上 下
32 / 38

32

しおりを挟む
「あーあ、カッコつけて奨学金の辞退なんかするんじゃなかった」

 眠そうな顔のガブリエラが冗談めかして薄く笑う。
 
 仕送りを止められたガブリエラは週6でウエイトレスのバイトを始めた。

 自分が使った食器を洗ったことすらなかったお嬢様が庶民の為に料理を運んだり汚れた皿を洗ったりしている。

「今となったらユージンに感謝だわ。
 入学前に勉強したお陰で今のところまだアドバンテージを保っていられるもの」

 学生食堂で二人共一番安いランチを食べる。

「恩に着るわ」

「アンタに奢る日が来るなんてね」

 ラナがわざとおどけて見せる。

「そのうち10倍にして返すから」

「楽しみにしとく」

 フフッと笑ったガブリエラの顔がひどく疲れて見えてラナは不安になる。


 それからしばらくして町中にコルムのポスターが踊った。

 肉体労働のバイトだけでは現状を打破できないと観念したコルムが、断り続けていたモデルの仕事を始めたのだ。

 古の戦士をモチーフにした衣装を纏ったコルムが精悍な顔でポーズを決めているファッションメーカーのポスターは貼った先から剥がされ持ち帰られた。

 一方ではいわれなき差別に苦しみながら、その一方では持ち上げられるコルム。

 ポスターの彼は自分の置かれている社会そのものを睨みつけているように見えてラナは痛ましく感じた。

 
 しばらくしてガブリエラが寮を退去した。
 コルムが町で借りたアパートで一緒に暮らすことにしたのだ。
 労働者階級の暮らす川沿いの安アパート。 
 ラナはガブリエラが遠くに行ってしまったような喪失感を味わった。

 「いーなー。僕もラナと一緒に暮らしたいよ」

 呑気にそんなことを言うユージンにラナは少し苛立ちを感じてしまう。

「生活費を節約する為にやってることでしょ?二人が心配じゃないの?」

「今は見守るしかないだろう?」

 ユージンは真剣な目をラナに向けた。

「大丈夫だよ。コルムはやる奴だ。
 ・・・いざとなれば僕の父も力になってくれる」

 
 ガブリエラは2年のカレッジの卒業後に4年制大学に編入するためのカリキュラムに出席しなくなった。

 生活が苦しくてそれどころではないのだろう。
 そう予測はついたが、ラナは敢えてガブリエラを問い質した。

「どうしたのよ。一緒に第一大学に行くって約束したじゃない」

 ガブリエラは力なく笑った。

「ごめん、ラナ。私、他にやることができたんだ」

 しかめっ面のラナにガブリエラは続けた。

「怒んないで。私、諦めた訳じゃないの。人生の目的が変わったのよ」



 パンとスープだけの質素な朝食の席で、コルムが封筒を差し出す。

「来学期の授業料だ」

「・・・・私、カレッジ辞めようかと思って」

「!」

「アルバイトじゃなくて、正式にどこかで雇ってもらった方が」

「ダメだ!絶対にダメだ!」

 ガブリエラの目から一筋の涙が溢れ落ちる。

「・・・だって・・・だってコルムが、・・・今まで頑張ってきたのに、私のせいで・・・やりたくもない人前に出る仕事までして、こんなに疲れて・・・なのに私はヘタクソな料理しかできないし・・・・あなたの幸せを願ってるのに・・・足を引っ張ってばっかりで・・・」

 コルムがガブリエラのそばに寄って、

「それ以上言うな」

 強く強く抱きしめた。

 そして耳元で小さな子供をあやすみたいに優しく優しく囁いた。

「ヴェートスの言伝えに、心を尽くして生きた者だけがたどり着ける理想郷があるんだ。
 丘の上には見たこともない一番大きな月が輝き、昼間のように照らされているんだ。
 そこには月の光でだけ咲く美しい花が一面に咲き乱れている。
 
 いつか、いつか必ず二人で行くんだ」

 





 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

転生令嬢の婚約者様〜冷酷皇帝陛下が私を溺愛してきます

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは私が生きていた時代から五百年後の世界でした。  かつて男爵令嬢だった私は、子爵家の令息の幼馴染と婚約し、幸せになるはずでした。  ですが、私を見染めたという王太子殿下に、私は凌辱されました。  彼を愛していた私は殿下を許せず、舌を噛んで死んだはずなのです。  なのに、どうして私は生きているのでしょうか。  

処理中です...