可哀想な私が好き

猫枕

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「お初にお目にかかります。
 ローレンシア・ベルクホーフです。

 本日はお約束もせずに押し掛けてしまいましたことをお詫び申し上げます」
 
 ローレンシアが挨拶すると、フン、という顔でローレンシアを見たギュンターが、

「君があの女の娘か。

 全然似てないな」

 と言った。

 今まで何処に行ってもエヴェリンにそっくりだと言われてきたローレンシアはギュンターの言葉に驚いた。

「で?大挙して押し掛けてきて何の用だ?」 

 威圧的なギュンターの声に萎縮する少女達の中で一人ドーラが、

「交渉に参りました」

 と落ち着いた低い声でハッキリと言った。

「交渉だ?」

 ギュンターの鋭い視線を真正面から見据えたドーラが、

「ローレンシア・ベルクホーフとの婚約の話、白紙にしていただきます」

 と言い切った。

「面白い奴だな。なんて名前なんだ?」

 ギュンターはニヤッと笑った。

「ドーラです」

「ドーラなに?名字は?」

「私は今日、自分の判断でここに来ました。
 家族は関係ありません。
 
 貴方様の怒りの矛先は、どうか私だけに向けていただきたいのです」

「お前、本当に面白いな」

 ギュンターがフフと軽く笑ったので
 なんとなく場が緩む。


「だが断る」


 一瞬なごみかけた場の雰囲気が再び緊張する。

「何故ですか?」

「何故?何故君に説明する必要があるんだ?」

「マフィアの人は筋を通し情に厚いと聞きました」

「マフィア??」


「せめて当事者のローレンシアには納得のいく説明を頂きたいと考えるのは間違っているでしょうか?」

「私は大金を払った」

「返すと言っても受け付けなかったそうですが?

 あれですか?貴方はいわゆる

 ロリコン

 ってヤツですか?」

 ギュンターは飲みかけていたコーヒーを吹きそうになった。

「はあ?なんでこの俺がオマエ等みたいなジャリ相手にしなきゃいけないんだよ!!」

 あっという間に私が俺になって地が出たギュンターが、

「この前なんか人気女優のクリスタ・トルに言い寄られたんだからなっ!!

 まあ、俺が断ったんだけど」

 ギュンターはちょっと得意そうだ。


「ボソボソ…自慢?…ボソボソ」


「コソコソ…今のって…もしかして、…自慢?…コソコソ」

 レギーナ達がアイコンタクトを取りながらヒソヒソやっている。

「お金?ボソボソボソ…、なんかクリスタ・トルって、投資詐欺に遭ったとかって…ボソボソ…」

「じゃ、アレか…コソコソ…お金目的?コソコソ…」

 
「オイっ!聞こえてるぞっ!!」

「じゃあ、なんで特に興味も無い年下の少女に大金払って撤回も拒否って、もしかしてベルクホーフに嫌がらせでもしたいんですか?」

「はあ?・・・まあ、いいよ。言うよ。
 ローレンシア?だっけ?俺はお前の母親みたいなのが大っ嫌いなんだ」

『あっちこっちで恨み買ってるんだな。
 予測はついていたけど』

 そう思ったローレンシアは、

「母は貴方様にもご迷惑をおかけしたのでしょうか?」

 と聞いた。

「俺の周りにはな。俺は直接は・・・まあ、迷惑ではあったか。
 
 あの女、俺に言い寄ってきたんだ。
 それで断ると娘を、つまりお前のことだな。
 お前を買えと言ってきたんだ」

「何故買ったんですか?」

「俺もクソ親には苦労した口だからな。
 許せなかったんだよ。

 もし俺が断れば別の男に売りつけるだろう?

 そいつがマトモな保証はないぜ。

 大体金を出す時点でおかしいんだからな」

 ギュンターは自分をマトモと言いたいのかマトモじゃ無いと言いたいのかどっちなのか?

