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5 許せない男
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※ご注意・・・容姿に関してセンシティブな表現を含みます。
イジメに該当するような表現も含みます。
ラナは西部で生まれて中等学校の途中までをそこで過ごした。
父親同士が友達だったことで幼馴染みだったテレンス・リードとは初等教育学校時代はクラスが同じだったことも、机が隣同士だったこともある。
幼少期のテレンスはそれ程嫌なヤツという印象は無く、極々普通の男の子だった。
むしろ工作の時間に使う粘土を忘れたラナに快く半分貸してくれる優しさも持ち合わせていたし、当時のテレンスとラナの関係はおおむね良好だった。
そんなテレンスが調子に乗り始めたのは、周囲の大人達や女子達から容姿を理由にチヤホヤされて自分の美貌を自覚した辺りからだったように思う。
美しいということこそが善で唯一の価値だとでも思っているのか、そうでない人を明らかに見下すようになっていった。
テレンスのパッシングラインをギリギリ超えていたのか、或いは幼馴染みとしての情が働いたのかは知らないが、テレンスがラナに酷い態度を取ることは無かった。
しかしテレンスの鼻持ちならない失礼な振る舞いは時にラナの友人にも及んだ。
その度に抗議するラナにテレンスは、
「気をつけないとブスって感染するから」
と半笑いで返した。
ラナの中に僅かに残っていたテレンスへの情は急速に冷えていった。
そしてラナとテレンスは疎遠になり、廊下ですれ違っても挨拶すら交わさないようになった。
そんなラナには大切な幼馴染みがいた。
やはり同級生で近所に住んでいるパティーだ。
お互いに一人っ子だったラナとパティーはお揃いの服を着て、今日はラナの、明日はパティーのと互いの家に泊まって双子のように過ごしていた。
パティーは産まれた時の病気が原因で体に軽い麻痺が残っていて、若干足を引き摺るように歩く。
そして顔面の左側が痙攣したようにピクピクと動き上唇がめくれたようになっていて常に前歯と歯茎が見えていた。
そのせいで発音が不明瞭なところもあったが元来明るい性格のパティーはよく喋りよく笑う楽しい子だった。
時々心ない人がすれ違い際にわざわざ振り返ってパティーを凝視したが、パティーはその無遠慮な視線を努めて気にしないようにしていた。
辛い体験は彼女を成長させたのだろう。
思い遣りのある優しい性格はラナや他の友達からも慕われ尊敬されていた。
パティーはラナにとって大好きな自慢の友達だった。
中等部に入った時、成績上位者を対象とした放課後特別プログラムが始まった。
地区にいくつかある有名校を受験するための課外授業のようなものだ。
当時は西部地区にある共学校を狙っていたラナもそのプログラムに参加することを許された。
放課後、特別教室に移動する生徒達は他の生徒達から羨望の眼差しを向けられた。
ラナ自身もそこにいられることに得意になっていたと自覚している。
そんなメンバーの中にテレンスもいた。
地域一番の名門校リバティを志望していたテレンスは美貌と明晰な頭脳を兼ね備えた自分自身に陶酔して、いよいよ図に乗っていた。
ある日の放課後いつものように教室移動しているとパティーがラナに駆け寄ってきて、
「毎日勉強大変だけど頑張ってね!」
と笑顔で励ましてくれた。
「ありがとう!」
と返したラナの声に被さるように背後からテレンスの声がした。
「俺、マジでこいつの顔って生理的にムリ」
無言で固まるラナの背中を更なるテレンスの言葉が刺した。
「コイツの笑顔を見てると気分が悪くなる」
本当に傷ついた人の顔を見たことがあるだろうか。
ラナの目の前でパティーの顔から見る見る表情が抜け落ちていった。
そして本当に怒った人間は、その場で怒りを顕にして怒鳴り散らしたりはできないものなのだとラナは知った。
心臓がバクバクして息が荒くなる。
目の前が真っ赤になったように感じた。
ひとこと言ってやりたいのに声が出せない。
動けない二人を残して他のメンバーは廊下を進んで行った。
パティーは学校に来なくなった。
ラナは特別クラスに行かなくなった。
ラナは学校が終わると毎日パティーの家に行った。
初めの頃はドアのこっち側から思いつく限りの慰めの言葉をかけてみたが、固く閉ざされた扉が開くことはなかった。
どんな慰めの言葉もパティーを救ってはくれないことが痛いほど分かったから、ラナは毎日ただ黙って部屋の扉の前に佇んだ。
自己満足にすぎないかも知れないが、ただ寄り添いたかった。
ラナはただひたすらにパティーが自分で自分を救って扉を開けて出てくることを願い続けた。
パティーが密かにテレンスに思いを寄せていたことにラナは気づいていた。
『あんなヤツは止めときなよ』
ラナは祈る気持ちでテレンスの性格の悪さを何度となく話題にした。
するといつもパティーは困ったように笑った。
「私って、こんなでしょ?美しいものに憧れてしまうの。おかしいかな?」
あの時廊下にいたエリート予備軍の誰一人としてテレンスを諌めなかったばかりか、むしろ同調して笑っていたことが許せなかった。
そしてテレンスに怒鳴りつけることも殴りかかることもできなかった自分がもっと許せなかった。
それからしばらくして、父親の転勤に伴ってラナは東部に移り住むことになった。
