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二章 伝説の都市

6話 内部探索

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 『PUB』と描かれたドアのノブを捻り、押す。
 トビラは音も無く開き、中の情景が目に入ってくる。
 石で組まれた壁、天井、そして木で作られた椅子とテーブル。
 外とはうって変わって、人の生活を感じさせる作りとなっており、ここで初めて街の中なのだと実感した。

 見渡すと、最奥のテーブルに突っ伏して動かない者が一人いる。
 骸骨……ではないな。人間の男だ。しっかりと肉がついている。

 耳を澄まし、気配を探る。聞こえてくるのは、わずかな呼吸音。
 よく見れば肩が動いている。どうやら睡眠中のようだ。

 さて、どうしたもんか。
 ここから見る限り武器らしき物は持っていないようだが……



 わざと音が立つよう乱雑な足取りで進むと、寝ている姿がよく見える壁際の椅子に腰かける。
 それから水筒、食料を取り出しテーブルに並べた。

 男はいまだ起きる気配がない。規則正しい呼吸を繰り返すのみである。

 水を飲み、干し肉、パンをかじる。
 次にポケットからオレンジを取り出すと――男めがけて放り投げた。

 回転しながら、飛んでいくオレンジ。
 そのまま寝ている男の頭に命中する……と思われたが、突っ伏したままの男の手はスルリと伸び、オレンジを受け止めてしまう。
 
 やはり寝たふりか。

 男は顔を上げる。
 酔っているのか、赤ら顔でこちらに鋭い視線を向けると、ガブリとオレンジに齧り付いた。

「ヒック、お近づきのプレゼントにしちゃ、ずいぶん荒っぽいじゃねえか」

 ロレツの回らない口調で話す男。本当に酔っているのか演技か分からないが、手練れである事は間違いなさそうだ。

 酔っ払いの噂にしか過ぎなかったジャンタールで初めて会った住人が酔っ払いというのも、なかなかシャレが効いている。

「呪われた街、ジャンタールへようこそ! 勇気ある訪問者に乾杯!!」

 続けて話す男の言葉は芝居がかった口調であるものの、目の奥は笑っておらず、その視線はこちらを値踏みする気配すらある。
 油断ならない男のようだ。が、今のところ敵意は感じない。
 手持ちの食料を少し分けて、情報を引き出そうと試みる。
 
「ありがとよ。俺の名前は、そうだな……セオドアだ」

 偽名らしきものを名乗り、くちゃくちゃと音をたてて干し肉をかじる男は、色々と教えてくれるという。
 そいつは有り難い。
 ならばわたしはテーブルマナーを教えてやろうと言うと、顔をしかめられた。この冗談はお気に召さなかったらしい。

 彼が言うには、ときおり外から人がやって来るのだそうだ。
 特に最近、数が増えており、こうして説明役をかってでてるのだと。

 また、ここでの通貨は色分けされた宝石であり、さきほど拾った青い宝石が一ジェム、黄色が十ジェム、赤が百ジェムだ。
 そして、肝心の使い方だが……

「ちょうどここは酒場だ。まあ見てな」

 そう言って壁際へと歩いていくセオドア。
 壁には様々な図柄の食べ物、飲み物が描かれており、彼は上部の小さい穴に宝石を入れてから、その図柄の下にある突起を押した。

 ポーン。

 奇妙な音と共に、絵と寸分違わぬ食べ物が出てくる。
 これは!
 ……何とも不思議だ。
 正直どうなっているのか皆目見当かいもくけんとうもつかないが、ジャンタールとはそういう物なのであろう。

「さて、こんなとこかね。そうだ。あんた、名は?」

 名前か……名前……
 しばし考えたのち、ピーターパンさと答えると、彼は笑いだした。
 この冗談はお気に召したようだ。
 しかし『ピーターパン』が通じるのは、彼もわたし同様、街の外からやって来たのかも知れない。
 孤立した都市におとぎ話が伝わる可能性は低いからな。

 さて、いつまでもここにいるわけにはいくまい。そろそろ出るか。
 酒場を後にすべく、席を立つ。すると、セオドアがわたしを呼び止めた。

「待ちな、ピーターパン殿。ここを出て、ま~っすぐ進むと宿屋がある。旅の疲れを癒すにゃもってこいだ。ぐーっすり眠れるぜ」

 宿ね。確かに酒場があるのならば、宿もあるだろう。
 休息なくしては探索は困難だ。
 彼に感謝の意を伝えると、最後にアシューテの特徴――赤い髪と目をした女に心当たりがないか尋ねてみた。

「知らねえな」

 そう答えたセオドアだったが、左の眉がピクリと動いていた。


 

 『PUB』を出て道なりに歩いていく。
 あいも変わらず人の姿がみえない。まるで廃墟だ。
 連れて歩くロバのヒヅメの音のみが通路に響く。

 進むにつれ、やがて周囲にモヤがかかりだしてきた。
 また霧が出たのだ。
 完全に視界をふさぐほどではないが、足元に纏わりつくようなネットリとした不快感がある。
 その霧の中からぼんやりと姿を見せる屋敷。
 これがセオドアが言う宿屋であろうか?
 木造の大きな建築物だ。わたしにとって馴染み深い造形ではあるものの、無機質な壁に囲まれたジャンタールでは、逆に違和感を覚える。
 
 一抹の不安を感じながら入口へと向かう。
 大きな木の扉を手前に引くと、ギイと音を響かせて開く。と同時に、少しカビ臭いにおいがした。

 中に入り辺りを見渡す。
 正面に接客のためのカウンターがある。右手には客室へと繋がるであろう上り階段だ。
 人の気配を感じないという点を除けば、一般的な宿屋そのものであった。

 ギッ、ギッ、ギッ

 一定のリズムを刻み、何かがすれる音が聞こえてくる。
 音の発生源は……あれか。
 カウンターの更に奥、ゆらゆらと前後に揺れるイスがある。
 椅子いすだ。脚に湾曲した板がついており、振り子のようにゆっくりと前後に動くのだ。

 座っているのは髪が白くなった老婆。
 両目を閉じてゆらゆらと揺れるその姿は、すでに亡くなっているのではと思わせるほど気配がない。
 
 ゆっくりと彼女に近づいていく。やはり無反応だ。
 ふとカウンターの上に呼び鈴が置かれているのに気付いた。
 鳴らしてみようと手をのばす。

「おや、お客さんかね」

 わたしの手が呼び鈴に触れる直前に、老婆が口を開いた。
 椅子に座ったまま、こちらを見つめる彼女の目は白く濁っている。
 私がここは宿屋かと尋ねると、老婆は嫌らしいみを浮かべて「イヒヒ」とわらう。その歯は何本も抜けている。

「おやおや、知らずに来たのかい? 若いもんは好奇心が旺盛とみえる」

 一泊金貨一枚だと言う老婆。
 どうも気乗りしないが、骸骨がうろつく外よりマシであろうか。

 しかたがない。
 懐より金貨を取り出し、カウンターの上に乗せる。

 すると老婆は重そうに腰を上げると、こちらに歩み寄る。そして懐から鍵を取り出した。

「部屋は二階だよ。鍵に番号か刻まれているから同じ数字の部屋に入んな」

 老婆はそれだけ言うと、さっと金貨を取り、椅子に腰かけるのであった。

 ――見えているのか?
 白濁した目ではあるが盲目ではない?

 それとも……
 嫌な考えが頭をよぎる。
 金貨を握り締めた老婆の手のひら、一瞬だが人の目のような物が見えた気がしたからだ。
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