「何故、伯父が撤回を要求した時に拒否なさったのですか?」

「ライムント・ベルクホーフは好人物だと聞いていたが、直接は知らないし完全に信用できなかった。

 あんなバカ女を制御できずに野放しにしてるんだからな。

 俺が白紙撤回したらあのバカ女はまた娘を交渉材料にして他所から金を巻き上げるだろう。

 相手次第じゃ、お前、本当に人生詰むぞ」

 ギュンターはローレンシアをじっと見た。

「だから冬休みに入ったらお前を呼んで婚約式をするつもりだ。

 俺の婚約者となれば誰も手が出せない。

 お前が成人して全てお前が自由意志で決定できるようになったら婚約は解消する。

 そういう筋書きだ」

「・・・4億ですよ?貴方様にとっては大した金額では無いかも知れませんが、それでもとてつもない大金ですよ?
 それを無関係な人間にって、おかしくないですか?」

「婚約破棄する頃にはあの女は金を使い果たしているだろう? 

 『婚約破棄になったら返せ』

って言えば詰むんじゃないか?」

 ギュンターはククッと笑った。


「じゃあ私達がここに来たのは無駄だったってわけ!?」

 レギーナが叫んだ。 

「まあ、そういうことだな」

 するとドーラが鞄からノートを出して万年筆で何かを書きつけた。

「シュタインベルガーさんの仰っている事は大変有難い事ではありますが、私達も貴方様とは初対面。

 完全に信用することはできません」

 ドーラはそう言うとノートに書いた文章を読み上げた。

「誓約書。

 私、ギュンター・シュタインベルガーはローレンシア・ベルクホーフが成人した当日を以ってローレンシア・ベルクホーフとの婚約を解消するものとする。

 尚、婚約に際しベルクホーフ側へ支払った結納金4億ゲールについては、その弁済の義務はエヴェリン・ベルクホーフのみに帰するものであり、ローレンシア・ベルクホーフは一切の責務を負わない。

 ここに今日の日付とサインをお願い出来ますか?」

 そう言ってドーラは立ち上がるとギュンターの側まで歩いて行ってノートを差し出した。

 ギュンターは面食らいながらも胸から高級万年筆を取り出してサラサラと慣れた手つきでサインして、

「おらよ」
 
 とノートを返した。

 ドーラは返されたノートを注意深く確かめて、

「確かに」

 と言った。

「お前、ホントに面白れ~。
  
 学校卒業したらこっち来て俺の会社に入るか?」

「お断りします。

 私は貧しくとも日の当たる場所で生きていきたいので」

「殴るぞコラ!!
 
 俺はマフィアじゃねぇ!」 
 
 それからギュンターはローレンシアに、何か困っていることや要望は無いかと聞いてきた。

「今通っている学校に卒業までいたいです」

「問題ない。

 ・・・それからお前達、もう夕方だが今からどうするんだ?宿は取っているのか?」

「バスで駅に戻って駅舎で野宿します」

「は?

 野宿?11月だぞ?!死ぬぞ?」

「大丈夫です。寝袋がありますから」

 ドーラは涼しい顔で言い放った。

「寝袋だ?そんなもんで夜の寒さがしのげるわけが無いだろう!」

「フフフ・・・新素材。新素材なんですよ。氷点下対応なんですから」

 自慢気なドーラの鼻が膨らんでいる。

 ギュンターは使用人を呼ぶと、

「お嬢ちゃん達に部屋を用意してやってくれ。
 それから明日カルトシュタット行きの列車に乗せてやれ」

 と呆れ果てたように言った。

「あの~。私達、せっかくですから明日は1日観光したいな~なんて。
 カルトシュタットには日曜のうちに着けばいいんで」

 アガーテが恐る恐る言ってみる。

 ギュンターは盛大に溜息をついて、

「お嬢ちゃん達の希望を聞いて言う通りにしてやってくれ」

 そして、

「俺は忙しいんだ。

 今から会食に行って明日から海外出張なんだぞ」

 とブツブツ言って部屋を出て行った。
 

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