悪役令嬢が魔法少女?

まきえ

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悪役令嬢が魔法少女?今度はバトルアリーナでロワイアル?

36.閃光乙女は空を割く

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 沈む身体と全身を巡る痛みという情報を演算処理して無痛化させる――ファブニールを引き連れた魔女ホーリーホックは激流に身を委ねていた。

 いや、正確には動けずにいる。それだけの衝撃を腹に受け、断線した神経線維を歪にも繋げ直し、身体行動に支障が出ない域までの回復を急いでいた。

 ――流れが速い。このままではファブニールの範囲外に出てしまう。

 回復の兆しが見えたことで身体に魔力を通す。首にかけていたペンダントが淡く輝くと、体内を熱が駆け巡った。粉砕されてしまった左腕以外の起動を確認し、川の流れに逆らうように岸辺に上がる。

 距離にして数百メートル離れてしまっているが、ギリギリ範囲内。ウィリアム=ブラックスミスから受けた攻撃は予想値よりも高かったが、再計算で補助し、上ブレも考慮して対策する。

 いくつかの問題点はあっても、彼女の計画自体を覆す材料は揃っておらず、むしろファブニールのマナ供給と附随任務である『魂喰いハチロク』の生存確認が取れたことでさらなる加点となる。

「なんだ・・・・・・魔法が使えているのか・・・・・・」

 岸に上がったホーリーホックがファブニールがいる方向に視線を送ると、先程までなかった魔力の残渣に気付いた。

 何かの手段を講じるとは思っていたが、対応が早すぎる。

 ならば、付け焼き刃の処置であろうと結論づけた。

「大淫婦の魔力が下がったな。やはり、十分な支援はないらしい」

 絶壁に叩きつけられ、大きく亀裂が入る岩肌。直前にホムライトの魔力切れが起きたことで、未だファブニールを止める手立てはないと判断した。

 なら、雌雄を決そう。彼女には、やるべきことが残っている。

「『虹の防人ハイブリット・レインボウ』を抑え込めるだけのマナを得たなら、もはやここに用はない。ハチロクを回収して聖都に向かい、・・・・・・なん、だ――この魔力は!?」

 肌を刺す、異質な気配。先程までは存在しなかった手段か、あるいは、隠し持っていた切り札か。

 どちらにしても、目の前で発生した暴風のように身体を突き抜ける魔力が、事の異常さを物語っている。

 魔力量はともかく、その性質は竜の魔女ホーリーホックならわかる。

 本来この国にあるはずのない、失われた遺産。

 現代の魔術師では――最強の魔女と名高いアビゲイル=サマンサですら――到底不可能な技術により精製された、錬成された、時代錯誤な一品。



「なぜ、ここにある――!!」



///

「どぅうううりゃぁあああああっ!!」

 素早く動き回るウィリアム=ブラックスミスが、流星のごとくファブニールの胴体へ墜落する。

 巨大な竜が身体をよじるほどの衝撃。本来なら地面にクレーターを作るほどの威力だが、それでもファブニールに致命傷を与えることは叶わない。

 わずかに動きを鈍らせる程度にしかならない攻撃だが、けれど手と足を止めれば取り返しのつかないことになることは明白だった。

 のファブニールが聖都クーゲルスに襲来すれば、おそらく王国の機能が停止、最悪陥落するだろう。一個の戦争以上の脅威を貼り付けにできているのは、ここが本来無人島であることだけが幸いしている。

