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小さな劇団で娘役を募集している。
ユリアヌスからそう教えられたラピスは喜び勇んでオーディションにやって来た。
そこにいたのはユリアヌスによって借金をチャラにしてもらって新たに劇団員として雇入れられたオットーと元ストリッパーのインサニア、そして同じくユリアヌスによって雇入れられたニセ団長のコッパー・ビーンだった。
コッパーは実はちゃんとした劇団の実力派俳優であるが、期間限定のニセ団長としてラピスに演技指導をした後に理由をつけて劇団をラピスに託して去る、という筋書きの基ユリアヌスに雇われている。
「なんだか随分人数が少ないんですね」
劇団員が現在三人だけだと告げられたラピスが遠慮がちにそういうと、
「他の団員が辞めたのが重なったこともあるのだが、元々この劇団は一人芝居メインでやってきたんだ。劇場も小さいからね」
と、コッパーがスラスラとそれらしいことを言う。
「一人芝居ですか?
私、モノローグが得意なんです」
「へぇ、そうなの?」
舞台袖でユリアヌスとヨハネスは隠れて成り行きを見守っていた。
「モノローグというよりは独り言だろう、あれは・・・」
いつも何かになりきって妙ちきりんなセリフを吐いているラピスを思い浮かべてヨハネスがボソっと呟くと、
「あ、それ私も思った」
とユリアヌスが賛同した。
「人生は舞台だそうだから」
「じゃ、若の奥様の役を演じればいいのに」
「いや、私は芝居じゃなくてホンモノの愛が欲しいんだ」
「我儘ですね。どうせ外から見たんじゃ本当に愛してるかどうかなんてわかりゃしないんだから。
女達の見え透いた嘘に乗っかって幸せごっこしてりゃ安泰ってもんですよ
」
「随分な物言いじゃないか」
「そうですか?私は平穏無事な家庭生活を乱さないルールを守ってくれるのであれば、『旦那様を愛しています』という言葉も私に向ける微笑みも全て嘘でも構わないですけどね」
「・・・・何かあった?」
「・・・・別に」
「一人芝居だとやれる演目も限られるだろ?ここは看板女優を入れて盛り上げていきたいってことで今回の募集となったってわけさ」
コッパーが言うと、それまで頭数合わせに突っ立っていただけのインサニアが突然発言した。
「えっ?看板女優?
看板女優は私でしょ?」
オットーとコッパーがインサニアを睨みつけた。
突然現れた物好きな資産家(ヨハネス)によって、絶体絶命な窮地を救ってもらったオットーとインサニア。
イマイチ目的の判らないこの芝居に付き合うことで、今後の生活の保証もされていることは彼女も承知の上のはずなのに。
「・・・・まあ、役は台本にもよるし、そのつど決めることになるから」
『とんでもない大根だと聞いているラピスの指導だけでも面倒なのに、もう一人面倒そうなのがいるじゃないか。
これは追加料金を貰わなくっちゃ割に合わねぇな』
コッパーは頭を抱えながらラピスに言った。
「とりあえず何か見せてもらえる?」
「はいっ!」
真剣な眼差しで元気よく返事をしたラピスが舞台中央に進み出ると、
「アンタ!!この宿六が一体どこをほっつき歩いてたんだい!!
ピエールが靴磨きやら荷物運びの駄賃やらでやっと貯めた4382ペクーニアをどこにやったんだね?!」
と大声で捲し立て始めた。
「え?ちょっと、ちょっと・・・」
コッパーが面食らう。
「アンタ!あれはね、ピエールが来学期から学校に行くための教科書を買うために必死で貯めた大事な大事なお金なんだよ?ヨヨヨ…」
「えっと、ちょっと待って、どういうシチュエーション?」
「それをまあ、アンタ、あと少しで5000ペクーニアになるんだってあの子毎晩嬉しそうに肝油の空き缶に入れたお金を数えてさ、
『しっかり勉強して偉い人におなりなさいよ』
『分かったよ、母さん』
ってヨヨヨ…」
「・・・・なんとなく事情はわかったけどさ、」
「その未来を作る希望の4382ペクーニアを!!
アンタって人はたった一晩で飲んだくれて!」
「ストーップ!ストーップ!!」
コッパーはパンパンと手を叩いてラピスを無理矢理中断させると、
「なんで?なんでその演技を選んだの?」
と苦笑いした。
「あ、ハイ!
