糠味噌の唄

猫枕

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 翌日の本葬にお坊さんの姿は無く、やはり世話役が中心となって聞き取れない祈りの言葉が唱された。

 朝からやって来た武藤は小型録音機をポケットに忍ばせているんだ、と町子に耳打ちして子供のような笑顔を見せた。

 祈りが終わると皆が棺を取り囲んで、古い壺から取り出した汚い布を数センチ四方に切り取って、おばあちゃんの胸の辺りに置いた。

 隣を盗み見ると武藤の目が爛々としていたので町子はげんなりした。

 特徴といえば祭壇が極めて簡素で花も飾られていないことだった。

 なんらかの風習に依るものかもしれないが、お花くらいあってもいいんじゃないだろうか、と町子は寂しく思った。

 いよいよ棺に蓋がされると、それを4人の男性が担いで外に出た。

 不思議な旋律の外国語のような歌声に送られて一行はゆっくりと歩きだした。

 棺の前を二人の男が竹の棒を持って歩く。

 棒の先に竹篭がついていて、その編み目の間から白い花びらが風に乗って舞い降りてくる。

 棺は十字路についてそこで一旦降ろされた。

 そこで最期の祈りを捧げて、地区の集会所の駐車場に行った。

 そこには葬儀屋が手配した霊柩車が待っていて、そこから火葬場へ向かう。

 昔はこのまま墓地まで棺を担いでいって土葬にしたのだろう。

 ホテルに戻って明日東京に帰る、という武藤とはそこで別れた。





 翌日、武藤を空港まで送っていった。

 チケット代を返そうとしたが、

「いやいや面白かったから」 
   
 と受け取ってくれなかった。

「ホントは火葬場にも行きたかったしお墓も見たかったけど、さすがに図々しいかと思ってさ」

 とヘラヘラしている。

「先生のお陰で、あんまり悲しまなくて済みました」

 町子が少々嫌味っぽく言うと、

「ごめんって~」

 と眉を下げている。

「それでね町子ちゃん。昨日、おばあちゃんの棺に入れてた布ね。『あれ何ですか?』って隣に座ってたおじさんに聞いたのよ。
 口の軽そうな人だったし、ちょっといい感じに酒を勧めて酔わせてさ」

「ワルだな~」

「へへへ。そしたらね、アレは昔殉教した人が処刑された時に着ていた衣服らしいよ」

「・・・」

「殉教した人の遺体とか身につけていた物を聖遺物として大切にする習慣ってのは俺も聞いたことあったから、そこまではビックリはしなかったけどね。

 きっと殉教者がある種救世主と同格のように扱われていたんだろうね。

 『それを持っていれば天国に行ける』

 とおじさんは言ってたよ」

「なんだか気持ち悪いですね」

「うーん。もしかしたら殉教者の遺体なんか食べてたかもよ?」

「えっっ!!」

「だって聖体拝領ってそもそもそういうものでしょ?
 ミサの間にパンがキリストの肉に変わるんだよね?
 ゾクゾクするよね~」

「・・・聖なる物を自分に取り込むことで自分の罪を清めるって考え方があるとしたら、その逆ってありますかね?」

 「?どういうこと?」

「・・・つまり、罪人の一部を取り込むことでその人の罪を背負ってやる・・・みたいな」

「何かあったの?」

「そうじゃないんですけど、今、なんとなく思いついただけなんですけど」

「う~ん、俺が知ってる限りではそういう風習は聞いたことないな。

 でも、閉鎖された共同体の中では独自の宗教観が育っていく可能性はあるよね。

K地区の場合も元はキリスト教だったりしたんだろうけど、死んだらすぐに天国に行けると思ってるところとか色々混同してるよね。

 土着の民族宗教、みたいな感じで俺的にはすごく面白かったよ」

「完全に面白がってますけど、私は複雑ですよ」



 地方の小さな空港はチェックイン カウンターと到着ロビーが隣合わせている。

 少し前に東京から到着した便の客が荷物を受け取って出てきた。
 その人の流れに目を遣った武藤が、あっ!と声を出し、

「修司くんだよ」

 と言ったかとおもうと追いかけて行った。

武藤に連れて来られた修司は少し気まずそうな顔をしていたが、

「なんだ入れ違いか~。俺は今から東京に帰るんだよ~」

 と武藤は元気いっぱいだった。

 
その後町子と修司は武藤を見送ってリムジンバスで市内に向かった。

 車内では二人とも無口で、二言三言交わしただけだった。

「泊まるとこどうするの?」

「施設の時の友達のとこ」

 後で電話するから。

 修司がそう言って、二人は駅前で別れた。





 

 


 

    
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