上 下
5 / 30
二章 伝説の都市

5話 ジャンタール

しおりを挟む
 門の中は霧に覆われていた。
 突き出した剣の先すらぼやけるほどの深い霧。

「エ~ン、エンエン」

 子供の泣き声が聞こえた。
 それは近くもあり、遠くもあるような不思議な声。
 声のしたほうへと歩いてみる。しかし、進めど進めど人影すらない。

 不意に背後で声がした。
「クスクス」と笑う少女の声。振り返るも誰もいない。
 足元に何かが転がってきた。警戒しつつ拾い上げる。丸い玉だ。
 革で出来た直径二十センチメートル程の遊戯用の玉。

 さらに進む。方位磁石を確認してみるも、針はグルグルと回転しており役に立ちそうにない。
 自分の勘を頼りに真っ直ぐ進む。

 どれ程歩いただろうか、とつじょ霧は晴れ、左右にそびえる大きな壁に気づく。
 後ろに目を向ける。左右どうよう高くそびえる壁があった。今まで歩いて来た道など跡形もない。
 退路は閉ざされたという事か。

 壁の高さは二十メートルはくだらない。ツルリとした壁面で継ぎ目すらなく、よじ登るのは不可能に近い。仮に登ったとしても……
 ロバの背に積んだ荷物の中からオレンジを一個取り出すと、空に向かって放り投げる。
 ぐんぐん空へ登っていくオレンジ。壁を越えるような軌道を描く。
 そうして壁を超えるかと思われた瞬間、オレンジは透明な何かに当たり跳ね返った。

 やはり壁を越えての脱出は無理か。
 まあ焦らずともよい。何らかの方法はあろう。ムーンクリスタルを持ち帰ったバラルド皇帝はもとより、手紙を外へと流したアシューテもいるのだ。
 
 意識を切り替え、歩きだす。
 踏みしめる地面は、巨大な石畳を組み合わせて作られており、継ぎ目からは雑草がまばらに伸びていた。
 手入れする者などいないのであろう。さびれた印象をうける。
 やがて前方、通路のすみに何かが見えた。――人か?
 近づくにつれハッキリしてくる。それはボロボロに擦り切れた衣装を身に纏い、横たわる骸骨であった。
 大きさや服装からして子供、それも少女のもののようだが……

 ここで気付いた。おのれの手に持っていた丸い玉が、いつの間にか人の頭蓋骨になっているのを。
 見れば目の前の横たわる骸骨の頭部は無い。
 もしや、この頭蓋骨は彼女のものだろうか。

 わたしはひざまずき、むくろのかたわらに頭蓋骨を置いてやる。
 もはや必要ないであろうが、ないよりあった方がよいだろう。

「ありがとう」

 ふと、耳元で少女のささやきが聞こえた気がした。
 振り返っても誰もおらず、ただ吹き抜ける風が地面の砂をまきあげていた。

 私は立ち上がり、彼女を一瞥いちべつすると、その場を離れようとした。
 そのとき、わずかな違和感を覚える。
 ……何だ? 何かがおかしい。さきほどと何かが違う。
 ――そうだ頭蓋骨だ、骸のかたわらに置いたはずの頭蓋骨が無くなっている。
 そして首なしだったはずの骸の頭には、いつの間にか頭蓋骨が収まっていた。
 誰かが乗せた? しかし、ここにはわたし以外誰も……

 そのとき、カタカタと音を立てて骸が動き出した。
 両手を広げてつかみかかってくる。

 なるほど。ジャンタールでは死者すら動きだすのか。

 だが、悪いな。感謝の抱擁ならば遠慮させてもらう。
 私は素早く剣を抜き放つと、両足を切り飛ばした。
 足を失い崩れ落ちる骸。

 ズズ、ズズ、ズズ。

 両手で這ってなおも近づいて来る。
 ちゃんと死んどけ。
 今度は頭部目がけて剣を突き下ろすと、頭蓋骨は木っ端みじんに砕け散った。

「おのれ、もう少しで……口惜しや」

 また耳元で声がした。だがその声を最後にして、声が聞こえることも骸が動き出すことも二度となかった。

 コロリ。
 割れた頭蓋骨の中から、青く光る宝石が出て来た。
 何であろうか分からないが、手間賃としてもらっていくことにした。



 しばらく歩いていくと十字路に出た。相変わらず人の気配が感じられない。
 シャナ達はどちらへ向かったであろうか? 地面を注意深く観察してみる。
 足跡があった。それも複数。
 ただ、シャナ達の足跡ではなさそうだ。
 あまりに数が多いのだ。
 この都市の住人のものだろうか? 死者の行列でないことを祈るばかりだ。
 多少の不安はあれど、とりあえず足跡の続く右へと向かうことにした。

