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「ってことは、双子はただの口実で、ようは身寄りのない娘をおとりに犯人を捕まえたいってこと」
「それは違う。姉が意識不明になった今、王の優先順位はあんたが一番で、姉は二番のはずだ。でなければオレがあんたの運び屋を任されるはずがない」
大した自信家だ。運び屋はそう言うと、戸棚から一冊の本を取り出して、ミレの手に乗せた。装丁は重く、中の紙は黄ばんでところどころ破れているようだった。
「文字は読めるか?」
聞かれて、ミレは唇をかんだ。当然のように読めるだろう人の前で、無知を認めるのは恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。
「読めるけれど、難しい言葉は分からないし、一気には無理よ」
「分かった。これは聖書で、ムカリ様が笑えば飢饉が起こり、泣けば人が死ぬと書いてある。だから代々ムカリ様は人前で口を開かないし、表情も変えない。意図せずそういうことが起こらないよう、身の回りの世話はすべて従女に任せるし、移動するときはあんたの足代わりにオレが運ぶ。理解したか?」
「文字が読めないと思って私をからかってる?」
笑っても泣いても災難しか起こらないなんて、太陽神というより、疫病神だ。ミレは眉をひそめたけれど、運び屋は「オレはユーモアセンスはある方だ」などと意味の分からない返事をして、疑いを否定した。
人前で口を開かないのなら、確かにミレとムカリ様が入れ替わっても、すぐに問題が起きることはないかもしれない。けれど孤児院のみんなは、ミレがいなくなったことに気づくだろう。身の回りの世話をしてくれるという従女だって変化に気づかないはずがない。何より、ミレが強く願ったところで、太陽が登らないのだ。
「私はこれまで何度も泣いたり笑ったりしたけど、その度に飢饉や戦争が起こったなんて、聞いていない」
「ムカリ様自身が不敬罪なんて法務官が泣くぞ。調べたいのなら、古い新聞を明日持ってくる」
「そういうことじゃなくて。私にはムカリ様なんて、そんな大役務められる自信がないわ」
口に出して言った途端、もともと静かだった部屋から、雑音の一切が消えた気がした。何を考えているのか分からない運び屋の視線が刺さり、ミレはそれを避けるように床を見つめる。
「自信じゃなくて自覚の間違いだな。ムカリ様っていうのは、本人が望むかどうかに関わりなく、生まれたときからムカリ様なんだ。辞退できるものじゃない」
「でも、私はムカリ様の身代わりなんでしょう?」
「あんたの姉さんの身代わりだ。身代わり云々に関係なく、あんたは先代ムカリ様と国王の娘だ。良かったじゃないか、親の顔が分かって」
言われて、ミレは顔をあげた。そういえば、この男に誘拐される前、そんなことをぼやいて泣いたのだった。もし本当に国王と運び屋の話が真実なら、自分が泣いたせいで誰かが死ぬこともあるのだろうか。そう考えると血の気が引いた。
「もう遅いし、オレは部屋の外に出る。何かあったら笛で呼べ」
運び屋は銀色の笛を投げてよこし、そのまま部屋の外に出ていった。扉が小さく音を立てて閉じるのを、余韻まで聞き取ってから、ミレはベッドに横になった。
孤児院の薄くごわついた布とは違う、厚みのある柔らかさは、やはり冷たくない雪のようだ。院長たちは太陽祭から戻ったあと、ミレの不在に気づいただろうか。一晩中探したりしないだろうか。明日の朝食は誰が作るのだろう。今朝触れた院長の腕の細さを思い出し、ミレは、せめて家出と誤解してくれたらいいと思った。いつか帰ることができるのかどうかさえ分からないけれど、ミレは泣かないようにするから、誰も病気などせず元気に暮らしていてくれたらと願い、目を閉じた。
「それは違う。姉が意識不明になった今、王の優先順位はあんたが一番で、姉は二番のはずだ。でなければオレがあんたの運び屋を任されるはずがない」
大した自信家だ。運び屋はそう言うと、戸棚から一冊の本を取り出して、ミレの手に乗せた。装丁は重く、中の紙は黄ばんでところどころ破れているようだった。
「文字は読めるか?」
聞かれて、ミレは唇をかんだ。当然のように読めるだろう人の前で、無知を認めるのは恥ずかしかったが、背に腹は代えられない。
「読めるけれど、難しい言葉は分からないし、一気には無理よ」
「分かった。これは聖書で、ムカリ様が笑えば飢饉が起こり、泣けば人が死ぬと書いてある。だから代々ムカリ様は人前で口を開かないし、表情も変えない。意図せずそういうことが起こらないよう、身の回りの世話はすべて従女に任せるし、移動するときはあんたの足代わりにオレが運ぶ。理解したか?」
「文字が読めないと思って私をからかってる?」
笑っても泣いても災難しか起こらないなんて、太陽神というより、疫病神だ。ミレは眉をひそめたけれど、運び屋は「オレはユーモアセンスはある方だ」などと意味の分からない返事をして、疑いを否定した。
人前で口を開かないのなら、確かにミレとムカリ様が入れ替わっても、すぐに問題が起きることはないかもしれない。けれど孤児院のみんなは、ミレがいなくなったことに気づくだろう。身の回りの世話をしてくれるという従女だって変化に気づかないはずがない。何より、ミレが強く願ったところで、太陽が登らないのだ。
「私はこれまで何度も泣いたり笑ったりしたけど、その度に飢饉や戦争が起こったなんて、聞いていない」
「ムカリ様自身が不敬罪なんて法務官が泣くぞ。調べたいのなら、古い新聞を明日持ってくる」
「そういうことじゃなくて。私にはムカリ様なんて、そんな大役務められる自信がないわ」
口に出して言った途端、もともと静かだった部屋から、雑音の一切が消えた気がした。何を考えているのか分からない運び屋の視線が刺さり、ミレはそれを避けるように床を見つめる。
「自信じゃなくて自覚の間違いだな。ムカリ様っていうのは、本人が望むかどうかに関わりなく、生まれたときからムカリ様なんだ。辞退できるものじゃない」
「でも、私はムカリ様の身代わりなんでしょう?」
「あんたの姉さんの身代わりだ。身代わり云々に関係なく、あんたは先代ムカリ様と国王の娘だ。良かったじゃないか、親の顔が分かって」
言われて、ミレは顔をあげた。そういえば、この男に誘拐される前、そんなことをぼやいて泣いたのだった。もし本当に国王と運び屋の話が真実なら、自分が泣いたせいで誰かが死ぬこともあるのだろうか。そう考えると血の気が引いた。
「もう遅いし、オレは部屋の外に出る。何かあったら笛で呼べ」
運び屋は銀色の笛を投げてよこし、そのまま部屋の外に出ていった。扉が小さく音を立てて閉じるのを、余韻まで聞き取ってから、ミレはベッドに横になった。
孤児院の薄くごわついた布とは違う、厚みのある柔らかさは、やはり冷たくない雪のようだ。院長たちは太陽祭から戻ったあと、ミレの不在に気づいただろうか。一晩中探したりしないだろうか。明日の朝食は誰が作るのだろう。今朝触れた院長の腕の細さを思い出し、ミレは、せめて家出と誤解してくれたらいいと思った。いつか帰ることができるのかどうかさえ分からないけれど、ミレは泣かないようにするから、誰も病気などせず元気に暮らしていてくれたらと願い、目を閉じた。
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