私は演技がわざとらしいって指摘されることが多くて」
『自覚はしてんのね』
「リアリティを追求しなきゃって思ったんですよ」
「ほう」
「で、万屋で日々奥さん達と会話する中で、
『結婚なんてするもんじゃないよ』
って言われて、結婚して、どんなに苦労しているかって話を散々聞かされて、それで周りを見渡してみたら、ホントに私の周りに結婚して幸せになってる人なんて一人もいないってくらいで。
だから女のリアリティって、王子様とのラブストーリーなんかじゃなくて、好きで一緒になったはずの相手に愛情が目減りしていくのを感じながらも愛する子供の為に折り合いをつけながら過ごしていく日常にこそ存在するんじゃないかなーなんて」
「へー」
「で、私も結婚なんて、するもんじゃないなーなんて思ってるわけですよ。
演劇に生涯を賭ける所存でっす!」
「ハハハ、若!聞きました?
ラピス様は結婚なんかしないって!
王子様とのラブストーリーなんて非現実的だそうですよ?」
舞台袖でヨハネスは嬉しそうに笑った。
「ババアども!変な価値観を吹き込みやがって!!許すまじ!」
ユリアヌスは握りしめた拳を怒りで震わせた。
「うーん。悪くはないんだよ」
コッパーは適当なことを言いながらどうにか褒める言葉を探した。
「確かにね、リアリティの追求も大事だよね」
「ホントですか?!」
ラピスは目を輝かせた。
「評価していただいたのは初めてです!」
『評価はしてないんだけどね』
「あ・・・うん、まあ、見所は無いわけじゃないから・・・・。
容姿は良いし・・・・。
まあさ、人々が演劇に求める事って色々だからさ、リアリティの追求も必要だけど、一方で夢を見せる事も大切だからさ。
まあ、そういう事は追々ってことで。
ただ、今すぐ舞台に立てるってわけじゃなくて訓練とか勉強が必要だよね」
「・・・・ってことは合格ですか?」
「・・・合格だ」
「ありがとうございます!!」
ラピスは輝く笑顔をコッパーに向けた。
その神々しいまでの美しさにさすがのコッパーもドキッとした。
「あー畜生!あの笑顔を向けてもらえるのがなんで私じゃないのだ!」
「お金出してるの若なのにね」
ユリアヌスからそう教えられたラピスは喜び勇んでオーディションにやって来た。
そこにいたのはユリアヌスによって借金をチャラにしてもらって新たに劇団員として雇入れられたオットーと元ストリッパーのインサニア、そして同じくユリアヌスによって雇入れられたニセ団長のコッパー・ビーンだった。
コッパーは実はちゃんとした劇団の実力派俳優であるが、期間限定のニセ団長としてラピスに演技指導をした後に理由をつけて劇団をラピスに託して去る、という筋書きの基ユリアヌスに雇われている。
「なんだか随分人数が少ないんですね」
劇団員が現在三人だけだと告げられたラピスが遠慮がちにそういうと、
「他の団員が辞めたのが重なったこともあるのだが、元々この劇団は一人芝居メインでやってきたんだ。劇場も小さいからね」
と、コッパーがスラスラとそれらしいことを言う。
「一人芝居ですか?
私、モノローグが得意なんです」
「へぇ、そうなの?」
舞台袖でユリアヌスとヨハネスは隠れて成り行きを見守っていた。
「モノローグというよりは独り言だろう、あれは・・・」
いつも何かになりきって妙ちきりんなセリフを吐いているラピスを思い浮かべてヨハネスがボソっと呟くと、
「あ、それ私も思った」
とユリアヌスが賛同した。
「人生は舞台だそうだから」
「じゃ、若の奥様の役を演じればいいのに」
「いや、私は芝居じゃなくてホンモノの愛が欲しいんだ」
「我儘ですね。どうせ外から見たんじゃ本当に愛してるかどうかなんてわかりゃしないんだから。
女達の見え透いた嘘に乗っかって幸せごっこしてりゃ安泰ってもんですよ
」
「随分な物言いじゃないか」
「そうですか?私は平穏無事な家庭生活を乱さないルールを守ってくれるのであれば、『旦那様を愛しています』という言葉も私に向ける微笑みも全て嘘でも構わないですけどね」
「・・・・何かあった?」
「・・・・別に」
「一人芝居だとやれる演目も限られるだろ?ここは看板女優を入れて盛り上げていきたいってことで今回の募集となったってわけさ」
コッパーが言うと、それまで頭数合わせに突っ立っていただけのインサニアが突然発言した。
「えっ?看板女優?
