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しおりを挟む6人一緒の部屋が良いとお嬢ちゃん達が言ったので、家政婦さん達は広い部屋にベッドを運び込もうと奮闘していた。
「いえいえ私たちは寝袋がありますから」
「そういうわけには参りません」
と押し問答の末、マットレスとブランケットや上掛けだけを運び込んでもらって贅沢な雑魚寝状態が出来上がった。
夕飯も素晴らしく、
「お金持ちのゴハ~ン♪」
を連呼しながらデザートも二種類平らげた。
「お風呂のご用意ができてますよ」
家政婦さんの声に風呂の順番を決めるくじ引きを始めようとすると、
「お風呂は全員分それぞれにご用意しております」
と言われ、
「ホテルかよ~」
と驚きながら入浴し、
「映画みたいな泡のお風呂だったよね?」
と興奮しながらマットレスの上を転がった。
いつまでもお喋りが終わらずなかなか寝付けない中で、ローレンシアは友達と一緒にお泊りする初めての体験に感動していた。
カタリナ時代の研修旅行では自分一人だけ女の先生と同室だった。
ローレンシアはうっかりそのエピソードを話しそうになって急いで引っ込めた。
せっかく楽しんでいる皆を怒らせたり悲しがらせたりはしたくない。
誰かが枕をぶつけて来て、それから枕投げ大会が始まった。
キャーキャー騒いでぶつけているうちに一つが破けて大量の羽毛が舞い散った。
翌朝部屋を片付けに来た家政婦さんに謝ると、彼女は呆れたようにその枕の値段を教えてくれたが、それは平均的な勤め人の1ヶ月分の給料より高くて6人は顔を青くして平謝りした。
素晴らしい朝食を終えた後はリムジンで市街地に下りて行った。
デメルングは大きな港と張り巡らされた運河による水運の街で、海の無い内陸で育った5人にとっては物珍しくとても印象にのこる風景だったようだ。
「夏は港から出る船で島に渡って海水浴をするんですよ」
案内をしてくれた運転手さんの話に、
「流石に11月じゃ泳げないよね」
とレギーナは残念そうに言った。
6人はワーフの元は倉庫が立ち並んでいた場所を改装してレストランや土産物屋になっているところをぶらついて、記念に絵葉書を買ったり、名物のクラムチャウダーを食べたりした。
そうこうしているうちに夕方になって、
「お嬢様方、そろそろ列車のお時間ですよ」
と6人は名残惜しさに後ろ髪を引かれながら駅に連行された。
木曜日学校が引けてから鈍行の夜行列車でデメルングに着いたのは昨日の昼前のことだったのに、それが遠い昔のことのように思えた。
今から列車に揺られて明日にはカルトシュタットに着いて、その翌日からはまたいつもの学校の平凡な日常が始まると思うと、6人はどこか現実離れしたような不思議な感覚がした。
運転手さんは6人分のチケットを代表してドーラに渡し、
「お元気で」
と笑顔で手を振ってくれた。
運転手さんはローレンシアにだけ、
「旦那様から預かっております」
とそっと一通の手紙をよこした。
駅でチケットを見せるとポーターがやって来て、6人のあまり高級には見えない荷物(含む寝袋)を運んで行った。
そして駅員さんが恭しく、
「ご案内します」
とか言ってポカン顔の少女達を先導した。
着いた先は特等車両で2名ずつの豪華な個室だった。
「うわ~!悪魔すごいじゃん!」
「気前がいいな~悪魔!」
と罰当たりに燥ぎながら誰と誰が同室になるかくじ引きで決めようと盛り上がっている。
どうせギリギリ寝る時間までどこか一室で騒いでいるのだからあまり意味は無いようだが。
「お食事は食堂車にてご用意しております」
パーサーは、何なりとお申し付けください、と敬礼をして出ていった。
「トイレもシャワーもある」
「ねえ、このチョコレートとか食べてもいいのかな?」
「ねえねえ、これって新婚旅行とかで泊まる部屋じゃない?」
一通り興奮してから部屋割を決めた。
ローレンシアはドーラと同室になった。
「ドーラ。今回の旅行のこと、本当に感謝してる」
「本当?なんだか無駄に騒いだだけだったんじゃないかって、ちょっと自己嫌悪だったんだけど」
「そんな事無い!そんな事無いよ。
私にとってかけがえのない時間になったよ。
ここに来てわかったことが沢山あるの。
私、正直ギュンター・シュタインベルガーに会えなければいいなって思ってた。
そうすれば余計ないざこざに皆を巻き込まないで済むし、『私も一応行動はした』って言い訳もできるって思ってた。
本気で自分の人生どうにかしようなんて思ってなかったの」
「まあ、ローレンシアくらい嫌な事がてんこ盛りだと、私だって諦めちゃうかも知れないよね」
「どんな人か知らないけど、きっと怖い人で、そんな人と無理矢理結婚させられた私はきっと世間から『可哀想に』って言われるんだろうな、って。
それでもベルクホーフや母から逃げられるんなら、それでもいいかなって。
なんか、楽じゃない?だって悪いのは私じゃないもんって。
だけどドーラのお陰で、やっぱり自分の人生は諦めちゃいけないんだって分かったの。
どうにもならないかも知れないけど、どうにかしようとしなきゃいけないんだって。
なのに私は自分のことなのに、自分で言わなくっちゃいけないこともドーラに言わせて。
皆が危険も顧みずに私の為に働いてくれたのに、当の私が全然やる気じゃなかった。
私、本当に最低だった」
「人間はいつからでも新しい人生を始められるのです」
ドーラがニヤッと笑って掛けていないメガネを直す仕草をした。
「うん、そうだね」
ローレンシアは涙の滲んだ目を細めて笑った。
その後は豪華ディナーを戴いたりシャワーを浴びたりカードゲームをしたりと一通り騒いで、もういい加減疲れたからと各自の客室に戻った。
ドーラもさすがに疲れたと見えて寝てしまった。
一人眠れないローレンシアは、読書灯をつけてリムジンの運転手さんが別れ際に渡してくれた手紙を開けてみた。
「子供であることを楽しめ。
何か困ることがあれば私を頼れ。
ギュンター・シュタインベルガー」
連絡先と共に記されていたのは、たったそれだけの短い手紙だった。
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