 通路を歩く私には気がかりなことがあった。時間だ。ここに入ってからずいぶんと経っている。
 だが、空を見上げるといまだ星が見える。
 門をくぐったのは夜明け前、すでに夜が明けてもおかしくない。だが、いっこうに太陽が昇ってくる気配がない。
 さらには目に映る景色。通路の曲がり角が見えている。
 見えすぎているのだ。
 星の光だけにしては明るすぎる。

 星の光を反射しているのか、それとも壁自体が光を放っているのか。通路がぼんやりと青白く輝き、探索に支障のない程度の明かりを確保出来ている。

 まあ、奇妙ではあるが助かることには変わりない。ひとまず解明はあとにし、探索を優先させることとした。
 

 しばらく進むとさらに十字路に出た。いずれの通路も高い壁が先へと続いている。ここは本当に街の中なのだろうか? まるで迷宮に迷い込んでしまったのかのような感覚に陥る。
 地図を作るべきなのかも知れない。今はとりあえず迷わぬよう、再び右の道を選択する。

 やがて道は左へ曲がって、ふたまたに分れていた。
 真っ直ぐ進む道と左へ曲がる道だ。
 そして真っ直ぐ進む道の先に、何かがある。
 塔だ。おそらく街の外から見えていた、高い塔であろう。
 私は塔目指して歩いていった。



 高くそびえ立つ塔を見上げる。
 光を反射しない漆黒の壁がはるか上空へと伸びている。
 不思議な光景だ。青白く光る壁と違い漆黒の塔は、周囲の闇に溶け空間にポッカリと穴があいているようにみえる。
 入り口を探し、一回りする。しかし、それらしい物は発見できなかった。
 仕方がない。塔に入る手立ては後ほど考えるとしよう。
 先ほどの分かれ道まで戻って左へ曲がる道を歩き始めた。

 壁に沿って進んでいくと奇妙な突起物を見つけた。
 腰よりほんの少し高い位置にあり、細い棒の先端に握り拳ほどの球体がつく。

 ドアノブ?
 材質は分からないが、まさにドアノブと呼べるものがついており、囲むように扉と思しき長方形の継ぎ目もあった。
 さらには目の高さのあたり、金属の板が張りついていた。

『PUB』

 板にはそう描かれている。
 何だろう、これは文字だろうか? 見た事がない文字だ。古代文字かも知れない。
 アシューテなら分かったかもしれないが……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

わし七十歳定年退職者、十七歳冒険者と魂だけが入れ替わる ~17⇔70は地球でも異世界でも最強です~

天宮暁
ファンタジー
東京郊外で定年後の穏やかな生活を送る元会社員・桜塚猛(さくらづかたける)、70歳。 辺境の街サヴォンに暮らす万年D級冒険者ロイド・クレメンス、17歳。 冒険者ランク昇格をかけて遺跡の奥に踏み込んだロイドは、東京・桜塚家で目を覚ます。 一方、何事もなく眠りについたはずの桜塚猛は、冒険者の街サヴォンの宿屋で目を覚ました。 目覚めた二人は、自分の姿を見て驚愕する。ロイドはまったく見覚えのない老人の身体に、桜塚は若く精悍な冒険者の身体に変わっていたのだ。 何の接点もなかったはずの二人の意識が、世界を跨いで入れ替わってしまったのだ! 七十歳が十七歳に、十七歳が七十歳に―― いきなり常識の通じない「異世界」に放り出された二人の冒険が、今始まる! ※ 異世界、地球側並行で話が進みます。  完結まで毎日更新の予定です。  面白そう!と思ってもらえましたら、ご応援くださいませ。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

千変万化の最強王〜底辺探索者だった俺は自宅にできたダンジョンで世界最強になって無双する〜

星影 迅
ファンタジー
およそ30年前、地球にはダンジョンが出現した。それは人々に希望や憧れを与え、そして同時に、絶望と恐怖も与えた──。 最弱探索者高校の底辺である宝晶千縁は今日もスライムのみを狩る生活をしていた。夏休みが迫る中、千縁はこのままじゃ“目的”を達成できる日は来ない、と命をかける覚悟をする。 千縁が心から強くなりたいと、そう願った時──自宅のリビングにダンジョンが出現していた! そこでスキルに目覚めた千縁は、自らの目標のため、我が道を歩き出す……! 7つの人格を宿し、7つの性格を操る主人公の1読で7回楽しめる現代ファンタジー、開幕! コメントでキャラを呼ぶと返事をくれるかも!(,,> <,,) カクヨムにて先行連載中!

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...