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しおりを挟むホテルに着いたミリアムがスタッフに案内された部屋に入った瞬間、あーもーどーとでもなれ!と覚悟を決めた。
そこで待ち受けていたのは、まあ、一言で言えば、アヴァンギャルドな面々であったから。
とりあえず湯船に突っ込まれたミリアムは髪や体を洗われながら、一体どんな格好にされるのか、もはや楽しみですらあった。
しかし一連のエステを受けた後、椅子に座らされたミリアムの髪を一旦後ろで一つに束ねてからシャキーンとハサミで切り落とされた時には流石にビックリした。
「え?え?何するんですか!」
うろたえるミリアムに刈り上げ頭のチョビヒゲ男は、
「だ~いじょうぶ、だ~いじょうぶ」
と鼻歌混じりにチョキチョキやっている。
後ろから前にいくにつれて長くなるようにナナメのラインを作っていく。
「ねー、ここんとこ」
ミリアムの襟足のところを触りながら、
「ここんとこ、ちょっとだけ刈り上げるともっとイカスんだけどなー」
「それだけはヤメテください」
「ダニエルの友達なのに保守的ねー」
彼は楽しそうにハサミを操りながらフフフンと笑った。
その後は有名女優のメイクも担当しているというジャクリーヌ・ヴィジョンに目を強調したメイクを施された。
次に進み出てきたのは、これまたド派手なメイクとファッションのお姉さま。
「はじめましてぇ、ポーラスター・アフロディーテよ。ヨロシクね」
新進気鋭のファッションデザイナーだ。
「は、はじめまして。ミリアムです。
・・・え?なんですかこれ。これを着るんですか?」
そこにダニエルがニコニコしながら入ってきた。
「やあ、子猫ちゃん、準備はつつがなく?」
「問題ありまくりですよ。・・・これ着るって、もしかしたら王族の方もいらっしゃるかも知れないのに、さすがに不敬では?って、あ、はじめまして。ミリアムです」
何を言っているのか訳がわからなくなるミリアム。
「だ~いじょうぶ、大丈夫。我々エセ文化人枠はね、話題提供してナンボなんだから」
「ダニエル様は何をお召しになるのですか?」
「ボク?ボクはタキシードだよ。王子様も来るかもしれないからねー」
キッと睨みつけるミリアムに
「冗談だよ冗談」
ダニエルはへらへら笑った。
会場に入る前、ミリアムは極度に緊張していた。
「ね、これ絶対仕返ししてるでしょう?」
ミリアムはゴールドラメがふんだんに編み込まれたハイネックノースリーブのトップスと黒のレザーのミニスカートを着せられていた。
ピンヒールの黒革のショートブーツにはスタッズやらチェーンやらがジャラジャラついている。
唯一フォーマル感を出している手袋にもなにやら不穏なスカル模様が浮き出ている。
「私、今日で社会的に死ぬ気がする」
「だ~いじょうぶだって、本当は猫耳と尻尾もつけたかったんだけどねぇ~」
ダニエルはニコニコ顔でミリアムの腰を抱いて会場に足を踏み入れる。
社交界の人気者ダニエルの登場に周囲の視線が一気に集まる。
すると、なんと司会者が
「当代きっての人気作家、ダニエル・ショーン氏とマダム・シャノアール嬢です!」
と声を張り上げたのだ。
会場はどよめきに包まれた。
さっきまでダニエルに向けられていた視線が一気にミリアムに集中する。
ミリアムは狼狽してその場に倒れそうな感覚がした。
ダニエルが囁く。
「背筋を伸ばして」
ミリアムは思った。もう、どうとでもなれ。
とるに足りない人間としていつも見下されてきたんだ。
今日のことで もう一つ悪口が増えたってどうってことない。
ミリアムは裏町の酒場で若い女の子達を使って金を貢がせている、遣り手ババアのミランダという前日小説に登場させたキャラクターになりきって妖艶な笑みを浮かべて一歩を踏み出した。
ミリアムの長く真っ直ぐに伸びた美しい足が優雅に繰り出される。漆黒の髪は濡れたように艶々と揺れている。
少し吊り気味の大きな目は挑発的に黒々と輝いている。
ミリアムを見つめる人達の顔が驚きから羨望に変わっていく。
こんな感覚は生まれて初めてだった。
それはマダム・シャノアールという実物とはかけ離れた虚像に向けられているに過ぎないことを理解していても、ミリアムは抑えきれない高揚を感じていた。
途端に取り囲まれる二人。
矢継ぎ早の質問を浴びるミリアムを庇うようにダニエルが軽くいなしていく。
ミリアムは今度 是非 私のパーティーにもいらしてね、というマダム達のお誘いに笑顔で答えながらダニエルに連れられて進んでいく。
招待客の中にシャイニーを見つけて緊張がほぐれる。
二人で手を取り合ってピョンピョン弾んでいると、傍らのグリッターにダニエルが
「アーサーじゃないか、久しぶり」
と言った。
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