可哀想な私が好き

猫枕

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 6人はそれぞれに家族とも相談して進路を決めた。
 
 ドーラはハウプトシュタット大学の法科に願書を送り、アガーテとアラベラは隣のネーストァ市にある教員養成学校を志望した。
 マヌエラは泣く泣くを諦め、地元カルトシュタットのビジネススクールへの進学を決めた。
 マヌエラを可愛がる父親が家元を離れることを強固に反対したことと、地元に残るなら役所に勤めるのが一番無難だということで、上級公務員への近道としてその学校を選んだ。

 マヌエラが憐れを誘うように、

「こうやって現実を前にして一つずつ夢を諦めていく。
 それが大人になるってことなのね」

 と言ったので皆は我慢できずに吹き出してしまった。

 意外なのはレギーナで、真っ先に外国だろうとどこだろうと行きそうなものだが、カルトシュタットから離れることに抵抗していた。
 
「アンタがそんなに郷土愛に溢れているとは知らなかったわよ」

 仲間にからかわれたレギーナは自分の将来の夢と郷土愛との狭間で苦悶していた。

 彼女はマスコミ志望だったので、カルトシュタットにいては就職の時に不利だったからだ。

「地元でコミュニティ誌でも作れば?」

「発行部数300くらいでね。公民館とか老人会で置いてもらえばいいじゃん」

 いつまでも決断せずにグズグズ言っているレギーナが面倒くさくなって、皆良いたい放題である。

 結局レギーナはドーラと同じくハウプトシュタット大学へ願書を送り、まだハウプトシュタットに行ってもいなければ合格通知も来ていないのに想像ホームシックになって泣き喚くという離れ技をやってのけた。

 皆は各学校への入学条件を満たすだけの十分な成績があったので、不合格の心配はしていなかったが、やはり確実に合格の通知が貰えるまではどことなくソワソワと落ち着かない気分だった。

 それから暫くして漸く皆の合格通知が出揃って行き先が確定したのは冬休みの直前だった。

 ローレンシアは、来年の今頃は皆バラバラに自分の目標に向かって違う道を歩いているのだなと思うと、寂しいようなそれでいて感慨深いような気分になった。




 
 イヌンシュタットの大学で政治学科に進学することが決まったリーヌスは長い受験勉強が終わって一息ついた所だった。
 3年ではアードルフともクラスが別れ新しい交友関係を築いていたリーヌスは帰り際にカフェに誘われた。

「駅前のカフェに可愛い子がいるんだよ。
 一緒に見に行かないか?」

 ローレンシアへの想いは未だ断ち難いリーヌスだが、元来臆病者の彼にギュンター・シュタットベルガーを敵に回す気概も甲斐性も無い。
 未練がましくローレンシアの面影を追って彼女の故郷の大学に進学を決めた彼だが、一方でこの失恋を受け入れて先に進まなければいけないことも理解していた。

 そういうわけでリーヌスはほんの気まぐれと暇潰しのつもりで級友が熱を上げているというウエイトレスを見物することにした。

 男ばかり4人でやって来た駅前のカフェ・リンデンバウムはキルシュトルテが人気だそうで常に店内は沢山の客で賑わっている。

 4人は案内された通路側の席でメニュー表を睨んだ。

「最初にコーヒーだけ頼んで、あとからケーキを頼めば、少なくとも二回はあの子がテーブルまで来てくれるんじゃないか?」

「でも、今日は混んでるから別のウエイトレスが来るかもよ?」

「大丈夫だ。この席はあの子の担当だから」

 下調べ万端の旧友は、「本当はコーヒー苦手なんだよな」と笑いながらもう3回も彼女目的でこの店に来ているらしい。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

 リーヌスが軽やかな声に顔を起こすと、そこに立っていたのはルドヴィカだった。

 注文を取るために左手にクリップボード、右手にボールペンをもってちょっと小首を傾げた格好で愛想の良い微笑みを湛えたポニーテールのルドヴィカがいた。

 ルドヴィカはリーヌスと目が合うと一瞬顔を青ざめさせたが、すぐに営業スマイルにもどって「とりあえずコーヒー4つ頼むよ」の級友の言葉にニッコリと「かしこまりました」と去っていった。

