触らせないの

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 ヨハン曰く

 「世の中の9割りがイケメン認定する顔」
 
 を持つ男ニコは、その端正な顔立ちと物腰の柔らかさから、一見『良いとこの子』のように見えた。
 
しかし、隠しきれないある種のチンピラ臭と他人の顔色をつぶさに読み取って相手の懐に入り込む手腕から、ルネはニコを自分と同類の捨て置かれた人間だと見抜いた。

  ルネはニコと特別な関係を結ぶつもりはなかったが、人懐っこいニコはお構い無しにルネに接近してきた。

 ニコはルネより1才年上だが、時折ルネが引用する古典の一節なんかにキョトンと首を傾かしげて、教養の無いことにコンプレックスを持っていると打ち明けた。
 
「ボク、学校に行ったことないから。

 時々台本のホントの意味がわからないんだ」

 ルネが古い教科書や小説なんかをくれてやると、ニコはとても喜んだ。


 成り行きでなんとなく演劇をしているルネと違って、ニコは俳優になるためにわざわざ王都にやって来たという。


 奇特なヤツもいるもんだな、そんな風に思ったルネだったが、ヨハンとニコと三人でいる空間では「愛されてるフリ」をしなくても周囲に気を使わせずに済むので楽に息ができた。


 ニコに連れられてpanicに出入りするようになり、年を偽って酒を飲むようになった。

 養育費という名の手切れ金か、後ろめたさを誤魔化す代償なのか、実父からはそれなりの額を渡されていたから金に困ることはなかったけれど、panicで大人たちから小遣いをかすめ取るのは大人に仕返しをしているようで小気味良かった。


 そのうちニコは仕事が増えてpanicには滅多に現れなくなった。


 ニコは勘が良いのか生来の才能なのか、他人の心情を読み取って それを自分の演技に乗せて返すのが天才的にうまかった。

 
そして元来頭が良いのだろうが、ルネから貰った本で知識を得るたびに彼なりの理解や解釈を披露してくれるのだが、それがなかなか的を射ているのに驚かされた。

 
「こういうヤツは、まともな家に生まれていれば違う人生があったんだろうな」

 ルネはニコを見るたびに世の中の理不尽さを思った。

 ルネとヨハンは相変わらず酒場で大人の相手をしていたが、それはルネの心の不安定を紛らわすように次第に享楽的な馬鹿騒ぎに変貌していった。

 そんな時、順調にスターダムをかけ上がっていたニコが突然失踪した。


 久しぶりに会ったニコは情けないくらいショボくれていて、
 
『そもそもの自分が無い空っぽだから何をどう演じればいいのか分からなくなった』
  
と言った。


「愛されたことの無いヤツに愛する演技なんてできやしないだろう」

 ルネがそう言うと、ヨハンが

 「友達にそんな言い方は止めろよ」

 と窘めた。

「お前は才能が無いからヤメロよ」

 ルネがヨハンを挑発すると、ヨハンは怒りもせずに

「そうかもな」

 と呟いた。


 
 暫くするとニコは見事に復活して、前にも増して活躍するようになった。

 どうやら、あの年増の女神のお陰らしかった。



 ヨハンは芝居をやめて歌をうたうようになった。  
 人には意外な才能があるものである。


「お前これに歌詞書いてくれよ」

 そう言ってある日ヨハンがルネに持ってきたのは、なかなかポップで良い曲だった。

 ルネはそれに、「死んだら川に捨ててくれ」という歌詞をつけた。

 ちょっと前に読んだ本で、どっかの遠い国では死んだ人間を川に流すと書いてあって、自分も死んだら是非そうして欲しいと思ったからだ。

 どういうわけか その曲はヒットしてヨハンも人気者になり、ルネだけが取り残された。