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狐と鳥と聖夜を……
【16】
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「なあ、慈英。その腹の子と一緒に姑獲鳥もちゃんと成仏させてあげた方がええと思わへん?」
その言葉に一瞬、慈英が、うっと言葉に詰まる。
「……やっぱりその方がいいかな……」
また捨て猫みたいな目でこっちを見てはるし……と、うんざりしたように暁月はこっそりとため息をつく。
「あんたは、自分のその恨みつらみの気持ちを全うさせることと、その子をちゃんと成仏させて、もう一度輪廻の流れに戻してやるのとどっちがええと思う?」
じっと姑獲鳥の瞳を覗き込むと、姑獲鳥は睫毛の揺れがわかるほどゆっくりと瞳を閉じる。そっと指先でその膨らんだ腹部を撫ぜる。
「もう一度この子は、この世に生まれてくることが出来ますか?」
再び開いた瞳は、先ほどまでの昏い炎の揺らぎが微かに残っているけれど、ゆっくりと、暁月は肯定するようにうなづく。
「それが自然の流れであれば……」
その言葉にもう一度姑獲鳥は瞳を閉じて、目じりから一粒涙をこぼす。
「それなら、このまま……」
そっと指先を伸ばす。
小さく笑みを浮かべて暁月は慈英を見つめる。わかっているけど、大事なおもちゃを手放さなければいけない、そんな子どもみたいな泣きそうな顔をしている。
「ええんやな?」
そう尋ねると、半泣きになりながら、慈英もうなづく。
「ちゃんと産み月まで頑張らはったご褒美や……」
暁月は、笏を持って術式を唱える。
そのまま姑獲鳥の腹を撫ぜる。
「あ……」
「あ……」
ふわりと宙に浮かぶのは、真っ白な柔らかな産着に包まれた小さな赤子だ。
まぶしげな瞳をして、宙に浮かぶ生まれたての赤子を見つめる。姑獲鳥はそっとその子を自らの腕に抱く。
「ありがとう……」
ふわりと、元の姿に戻ったのであろう、翼も膨らんだ腹もない、シンプルなカットソーに膝丈のスカートを履いた姿で、姑獲鳥だった娘は、自らの子どもをその腕に抱いて聖母のごとく、清らかな柔らかな笑顔を見せる。
残された陰陽師と物の怪は、そのまま二人がゆっくりと空に上がっていくのを見つめている。
瞬く星々に吸い込まれるようにして、母親と子供は明るい光の中に溶け込んでいく。
それを呆然と見上げながら、慈英は尋ねた。
「……暁月、何したん?」
「しらん、なんやそうしたらいいような気がして、笏で腹を撫ぜただけや……」
「もしかして、聖夜の奇跡とか、言うつもり?」
「そっちは宗教外や、担当範囲外。しらん、偶然や」
まあ、クリスマスに生まれる予定の子どもやから、そっちの神さんの恩恵とか、なんかようわからんご加護があったんと違う?
そうぼやく暁月の声に重なるように、
緩やかに鐘の音が聞こえて。
どこからともなく、賛美歌が聞こえてくる。
二人のいたはずの場所は、仄かに明るい光に包まれている。
「これで天使とか見ちゃったら、俺、絶対キリスト教徒になるわ」
「あんたみたいなややこしい存在に信者になられても、向こうさんも困るばかりやろし、やめよし……」
千年も生きた、物の怪と陰陽師が澄んだ星の降る空を見上げる。
完全に二人の姿が消えて、ぶるっと暁月は寒さに身を震わせた。
その言葉に一瞬、慈英が、うっと言葉に詰まる。
「……やっぱりその方がいいかな……」
また捨て猫みたいな目でこっちを見てはるし……と、うんざりしたように暁月はこっそりとため息をつく。
「あんたは、自分のその恨みつらみの気持ちを全うさせることと、その子をちゃんと成仏させて、もう一度輪廻の流れに戻してやるのとどっちがええと思う?」
じっと姑獲鳥の瞳を覗き込むと、姑獲鳥は睫毛の揺れがわかるほどゆっくりと瞳を閉じる。そっと指先でその膨らんだ腹部を撫ぜる。
「もう一度この子は、この世に生まれてくることが出来ますか?」
再び開いた瞳は、先ほどまでの昏い炎の揺らぎが微かに残っているけれど、ゆっくりと、暁月は肯定するようにうなづく。
「それが自然の流れであれば……」
その言葉にもう一度姑獲鳥は瞳を閉じて、目じりから一粒涙をこぼす。
「それなら、このまま……」
そっと指先を伸ばす。
小さく笑みを浮かべて暁月は慈英を見つめる。わかっているけど、大事なおもちゃを手放さなければいけない、そんな子どもみたいな泣きそうな顔をしている。
「ええんやな?」
そう尋ねると、半泣きになりながら、慈英もうなづく。
「ちゃんと産み月まで頑張らはったご褒美や……」
暁月は、笏を持って術式を唱える。
そのまま姑獲鳥の腹を撫ぜる。
「あ……」
「あ……」
ふわりと宙に浮かぶのは、真っ白な柔らかな産着に包まれた小さな赤子だ。
まぶしげな瞳をして、宙に浮かぶ生まれたての赤子を見つめる。姑獲鳥はそっとその子を自らの腕に抱く。
「ありがとう……」
ふわりと、元の姿に戻ったのであろう、翼も膨らんだ腹もない、シンプルなカットソーに膝丈のスカートを履いた姿で、姑獲鳥だった娘は、自らの子どもをその腕に抱いて聖母のごとく、清らかな柔らかな笑顔を見せる。
残された陰陽師と物の怪は、そのまま二人がゆっくりと空に上がっていくのを見つめている。
瞬く星々に吸い込まれるようにして、母親と子供は明るい光の中に溶け込んでいく。
それを呆然と見上げながら、慈英は尋ねた。
「……暁月、何したん?」
「しらん、なんやそうしたらいいような気がして、笏で腹を撫ぜただけや……」
「もしかして、聖夜の奇跡とか、言うつもり?」
「そっちは宗教外や、担当範囲外。しらん、偶然や」
まあ、クリスマスに生まれる予定の子どもやから、そっちの神さんの恩恵とか、なんかようわからんご加護があったんと違う?
そうぼやく暁月の声に重なるように、
緩やかに鐘の音が聞こえて。
どこからともなく、賛美歌が聞こえてくる。
二人のいたはずの場所は、仄かに明るい光に包まれている。
「これで天使とか見ちゃったら、俺、絶対キリスト教徒になるわ」
「あんたみたいなややこしい存在に信者になられても、向こうさんも困るばかりやろし、やめよし……」
千年も生きた、物の怪と陰陽師が澄んだ星の降る空を見上げる。
完全に二人の姿が消えて、ぶるっと暁月は寒さに身を震わせた。
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