『なんでルドヴィカがカフェでウエイトレスなんかやってんの?』

 リーヌスはドキドキした。

「な?可愛いだろう?」

「可愛いけどさ、どっちかって言うと美人だよな」

 盛り上がる級友たちに、「あれはアードルフ・ベルクホーフの妹だぞ」と教えてやったらコイツ等は腰を抜かすんじゃないだろうか、とリーヌスは思った。

 その後コーヒーを運んできたルドヴィカは流石はベルクホーフのお嬢様、動揺を見せず堂々としたもので終始笑顔で応対していたが、リーヌスの前にカップの載ったソーサーを置く時だけ僅かに手が震えていた。
 リーヌスにはそれが痛ましく感じた。

 その後4人は名物キルシュトルテも注文するためにもう一度ルドヴィカをテーブルに呼び、ルドヴィカはケーキを運ぶために更にもう一度リーヌス達のテーブルに来たが、彼女は終始一貫してリーヌスに対して『初めてお越しいただいたお客様』として丁重に接してくれた。

 それはリーヌスが知っていた尊大な態度で取り巻き達を従えていたルドヴィカの姿とは全く違っていた。

 酒に弱いリーヌスはキルシュトルテにあてられて、ぼぉっとした頭で接客するルドヴィカを盗み見た。

 露わになった細い首が頼りな気で、なんだか胸が苦しくなった。



 それから冬休みに入るとリーヌスは度々一人でルドヴィカの働くカフェ近くに行った。

 店には入りにくかったから大きなガラス張りの店の中が良く見える側道の並木の陰からルドヴィカがトレーを持ってクルクルと立ち回る様子を眺めていた。

 我ながら気色悪いことをしている自覚はあった。

 そんな覗き見生活が一週間を超えた頃、リーヌスは決心して仕事帰りのルドヴィカを待ち伏せることにした。

 今ならリーヌスはルドヴィカの愛に応えられると思った。


「ルドヴィカ」

 背後から声を掛けられて振り向いたルドヴィカはリーヌスを認めて驚いた顔をした。

「ちょっと話せないか?」

 ルドヴィカはちょっと考える素振りをして、いいわよ、と軽く笑った。

 二人は駅前の並木道を歩きながらぎこちなく話しはじめた。

「・・・元気だった?」

「・・・うん。・・・今は平気」

「驚いたよ。カフェで給仕なんてやってるからさ」

「・・・・うん」

 二人は無言のまま歩いた。

 枯れ葉が砕かれてカサカサいった。


「・・・私、リーヌスにも嫌な思いをたくさんさせたよね。・・・反省してる」

「・・・いや、僕のほうも」

「私ね、傲慢で嫌なヤツだったと思う。
 表面ばっかり気にして。

 他人のこと見下して」

「あ、あのさ、休みの日は無いの?  
 冬休みなんだしさ・・・今度一緒に」

「あのね、リーヌス。
 私、あなたの見た目の美しさに夢中になって、あなたの内面なんか知ろうともせずに父の力を使って従わせようなんて、酷いことしたと思ってる。

 私、あなたのこと他人に自慢できるアクセサリーかなんかだと思ってたのよね。

 あの頃はそれが本物の恋だと信じてたんだけど」

「僕も君の気持ちに気づいていたのに誠実な対応をしなかったと反省してるよ」

「いいのよ」

 ルドヴィカは温かい微笑みをリーヌスに向けた。

「今なら僕達」

「あのね、私、好きな人ができたの」

「え?」

「リーヌスみたいに見た目がカッコいいわけじゃないけど、すごく温かい人」

「・・・そうなんだ」

「彼、鈍感だからまたまた私の片思いはしばらく続きそうなんだけどね」

 ルドヴィカは困ったように眉を下げて笑った。

『なんて可愛いんだろう』

 リーヌスは思った。

「そうか。君が元気になって良かった。
 僕は来年カルトシュタットを離れるんだ」

「そう・・・健康に気をつけて元気でね」

「君も」

 

 
 

 

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