パティーのことが心配だったが、一方でこの場所から離れられることにどこかホッとしている自分もいた。
イジメに該当するような表現も含みます。
ラナは西部で生まれて中等学校の途中までをそこで過ごした。
父親同士が友達だったことで幼馴染みだったテレンス・リードとは初等教育学校時代はクラスが同じだったことも、机が隣同士だったこともある。
幼少期のテレンスはそれ程嫌なヤツという印象は無く、極々普通の男の子だった。
むしろ工作の時間に使う粘土を忘れたラナに快く半分貸してくれる優しさも持ち合わせていたし、当時のテレンスとラナの関係はおおむね良好だった。
そんなテレンスが調子に乗り始めたのは、周囲の大人達や女子達から容姿を理由にチヤホヤされて自分の美貌を自覚した辺りからだったように思う。
美しいということこそが善で唯一の価値だとでも思っているのか、そうでない人を明らかに見下すようになっていった。
テレンスのパッシングラインをギリギリ超えていたのか、或いは幼馴染みとしての情が働いたのかは知らないが、テレンスがラナに酷い態度を取ることは無かった。
しかしテレンスの鼻持ちならない失礼な振る舞いは時にラナの友人にも及んだ。
その度に抗議するラナにテレンスは、
「気をつけないとブスって感染するから」
と半笑いで返した。
ラナの中に僅かに残っていたテレンスへの情は急速に冷えていった。
そしてラナとテレンスは疎遠になり、廊下ですれ違っても挨拶すら交わさないようになった。
そんなラナには大切な幼馴染みがいた。
やはり同級生で近所に住んでいるパティーだ。
お互いに一人っ子だったラナとパティーはお揃いの服を着て、今日はラナの、明日はパティーのと互いの家に泊まって双子のように過ごしていた。
パティーは産まれた時の病気が原因で体に軽い麻痺が残っていて、若干足を引き摺るように歩く。
そして顔面の左側が痙攣したようにピクピクと動き上唇がめくれたようになっていて常に前歯と歯茎が見えていた。
そのせいで発音が不明瞭なところもあったが元来明るい性格のパティーはよく喋りよく笑う楽しい子だった。
時々心ない人がすれ違い際にわざわざ振り返ってパティーを凝視したが、パティーはその無遠慮な視線を努めて気にしないようにしていた。
辛い体験は彼女を成長させたのだろう。
思い遣りのある優しい性格はラナや他の友達からも慕われ尊敬されていた。
パティーはラナにとって大好きな自慢の友達だった。
中等部に入った時、成績上位者を対象とした放課後特別プログラムが始まった。
地区にいくつかある有名校を受験するための課外授業のようなものだ。
当時は西部地区にある共学校を狙っていたラナもそのプログラムに参加することを許された。
放課後、特別教室に移動する生徒達は他の生徒達から羨望の眼差しを向けられた。
ラナ自身もそこにいられることに得意になっていたと自覚している。
そんなメンバーの中にテレンスもいた。
地域一番の名門校リバティを志望していたテレンスは美貌と明晰な頭脳を兼ね備えた自分自身に陶酔して、いよいよ図に乗っていた。
ある日の放課後いつものように教室移動しているとパティーがラナに駆け寄ってきて、
「毎日勉強大変だけど頑張ってね!」
と笑顔で励ましてくれた。
「ありがとう!」
と返したラナの声に被さるように背後からテレンスの声がした。
「俺、マジでこいつの顔って生理的にムリ」
無言で固まるラナの背中を更なるテレンスの言葉が刺した。
「コイツの笑顔を見てると気分が悪くなる」
本当に傷ついた人の顔を見たことがあるだろうか。
ラナの目の前でパティーの顔から見る見る表情が抜け落ちていった。
そして本当に怒った人間は、その場で怒りを顕にして怒鳴り散らしたりはできないものなのだとラナは知った。
心臓がバクバクして息が荒くなる。
目の前が真っ赤になったように感じた。
ひとこと言ってやりたいのに声が出せない。
動けない二人を残して他のメンバーは廊下を進んで行った。
パティーは学校に来なくなった。
ラナは特別クラスに行かなくなった。
ラナは学校が終わると毎日パティーの家に行った。
初めの頃はドアのこっち側から思いつく限りの慰めの言葉をかけてみたが、固く閉ざされた扉が開くことはなかった。
どんな慰めの言葉もパティーを救ってはくれないことが痛いほど分かったから、ラナは毎日ただ黙って部屋の扉の前に佇んだ。
自己満足にすぎないかも知れないが、ただ寄り添いたかった。
ラナはただひたすらにパティーが自分で自分を救って扉を開けて出てくることを願い続けた。
パティーが密かにテレンスに思いを寄せていたことにラナは気づいていた。
『あんなヤツは止めときなよ』
ラナは祈る気持ちでテレンスの性格の悪さを何度となく話題にした。
するといつもパティーは困ったように笑った。
「私って、こんなでしょ?美しいものに憧れてしまうの。おかしいかな?」
あの時廊下にいたエリート予備軍の誰一人としてテレンスを諌めなかったばかりか、むしろ同調して笑っていたことが許せなかった。
そしてテレンスに怒鳴りつけることも殴りかかることもできなかった自分がもっと許せなかった。
それからしばらくして、父親の転勤に伴ってラナは東部に移り住むことになった。
パティーのことが心配だったが、一方でこの場所から離れられることにどこかホッとしている自分もいた。
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