可哀想な私が好き

猫枕

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 ライムントが夫婦の寝室に入ると、妻テレーゼは泣き疲れた顔でぼおっと宙を見ていた。
 ライムントは静かに妻に近寄ると痩せた肩にそっと触れた。

 「触らないで!」

 抵抗する妻をライムントは強引に抱きしめた。

「悪かった・・・悪かったよ」

「何が?何について謝ってるの?」

 テレーゼはジタバタと抵抗しながらライムントを責める。

「君のこと守ろうと思ってたのに、辛い目にばかり遭わせてしまった」

「は?今更?
 兄妹で惨めな私を笑い者にして楽しかった?」

「そんなはずないだろう?!」

 テレーズは涙の滲んだ目でキッとライムントを睨みつけた。

「あの日、仕事帰りに小雨が降ってきて、濡れながら歩く私に傘を差し出してくれたのは偶然なんかじゃなかったのね。
 ・・・貴方は私の濡れた髪をハンカチで拭ってくれて、『冷えるといけないからホットワインを飲みに行こう』って。
 それからも『またお会いしましたね』なんて仕事帰りに、夕飯に誘われたりレイトショーを観に行ったり。

 偶然だと思ってた。

 運命だと思ってた。

 私は恋をしてるんだって。

 全部仕組まれてたのに」

 テレーゼはフフと皮肉っぽく笑って見せたがその目はどこか昔を懐かしんでいるみたいだった。

「違うんだ・・・いや、違わないかな。
 確かに僕はエヴェリンが君にした酷いことを償いたくて君に近づいたけど、・・・でも、君を好きになったのは本当なんだ」

「嘘ばっかり」

「嘘じゃない」

「・・・私は、私は貴方がエヴェリンの兄だって知ってたら最初から近づかなかったわ!絶対に!」

 テレーゼがぐっと噛んだ下唇が白くなっている。

「あんなプチホテルまでベルクホーフの物だなんて思わないからあそこで働いていたのに。

 あれですってね?後から聞いたけど、あのホテル、借金の形に元同級生の家から取り上げたんですってね?

 フフフ、非情だわね・・。

 平凡な好青年の顔をして近づいて来て、すっかり夢中になったところで実は社長様でした、って馬鹿にしてる。

 ホントに馬鹿にしてる!

 うちの両親がどんなに悔しかったか分かる?

 ベルクホーフの娘に破談にされて、その兄が罪滅ぼしに嫁に貰いに来て。

 自尊心を踏みにじられて、それでも断るなんてできなかったわよ。

 ベルクホーフ様だもの。

 それでも私が貴方を、貴方なんかを愛してしまったから、両親は耐えたのよ。

 貴方のお母様からの嫌味にも一言も言い返せずにじっと怒りに耐えたわよ!」

「すまない・・・申し訳なかった。

 だけど聞いて欲しい。
 君と幸せな家族を作ろうと思ったのは嘘じゃない。

 忙しさにかまけて君に何もかも押し付けてしまった。

 好き勝手する母を止められなかった。
 正直面倒だった。

 君が優しいのに甘えてた。

 いざこざの続く家の中で全てを投げ出したくなって、離婚でもいいかなって思った時もある。

 でも、やっぱり君を失うのは嫌だ。
 耐えられないんだ。


 信じて欲しい。

 君を愛している」

 
 テレーゼがしくしくと声を立てて泣き始めた。

 ライムントは彼女の背中を優しくさすった。

「ごめん。一番大切な人を苦しめた。

 約束する。母も妹も必ずなんとかするから、だからもう一度僕とやり直してくれないか?」

 テレーズは泣き顔を上げた。

「まだ我慢しろって言うの?」

「できるだけ早くなんとかするから。
 だから僕と君と子供たちで、ちゃんと幸せな家族になるんだ」

 ライムントはテレーゼをぎゅっと抱きしめた。

 テレーゼはライムントを抱き返すことはなく両手をだらんと下げたまま、

「無理よ」

 と呟いた。

「もう手遅れよ」

「そんなことは無い」

「・・・だってもう、私ルドヴィカにも酷いことを言ったわ。

 ベルクホーフなんか滅びろ。

 あんたも大嫌い・・・って」

 ライムントはテレーゼの背中に回した手に力を入れてぎゅっと抱きしめると彼女の耳に唇を寄せた。

「大丈夫だよ。大丈夫だよ」

 ライムントはテレーゼを落ち着かせるみたいに優しく歌うように繰り返した。

「大丈夫だよ。僕達は家族なんだ。
 間違いを冒しても許し合えるんだ。
 大丈夫だよ。ルドヴィカは僕と君との大切な娘だ。ちゃんと話せば、きっと君の気持ちを理解してくれるさ。

 僕からちゃんと話すから。

 だから、君は何にも心配なんかしなくっていいんだ」

 ライムントはテレーゼをあやすように抱きしめたままユラユラと揺れた。



 そうやって二人が宵闇の中で抱き合っているとドアが乱暴にノックされた。

「ご主人様!
 あの、・・・まだルドヴィカお嬢様がお戻りにならないのですが・・・」



    
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