看板女優は私でしょ?」
オットーとコッパーがインサニアを睨みつけた。
突然現れた物好きな資産家(ヨハネス)によって、絶体絶命な窮地を救ってもらったオットーとインサニア。
イマイチ目的の判らないこの芝居に付き合うことで、今後の生活の保証もされていることは彼女も承知の上のはずなのに。
「・・・・まあ、役は台本にもよるし、そのつど決めることになるから」
『とんでもない大根だと聞いているラピスの指導だけでも面倒なのに、もう一人面倒そうなのがいるじゃないか。
これは追加料金を貰わなくっちゃ割に合わねぇな』
コッパーは頭を抱えながらラピスに言った。
「とりあえず何か見せてもらえる?」
「はいっ!」
真剣な眼差しで元気よく返事をしたラピスが舞台中央に進み出ると、
「アンタ!!この宿六が一体どこをほっつき歩いてたんだい!!
ピエールが靴磨きやら荷物運びの駄賃やらでやっと貯めた4382ペクーニアをどこにやったんだね?!」
と大声で捲し立て始めた。
「え?ちょっと、ちょっと・・・」
コッパーが面食らう。
「アンタ!あれはね、ピエールが来学期から学校に行くための教科書を買うために必死で貯めた大事な大事なお金なんだよ?ヨヨヨ…」
「えっと、ちょっと待って、どういうシチュエーション?」
「それをまあ、アンタ、あと少しで5000ペクーニアになるんだってあの子毎晩嬉しそうに肝油の空き缶に入れたお金を数えてさ、
『しっかり勉強して偉い人におなりなさいよ』
『分かったよ、母さん』
ってヨヨヨ…」
「・・・・なんとなく事情はわかったけどさ、」
「その未来を作る希望の4382ペクーニアを!!
アンタって人はたった一晩で飲んだくれて!」
「ストーップ!ストーップ!!」
コッパーはパンパンと手を叩いてラピスを無理矢理中断させると、
「なんで?なんでその演技を選んだの?」
と苦笑いした。
「あ、ハイ!
私は演技がわざとらしいって指摘されることが多くて」
『自覚はしてんのね』
「リアリティを追求しなきゃって思ったんですよ」
「ほう」
「で、万屋で日々奥さん達と会話する中で、
『結婚なんてするもんじゃないよ』
って言われて、結婚して、どんなに苦労しているかって話を散々聞かされて、それで周りを見渡してみたら、ホントに私の周りに結婚して幸せになってる人なんて一人もいないってくらいで。
だから女のリアリティって、王子様とのラブストーリーなんかじゃなくて、好きで一緒になったはずの相手に愛情が目減りしていくのを感じながらも愛する子供の為に折り合いをつけながら過ごしていく日常にこそ存在するんじゃないかなーなんて」
「へー」
「で、私も結婚なんて、するもんじゃないなーなんて思ってるわけですよ。
演劇に生涯を賭ける所存でっす!」
「ハハハ、若!聞きました?
ラピス様は結婚なんかしないって!
王子様とのラブストーリーなんて非現実的だそうですよ?」
舞台袖でヨハネスは嬉しそうに笑った。
「ババアども!変な価値観を吹き込みやがって!!許すまじ!」
ユリアヌスは握りしめた拳を怒りで震わせた。
「うーん。悪くはないんだよ」
コッパーは適当なことを言いながらどうにか褒める言葉を探した。
「確かにね、リアリティの追求も大事だよね」
「ホントですか?!」
ラピスは目を輝かせた。
「評価していただいたのは初めてです!」
『評価はしてないんだけどね』
「あ・・・うん、まあ、見所は無いわけじゃないから・・・・。
容姿は良いし・・・・。
まあさ、人々が演劇に求める事って色々だからさ、リアリティの追求も必要だけど、一方で夢を見せる事も大切だからさ。
まあ、そういう事は追々ってことで。
ただ、今すぐ舞台に立てるってわけじゃなくて訓練とか勉強が必要だよね」
「・・・・ってことは合格ですか?」
「・・・合格だ」
「ありがとうございます!!」
ラピスは輝く笑顔をコッパーに向けた。
その神々しいまでの美しさにさすがのコッパーもドキッとした。
「あー畜生!あの笑顔を向けてもらえるのがなんで私じゃないのだ!」
「お金出してるの若なのにね」
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