良いものは全部ヒトのもの

猫枕

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 会場に向かう馬車の中でロベルトは卒業後の自分の生き方について、半分悩み相談 半分独り言のように語っていた。

 名門プラント家の後継者として家の繁栄に尽力しなければならないロベルトは文学を道楽としか考えない父親によって、今後は小説を趣味程度に留めるように釘を刺されているという。

 ロベルトは文学を諦めたくはないが、同時に自分の才能に限界も感じている。


 今は新人で持て囃されているが、今後も文学で身を立てていける程の自信もない。


 その点ミリアムは自由に書けて人気もあっていいな、羨ましいな、というようなことを延々喋り続ける。


 ミリアムは、この人ちょっとめんどくさい、と思った。





 馬車がホールに到着し、ロベルトのスマートなエスコートで会場に入る。

 長身なミリアムの長く美しい足が歩くたびにスリットから見え隠れする。

 背の高くなかった元婚約者に禁じられて今まで履くことのなかったハイヒールがミリアムの美脚をより引き立てていた。

 細いラインのドレスはミリアムの細い腰を強調し、思い切って出した肩はむしろ堂々と自信に満ちて見えた。

 輝く黒髪はサラサラと背中に流れ、前髪はパッツンと切り揃えられている。
 猫のような目がアイラインで強調されてエキゾチックな雰囲気を醸し出していた。


 誰?え?ブスゴリラ?あれブスゴリラ?
あちこちから囁きが聞こえる。

「何も聞こえないよ。堂々として」


ロベルトが耳元で囁く。

 ミリアムは、どうせ明日からは学校に来ないんだし、誰に悪く言われても関係ないや、とヤケクソで楽しむことにした。

 二人はそのままダンスフロアに進んで立て続けに3曲踊った。
 母が用意していてくれたシルバーのサテンの靴は、ぴったりと足に吸い付くように心地よく軽やかにステップが踏めた。


 踊り疲れた二人は壁際に並べられた椅子で休むことにした。

 ロベルトが飲み物を取りに離れた途端、元婚約者クロードが絡んできた。


「おっ!うまく誤魔化したじゃないか。そうやって髪を下ろせばエラ隠せるもんな、エラ!
 で~もぉ、ひとたび風が吹いたら~」
 
 そう言いながらクロードがミリアムの髪に手を伸ばしてくる。

 ミリアムはクロードの手をパンッと跳ねのけた。


 「お前、調子に乗るなよ!!」

 クロードが目を吊り上げて身を乗り出してくる。

「もう一回 鼻折ってあげようか?
 今度は反対から殴れば曲がったのが元通りになるかも知れないわね。

 でも、私はそんなに親切じゃないから もう一回こっちから殴って完全に右向きの鼻にしちゃおうかしら。フフッ・・・」

 
 クロードは赤い顔をして身動きがとれなくなった。
 ミリアムの口角を持ち上げた真っ赤な唇から目が離せなくなったのだ。

 そこへ両手にグラスを持ったロベルトが優雅にお出ましになると、ミリアムのそばにクロードがいるのを見て眉をひそめる。

「おや、元婚約者殿が何の用かな?」

 クロードはミリアムに吐き棄てる。

「ハッ、麗しの侯爵ご令息様の慈善活動に有頂天になってみっともねえな」


「ミリアムには私が是非にとお願いしてエスコートさせてもらったんだ。
 どうだこのドレス、似合うだろう?
 私が選んだのだ」


 クロードは心底驚いたという顔をして、

「正気ですか?よりどりみどりのプラント様ともあろうお方が、選りに選ってよりによって人類ですか?のブスゴリラ?」


「失敬だぞ。
 だが、君が降りてくれたお陰で私にもチャンスが巡ってきたのだから、礼を言うよ」

 悔しいけど、ちょっとだけミリアムを手放してしまったことに後悔を感じていたクロードはその悔しさを誤魔化すように暴言を吐いた。

「ハッ!たまにいるんだよね、どっから見つけてくるんだっていう珍妙な物ばっか集めて有難がってるヤツ。

 あ、あれか。他の生き物は食わないようなもん食って生きてるヤツな。
 ユーカリだの笹だのだけ食べてりゃ他のヤツと争うこともないもんなぁ」


 ロベルトが立ち上がってクロードの襟を掴んだ。


「え?・・・・オマエやるのかよ・・・」


 戸惑いながらも立ち上がるクロード。
ミリアムに『オマエどうにかしろよー』と目で訴えてくるが、知ったことではない。

こうなるともう仕方がない。

 「あ?やるってのか?」

クロードはチンピラのように凄んでみせるが目は泳いでいる。


 さて乱闘か?と思いきや、片や減らず口の小者、もう片方はヒョロヒョロ文学青年。
 ファイティングポーズがなんとも不恰好。

 へっぴり腰で繰り出されたロベルトのパンチとクロードの蹴りが共に空振りすると同時に、飛んできた主催者側のスタッフに割りいって止められた。

 二人は何もしてないのに肩で息をしながら互いにガンを飛ばし合っている。


 え?なになに?と注目を浴びる中、なんで私ってこうなんだ、とため息をつくミリアムであった。


帰りの馬車の中でロベルトは興奮気味に拳を握りしめて、

「途中でめられなければ再起不能にしてやったんだけどなあ」

 と、何故かやってやった感満載だった。

 ロベルトの表情は恍惚としていた。

 数年後にはロベルトとクロードの両方で卒業パーティーの武勇伝として、事実とはかけ離れたでっち上げが吹聴されていることだろうと思うと、ミリアムは知らず知らずこめかみを押さえるのだった。


「私のせいで、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

 とりあえず謝ったミリアムは、

 『この人には、なるべく関わらないようにしよう』

 と思った。








 







 
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