 攻めることだけに専念できているからこそ、ファブニールを拘束できていた。



「――『激流げきりゅうわたれ、死屍ししはなみ、りゅうわだちならせ、竜宮徒花りゅうぐうのあだばな』――!」



 セルの持つ刀身を巡る魔力の渦。全身の白い鎧を青色のオーラが包み、次第に赤色のオーラが混ざりだす。二色のオーラを纏い、セルが手にした大業物『テリオン』を強化する。

 水と火の二重属性は――激流による斬撃の強化エンハンスと業火による炎症の付与エンチャントを施した。

 ウィリアムによってファブニールを釘付けにし、その隙に鱗の薄い箇所をセルが斬りつける。巨大な身体を支える足を集中的に攻撃することで飛翔行為を妨害していた。

「セルちゃん! 合わせなっ!」

 ファブニールの顔面を殴りつけ、巨体がたたらを踏んだタイミングでウィリアムが空高く飛び上がり――足に魔力を圧縮し、墜落の衝撃で撃砕する。

「いくぜいくぜいくぜぇ!! 必ッ殺! ――『ドラゴン・ストライク』――!!」

「――『竜牙槍ドラゴン・ジャヴェリン』――!!」

 対し、セルの持つ大剣の切っ先にも、高濃度の魔力が凝集されていた。一点に込めた魔力の針は、二の太刀すら置き去りにする"一の刃"となっていかなる障害をも貫く。

 邪竜の上顎と下顎に対する強力なドッキング攻撃。どちらも、並大抵な竜ならば致命傷となるほど洗練された技ではあるが、やはり大邪竜の冠は伊達ではなく、わずかに行動を阻害する程度にとどまってしまった。

「■■■■■■■■■ッ!!」

「どんだけ硬ぇんだよ、クソトカゲ! こんだけやってピンピンしてたら自信なくすわ!」
「ウィリアム様、やはりコアを叩かなければジリ貧です! わたしの魔力も長くは――」
「アブねぇっ!!」

 先程までとは比べ物にならないほどの速度で、ファブニールの尾がセルに襲いかかる。セルの左眼の義眼は邪竜の攻撃を視認していたが、それでも消費した魔力が多すぎて身体のほうが追いついていない。



 ――避けきれないッ!


 そう思ったセルの視界が、強制的に変化した。身体に受けた衝撃は、想定してたよりも軽い。

 セルが先程までいた場所には、庇うように駆け寄ったウィリアムの姿が――

「ウィリアム様ッ!!」

 セルを庇ったことで、ファブニールからの強力な一撃が襲う。地面に叩きつけられたウィリアムの身体が岸辺の岩を砕いた。

「づっ、・・・・・・大丈夫、だ・・・・・・」

 『血拳けっけん闘将とうしょうちぎり』による強化があっても、全身を砕くほどの痛みが生じる。『虹の防人ハイブリット・レインボウ』が2人いても、やはり討ち取るには強大すぎた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ!!」

「や、やばい! 飛ぶぞ!!」

 大邪竜が大きな翼を展開される。複眼の色も青く変化し、裡に秘めていたマナにより更に変態が進み、巨大な身体を持ち上げた。




「「――色界しきかいそくしてくうて、『夢風鞭スネークロンド』――!!」」



 2人の詠唱が渓谷に響く。肌を刺す、異色の魔力が空間を塗りつぶす。

///

 ――時間は少し遡る。空を駆ける『白』の騎士と、地を駆ける白色の鎧。

 今この一瞬なら、おそらくマグライトの思惑はうまくいく。それだけの猶予は確保できた。

「いいこと、レベッカ。ワタクシがこれから小コアマナタンクからマナを引き抜いて、あなたに流しますわ。あなたはそれで篭手の安全装置を外しなさい」

「う、うまくいくの、それ。ぶっつけにも程がある・・・・・・」

「フフッ。失敗したら、みんな討ち死にするだけですわ。大丈夫、ワタクシが一緒に落ちて差し上げますわ。光栄でしょ♡」

「ひどい脅しね。さすがは王立聖家だわ・・・・・・」

 けれど、その言葉がレベッカの心を強くした。

 失敗は許されない。おおよそ、誰も試さないユニゾンによる魔法行使。他者の身体を依り代にし、異なる魔力を融和させ、一つの形を作る。本来反発する他人の魔力を、レベッカとマグライトだからこそ、それを可能としている。



 レベッカには、――魔法少女としての才能は本来ない。こうして『華』として舞台に立つことが許されていても、それはマグライトが授けた魔法の杖を通じて無理やり回路を広げたに過ぎない。それすら奇跡の所業であり、同じことを他人で行うことは到底不可能である。

