「いくら待っても、ユリウスさんは帰ってきませんよ。……彼はね、魔族をかくまっていた罪で、牢獄にいるんです」
その言葉を聞いた途端、スナイデルは目を瞠った。
直後に怒りが込み上げてくる。
「ユリウスがそんなことをするわけないだろう!」
その瞬間、男はベッドにがばっと頭を突っ伏した。
「あーもう、おっかしい!」
ケラケラと笑っている。そして笑いがおさまらぬまま顔を上げ、スナイデルの手首を引っ張って、ベッドの上に押し倒してきた。
「なっ……!?」
何をする、と瞳で訴えると、ハロルドは弓なりに目を細めた。
「そうですね……このまま何度か楽しんで……その後は素の状態で楽しんで……次は俺の恋人か、性奴隷か……色狂いにするのも楽しそうですね」
わくわくと輝く瞳を見ながら、スナイデルは背筋にゾッと怖気が走るのを覚えた。彼は狂人だ。ユリウスが牢に入れられているわけがないし、こんな男が勇者のはずもない。
「は……放せッ!」
手首を外そうと藻掻くけれど、びくともしない。
ハロルドはニンマリと笑みながら言う。
「魔法は使えませんよ。魔封じのブレスレットをしてますからね」
「ッ、俺はもとから、魔法なんて使えないッ」
魔法が一切使えないことは、スナイデルのコンプレックスだった。
するとハロルドは何故か目を丸くしてくる。
「え、そこも弄られてるんですね。えげつないなぁユリウスさん」
ご愁傷様、というように言う。同時に手が這い回ってきて、スナイデルは身をよじった。嫌悪感と恐怖で、泣きたくもないのに涙が滲んでくる。
こんなことならユリウスに護身術のひとつでも教えてもらえれば良かった。しかし、彼はスナイデルには剣や戦いは向いていないと言い、彼が望むならとその通りにしたのだ。
「や、いやだッ!」
ハロルドはふふ、と笑う。
「ここから調教してみるのもアリかも……」
首筋を撫でられる。
スナイデルは胸元の銀のペンダントに祈りをこめて、「ユリウス」と心の中で叫んだ。
すると一陣の風が小屋の中に吹いて、フードの男が現れた。一瞬ユリウスかと思ったけれど、明らかに雰囲気がちがう。物騒な空気を纏った男は突然、ハロルドに剣で斬りかかった。
「なッ……!?」
ハロルドは声を上げつつ炎を放ったけれど、男は躊躇なく、炎に身を乗り出した。そしてハロルドのわき腹を軽くかっさばいていく。続けて第二撃を繰り出したところで、ハロルドが大きく後方にジャンプした。
そして回復魔法を使うものの、完治しきらず、ダラダラと出血が続いている。
フードの男は舌打ちし、
「さっさとくたばれ、エセ野郎がよぉ」
と言う。
男の動きは人間離れしており、室内なのに自由自在に剣が動いた。けれどハロルドの動きも人間離れしており、炎を放ちながらそれをかわしていく。
スナイデルはヘッドボードのほうに逃げて体を縮めた。
ユリウス、と胸の中で呼び続けていると、今度は二人の人物が出現した。一人はユリウスだ。
「ユ、ユリウス!」
「スナイデル! 無事か……!」
見慣れない簡素な服を着ていて、剣を持っている。スナイデルは彼を見て泣きそうになった。
ユリウスの首筋や手には、鞭で打たれたような傷がいくつも走っている。
何があったのかと心配でたまらないけれど、もう一人の姿を見て目を瞠った。
尖った耳が明らかに人間ではない。彼は魔族だ。
「悪いが、ここまでだ……」
魔族の男が口にする。
その上半身は包帯でぐるぐる巻きにされており、包帯には真っ赤な染みが広がっている。
息は絶え絶えで、額には脂汗が浮いていた。
「十分だ」
ユリウスが答え、そしてフードの男を援護するように、ハロルドに斬りかかった。
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「スナイデルさん、起きてください」
肩を揺すられて、重い瞼を開く。
そこは木のぬくもりの優しいロッジのような部屋の、ベッドの上だった。
声をかけてきたのは黄金の髪の、見知らぬ青年だ。
瞳はエメラルドのように輝いていて、くもりがなく美しい。
「……誰だ……?」
ぼんやりとした目を瞬かせながら問うと、青年は何故か興味深そうに呟いた。
「忘れちゃったんですね。すごい効果だなぁ……」
「……どういう意味だ」
怪訝な眼差しを送れば、青年は朗らかな微笑みで答えてくる。
「俺はハロルドです。勇者です」
「……は?」
勇者は女神に選ばれし存在だ。そんな人物がなぜ、こんな小屋で一緒にいるのだろう。
ハロルドと名乗った人物は、スナイデルの反応を見ながら笑みを深める。
「本当ですよ? もうじき魔族を倒しに行くんです」
