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しおりを挟む初日、おそるおそる屋敷の外に出た私は近所を一周して戻って来た。
途中数人とすれ違ったが奇異な目で見られることもなく、なんなら
「こんにちは」
なんて挨拶すら交わした。
私の素性を知る者はこの近辺にはいない模様だった。
翌日から私は徐々に大胆な行動に出るようになった。
「昨夜は眠れなくて寝不足なので起こさないように」
というメモ書きをドアに貼っつけて意気揚々と下町に出掛けた。
久しぶりに訪れた庶民街は活気に溢れていて気分が高揚した。
夕方こっそり抜け穴を通ってドキドキしながら離れに戻ったが誰も私の不在に気づいてはいなかった。
私は毎日のように町に出掛けた。
はじめのうちは色んな店を見て回ったりお茶をするのが楽しかったがそのうち飽きてしまった。
何をするにも一人の私には美味しいお茶やお菓子も、可愛い雑貨もだれかと喜びを共有することもなく味気ないものに感じられた。
女の子達が数人で楽しくお喋りしながらお茶を飲んだり、キャハキャハしながら雑貨やアクセサリーを物色しているのを眩しいものでも見るような心持ちで眺めていた。
そんな時にふらっと入ったのが大衆食堂レインボーだった。
そこで食べた名物ハリケーンライスの虜になった私は、ほぼほぼ毎日通って女将さんや常連客と顔馴染みになった。
数日通ううちに女将さんに話しかけられ、バカみたいに喋り捲った私はよほどヒト恋しかったんだろうと思う。
少々自己嫌悪に陥りつつも、翌日のレインボーで何事もなく温かく迎えられた私にとってレインボーはかけがえのない存在になっていった。
友達とは違うかも知れないが、気さくに話しかけてくれる人達との何気ない世間話が孤独な毎日の中でどれほど励みになったことか。
そんななかで、腹の探りあいなどという回りくどいことをしない人達は遠慮なしにこっちの事情を聞いてくる。
独身だと思われると面倒なことになるかも知れないと思った私は、申し訳ないけれど身の上話をでっち上げた。
遠く離れたリュワン州の出身で、夫と二人で王都に出てきたが、夫は国境警備の為に一年前から単身赴任している。
毎日暇だし一人分の料理を作るのも面倒だったところにレインボーのご飯にハマってしまった。
まあ、ざっと こんなかんじだ。
疑いもしない皆を前にするとそこはかとなく後ろめたさが胸を締め付けたが。
常連のオッサンの中には
「じゃあ寂しかっぺ!オレが慰めてやろうか?うふぇふぇふぇふぇ・・・」
なんてセクハラ野郎もいるが、
「ウチの旦那の剣は一閃で熊を仕留めるよ」
なんて適当にあしらっている。
気がついたら私は日中のほとんどの時間をレインボーに入り浸るようになり、忙しいランチタイムなんかは女将さんを手伝うようになった。
最初は空いた食器を片付けたり、出来た料理を運んだり、テーブルを拭いたりしていたが、次第に注文を取ったり飲み物を作ったりするようになった。
「サービスのミニサラダ、とりあえず20個用意しておけばいいですかね?
あと、玉ねぎの注文数20キロでいいっすか?」
なんて言って、私カッコいい!と悦に入っていた。
そして相変わらず侯爵邸で私の不在に気づく者はいなかった。
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