 それが、今回はその事実が僥倖であった。魔法の杖がなければ、レベッカは魔法が使えない。だからこそ、ユニゾンであってもマグライトの魔力との反発がない。

 そして、魔法の杖はメーガス家の魔石が埋め込まれている。

 小コアとメーガス家の魔石から、不足している分のマナを代用し、マグライトの中で増幅。それをレベッカに通し、右腕に装着している特殊篭手の安全装置を解除して、――



 レベッカは、ナターシャ戦にて使用した『夢風鞭スネークロンド』を思い出していた。

 大きな岩すら切り裂き、離れた距離すらゼロにする一撃。特殊篭手の"投擲行動"を認識することで炸裂する火薬によって、鞭の威力を倍増させる。



 その魔力が、――ウワバミとすら云われるマグライトのものなら。



 レベッカが右手に魔法の杖を握る。埋め込まれた魔石に刻まれたメーガス家の紋章が目に留まる。

 マグライトの左手には【赤】の小コア。レベッカの後ろに立ち、包み込むようにレベッカの篭手に右手を添えた。

「チャンスは一度。けど、――勝ちますわよ、レベッカ」

 その言葉が、――2人の気持ちを高ぶらせる。



 赤い輝きを取り戻していた小コアの色が濁る。それは、中に蓄えられていた魔力をマグライトが吸収している証であり、一度解けていたマグライトのドレスアップが、再度完了していた。黒いレザースーツが彼女の身体を包み込み、申し分なく魔力供給ができている。

 そして、その魔力をレベッカの右腕の篭手に流し込む。



 カチリ。



 静かに、魔力に反応して特殊篭手の安全装置が解除された。装置の内部が魔力に反応して駆動していく。その感覚は、2人にも伝わる。ならば、後は詠唱の先にある。

「行きますわよ、レベッカ」
「ええ、マグライト」

 視界の端で、ウィリアム=ブラックスミスがファブニールに叩きつけられ飛ばされた。最大の邪魔者がいなくなったことで、大邪竜が翼を大きく広げて飛翔しようとしている。



「「――色界しきかいそくしてくうて、――」」



 バチン。金属の棒が引きちぎれるような、空気に響く破裂音がした。



 マグライトの持つ小コアにヒビが入る。2人の魔法少女の詠唱に反応した魔法の杖の魔石が赤く輝き、収束する魔力の果てに、――篭手の外装が弾け飛んだ。

 けれど、いまさら止まらない。いまさら、止めれない。

 詠唱により2人の体内で加速するマナとオド。風属性の鞭は顕現の時を今か今かと待ちわびる。



「「――『夢風鞭スネークロンド』――!!」」



 ――詠唱の終わりに、底知れぬ未知なる力の渦が入り込んだ。



 魔力には個々人の特徴のように、"色"がある。

 例えるなら、――

 ――レベッカ=クワッガー=エーデルフェルト=ボガードは緑色。風属性に起因する魔法の性質。

 ――セル=M=シシカーダは青色。"竜"の名を冠する魔法を多く持ち、その根源は魔力の流動。

 ――ナターシャ=マクガフィンは黄色。土属性に特化した性質を持つ。

 ――マグライト=ドグライト=メーガスは赤・青・緑・黄色の多色。四大属性を得意とするメーガス家の特徴。

 魔術特性によりそれは変化し、近い血族や性質ならば、同様に近い呈色を示す。

 だが、混入した魔力の色は――限りない"黒"。

 深淵の底のように、知覚するのはおぞましすぎるほど黒い何か。

 マグライトが小コアから吸い上げた全魔力をレベッカに注ぎ、魔法の杖に附随する魔石を通してアウトプットされた蛇は、――竜を飲み込むほどの大蛇となって襲いかかる。

 シリンジ内の粉末金属に火花が散る。発火によるポンプ内の圧力が上昇する。圧縮された密度がそれを発散させようとエネルギーに変換される。

 熱量はレベッカの特殊篭手の中を循環し、――破損した外装の下に、黒く輝く金属が魔力を発した。



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」



 大蛇の牙が――を襲う。

 黒々とした風の鞭は、ファブニールの肉体を一刀のもとに強打し、厚く硬い鱗をいとも簡単に砕いた。先程まで戦闘していたウィリアムやホムライト、セルからは受けたことのない痛みに、咆哮とは違う声をあげる。