「……え……」
警戒はしたまま、スナイデルの胸にだんだん不安が滲んでくる。
話が本当なら、”恋人”の騎士のユリウスも、その進軍に同行するかもしれないのだ。
そしてその中で命を落とすかもしれない。
つい最近も、そういう心配をした気がする。
「屋敷に帰らないと……」
呟くと、ハロルドは「フフッ」とこらえきれないような笑いをこぼした。
スナイデルは不気味さを覚えて、ベッドの上で壁際に寄った。
ハロルドという男は明るい雰囲気を纏っているけれど、なにか決定的に解り合えないものを感じる。
「おまえ、何を笑って……」
「スナイデルさん、屋敷に戻ってどうするんです?」
「そんな話をする必要は……」
「ユリウスさんを待つんですか?」
知り合いなのかと驚き、本当に勇者なら知り合いで当然かと考える。
ハロルドはうっそりと囁いてくる。
「いくら待っても、ユリウスさんは帰ってきませんよ。……彼はね、魔族をかくまっていた罪で、牢獄にいるんです」
その言葉を聞いた途端、スナイデルは目を瞠った。
直後に怒りが込み上げてくる。
「ユリウスがそんなことをするわけないだろう!」
その瞬間、男はベッドにがばっと頭を突っ伏した。
「あーもう、おっかしい!」
ケラケラと笑っている。そして笑いがおさまらぬまま顔を上げ、スナイデルの手首を引っ張って、ベッドの上に押し倒してきた。
「なっ……!?」
何をする、と瞳で訴えると、ハロルドは弓なりに目を細めた。
「そうですね……このまま何度か楽しんで……その後は素の状態で楽しんで……次は俺の恋人か、性奴隷か……色狂いにするのも楽しそうですね」
わくわくと輝く瞳を見ながら、スナイデルは背筋にゾッと怖気が走るのを覚えた。彼は狂人だ。ユリウスが牢に入れられているわけがないし、こんな男が勇者のはずもない。
「は……放せッ!」
手首を外そうと藻掻くけれど、びくともしない。
ハロルドはニンマリと笑みながら言う。
「魔法は使えませんよ。魔封じのブレスレットをしてますからね」
「ッ、俺はもとから、魔法なんて使えないッ」
魔法が一切使えないことは、スナイデルのコンプレックスだった。
するとハロルドは何故か目を丸くしてくる。
「え、そこも弄られてるんですね。えげつないなぁユリウスさん」
ご愁傷様、というように言う。同時に手が這い回ってきて、スナイデルは身をよじった。嫌悪感と恐怖で、泣きたくもないのに涙が滲んでくる。
こんなことならユリウスに護身術のひとつでも教えてもらえれば良かった。しかし、彼はスナイデルには剣や戦いは向いていないと言い、彼が望むならとその通りにしたのだ。
「や、いやだッ!」
ハロルドはふふ、と笑う。
「ここから調教してみるのもアリかも……」
首筋を撫でられる。
スナイデルは胸元の銀のペンダントに祈りをこめて、「ユリウス」と心の中で叫んだ。
すると一陣の風が小屋の中に吹いて、フードの男が現れた。一瞬ユリウスかと思ったけれど、明らかに雰囲気がちがう。物騒な空気を纏った男は突然、ハロルドに剣で斬りかかった。
「なッ……!?」
ハロルドは声を上げつつ炎を放ったけれど、男は躊躇なく、炎に身を乗り出した。そしてハロルドのわき腹を軽くかっさばいていく。続けて第二撃を繰り出したところで、ハロルドが大きく後方にジャンプした。
そして回復魔法を使うものの、完治しきらず、ダラダラと出血が続いている。
フードの男は舌打ちし、
「さっさとくたばれ、エセ野郎がよぉ」
と言う。
男の動きは人間離れしており、室内なのに自由自在に剣が動いた。けれどハロルドの動きも人間離れしており、炎を放ちながらそれをかわしていく。
スナイデルはヘッドボードのほうに逃げて体を縮めた。
ユリウス、と胸の中で呼び続けていると、今度は二人の人物が出現した。一人はユリウスだ。
「ユ、ユリウス!」
「スナイデル! 無事か……!」
見慣れない簡素な服を着ていて、剣を持っている。スナイデルは彼を見て泣きそうになった。
ユリウスの首筋や手には、鞭で打たれたような傷がいくつも走っている。
何があったのかと心配でたまらないけれど、もう一人の姿を見て目を瞠った。
尖った耳が明らかに人間ではない。彼は魔族だ。
「悪いが、ここまでだ……」
魔族の男が口にする。
その上半身は包帯でぐるぐる巻きにされており、包帯には真っ赤な染みが広がっている。
息は絶え絶えで、額には脂汗が浮いていた。
「十分だ」
ユリウスが答え、そしてフードの男を援護するように、ハロルドに斬りかかった。
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