 鞭打の衝撃は、ファブニールの左肩から左側の翼を砕き、尾を裂き、肉体を回り込んで右後ろ足までに達していた。

 空気の壁すら切り裂いたことで、周囲を衝撃波となって伝播して渓谷全体に響き渡る。

///

「痛っ――。ク、ソ。ワタシがマナ切れとは、情けない・・・・・・」

 ファブニールに弾き飛ばされたホムライトが、身体に受けたダメージを確認する。

 呼吸に問題はなく、わずかに早まった心臓の鼓動に雑音はない。吸い込む酸素は痛みから浅くも、幸いにも内臓への損害はないことを確認できた。

 土煙で視界は晴れないが、肌を刺す邪竜の存在感と仲間たちの魔力を感じ、早急に戦線に戻ろうと残滓となったマナを練り直す。

 わずかだが、身体の痛みを緩和するだけのなけなしの強化エンハンスを行い、立ち上がろうとした時――

「――なんだ、このマナは・・・・・・」

 土煙で遮断された視界の向こう側から、内臓に響くような異質なマナを感じた。

 すべてを染める禍々しい"黒"の中に、ほんのわずかだけ感じる肉親の魔力。それを認識した直後に、――充満する煙のカーテンを暴風が連れ去った。

 渓谷に響く破壊音と、獣の叫び。砕けた鱗が飛び散り、切断された尾が中を舞う。

 大きくえぐられた背中には、赤く輝く"弱点コア"が見えた。

///

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな――」

 ホーリーホックから心の声が漏れる。

 作戦行動には、いくつかの達成目標と目的となる絶対目標があり、その中での障害を階層的に設定して引き際の判断としている。有事であればそれらの条件設定は必須事項であり、被害の天秤は死守しなければならない。

 けれど、――""の存在は、到底容認できるものではない。どこにそんな隠し玉があったのだと悪態をつく。

 そんな情報はどこにもなかった。

 そもそも、あるはずがない。歴史から失われた、存在しているはずがないものだが、確かにその魔力を感じた。



 ファブニールの元まで戻ったホーリーホックが見たものは、大きく傷ついた邪竜の姿だった。

 袈裟斬りのように胴体の鱗は砕け散り、腐臭とともに肉が露出している。その中に輝くコア。千切れた翼と尾から流れる血と共にマナが溢れる。事態の転覆を謀ったのは――

「ぐっ・・・・・・つぅ・・・・・・」

 金髪と黒髪の女たちが折り重なるように倒れていた。

 金髪の方――マグライトはマナ切れで意識を失っている。魔法の杖のようなものを持つ黒髪の方――レベッカは意識はあれど、酷使した魔力により一時的な麻痺を起こしている様子だった。

「まさか・・・・・・、こいつらが・・・・・・? ファブニールを討ったと言うのか・・・・・・」

 驚愕から思考が停止する。

 目の前にいる女たちは死に体。だが、『虹の防人ハイブリット・レインボウ』の2人をして足止め程度しか出ていなかった大邪竜が地に伏せている状況は紛れもない事実であった。

「ふざけるな・・・・・・」

「――それはこっちのセリフよ」

 溢れるような意志に答えた、大振りの剣が振り下ろされる。

 大きく後退することで斬撃から免れたホーリーホック。目の前には、白い鎧姿の魔法少女が大剣の斜に構えて切っ先を向けている。

「・・・・・・侮っていた。そうだ、私はお前たちを侮っていた。不測の事態も考慮した上で、それでいて侮っていた。だが、それが間違いだったと気付いたよ」

「だからなんだというの。首でもくれるのかしら」

「いや、斬首は下人の処刑法だ。ではな。お前たちは強い。強かった。それは認めよう。ファブニールは私が調教した竜の中でも一軍ではあったが、役不足だったようだ」

 ホーリーホックが悔しさから唇を噛む。

 憤りを向ける相手は、セルではない。この戦いで、最大の戦果を挙げたのはレベッカとマグライトであり、今のセルにできることは義眼での魔力感知ほどしかない。

 小コアから取り込んだマナも残り少ない。その彼女が、明らかな格上である魔女に対して構える剣には、敵意はあっても殺意はなかった。

「だが、お前では私は止められない。時間稼ぎの駒にはならないよ」
「・・・・・・お見通しか。けど、それで引き下がる王立聖家はいないわ」
「お前のでは割りに合わない。だから、――」

 ホーリーホックのペンダントが輝きだす。それに反応して、活動を停止していたファブニールが再び咆哮した。

 空気の振動は、渓谷内に響き渡る。耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が人の身体を強く叩く。

 音の壁に押しつぶされそうになるセルの後ろから、――白いマントの男が飛び出した。

「させるか!!」

 ウィリアム=ブラックスミスは気付いていた。

 目の前の女は王国の一大イベントをかき回した黒幕であることは間違いない。聖都内でのテロリズムにおいて、それぞれの力量からは単独では到底実現できるものではない。

 なら、内通者か、それに類ずる者と強いパイプのある者が確実にいる。それが目の前の女であると確信していた。

 そして、ペンダントから発せられる魔力が、大ダメージを受けたファブニールの再起動を誘引していることも肌で感じている。

 だからこそ、止めるべきはファブニールではなく、手綱を引く魔女を標的にした。

「邪魔を、するな!」

 輝きを増したペンダントに呼応するように、上昇した反応速度によりウィリアムの右ストレートを右手で払い除ける。心臓を狙った追撃の左を体勢を低くして躱し、魔女の右手がカウンターでウィリアムの腹を殴ると同時に魔力を炸裂させ、爆発とともに吹き飛ばす。

「いってぇ・・・・・・!」

 並の者なら、今の爆発で四肢を爆散させるだけの火力があったが、そんな言葉で済ませるウィリアム=ブラックスミスの埒外な性質に唇を噛む。

 『白』の騎士と距離を開けたことで更に輝きを強め、破損したファブニールを強制変態させて新たな翼を形成させた。

 痛みに苦しむ獣のつんざく声は聞くに耐えず、渓谷の上では鳥たちがざわつきだす。

「ファブニール! 全員殺せ! すべてを終わらせる!」

 調教師の声は呪詛となり、蓄えたマナを消費した邪竜の身体に――ヒビが入る。歪に修復した翼や尾すら硬直し、ヒビが大きくなるにつれてファブニールの動きが硬直する。同時に――



 成体化した竜は、本来。成体化は生物としての完成であり、完全変態を遂げた先はない。だが、ホーリーホックが強制的に発動させた脱皮により、巨大な身体を引き裂いて現れたのは、――



 周囲に吹き荒れる轟音。衝撃。熱風。



 強制脱皮を行おうとしたファブニールの胴体を貫通する。脱皮を完遂する直前に形状に損害を受けたことで強制終了し、痛みに身体を揺らして咆哮する。

「この魔力・・・・・・リリィの!?」

 セルの左眼に見えたのは、今のこの場であるはずがない一条の光。だが、この上ない最大級の援護射撃だった。

 刹那、――空中に描かれた矢の軌道。数百にも及ぶ魔力の結晶が、ファブニールに降り注いだ。

「・・・・・・あぶない。ギリギリじゃない」

 ファブニールに致命傷を与えたが反動で動けなくなっていたレベッカとマグライトを抱えてセルが逃げる。背後では、リリィにより放たれた矢の雨により邪竜を磔にしていた。



「――どうやら、間に合ったようだな」



 低い声が、轟音の中で静かに通った。歩くたびに揺れる剣の鞘が鎧に触れる。周囲に吹き荒れる暴風に黒い外套が揺れる。

「あ、あなたは――」

「ご苦労だった、シシカーダの娘。ここは、私が預かろう」
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