身代わり神子の、失恋のあと

さき

文字の大きさ
上 下
5 / 15

05

しおりを挟む
「王様、そんな、頭を上げてください」
「許してくれるのか」
「許すとか、許さないとか、そんな大それた身分じゃないです、私は。王様の仰ることも、いまいちピンと来ませんし」
 ミレは親の顔を知らなかったが、今日まで十六年育ててくれた院長と国王なら、院長が実父と言われた方が受け入れやすかった。けれど王は、ミレが受け入れることを前提に、話を進めてしまう。
「急な話だから、戸惑いもあるだろう。だが明日よりお前は、今代ムカリ様として、この国を支えてほしい」
「はい?」
「欲しいものは何でも与えよう。ムカリ様である以上、人前での振る舞いには気を配ってもらうが、生活に不自由はさせないと誓う」
 ミレは心もとない気持ちになった。相手が何を言っているのか、意味を咀嚼できないまま、喉元をすぎていってしまう。王の視線はたしかに自分に向いているはずなのに、その目に映っているのが本当に自分か確信が持てない。
 縦にも横にも振れない首は、見えない鎖で縛られているようだ。王の真顔に見つめられ、一秒が十秒に感じられる沈黙が首をしめたあと、王は口元に笑みを貼りつけ、運び屋を呼んだ。
「明日から公務に出られるよう、ムカリ様の準備を手伝ってさしあげろ」
「承知しました」
 運び屋は王に対して膝を折り、初めてミレを「お前」でも「あんた」でもない名前で呼んだ。
「ミレ様、いえムカリ様、お部屋に戻りましょう」
 差し出された手のひらを反射的にとってしまい、ミレは後悔した。今のは、自分がムカリ様となることを承知したという意味に取れてしまうだろうか。運び屋の表情からは、何も読み取れない。彼は王に深く頭を下げたあと、ミレの手を引いて王の間を後にした。
 噴き出したコーヒーのシミが絨毯に残る部屋に戻ってきたとき、ミレは運び屋の腕を拳で叩いた。
「一体どういうつもりなのよ。急に得体のしれないところへ連れてきて、国王に会うとか言われて、会ったらムカリ様だとか言われて、もう頭がぐちゃぐちゃ。孤児院に帰りたい」
「オレは王命であんたを運んできた。ここは王城で、あんたは先代ムカリ様と国王の娘で、姉の身代わりだ。今から孤児院に戻ったら、明日の公務に差し支えるから、帰れない」
「身代わりってどういうこと? ムカリ様に何かあったの?」
 淡々と理解を促す運び屋の口から、思いがけない単語が飛び出して、ミレは八つ当たりする手をやめた。
 運び屋は、ちらと部屋の出入口に視線をやって、ミレの方を見て一秒ほどためらったあと、うーんと唸って頭を掻いた。それから、やはり出入口の方へ歩いていき、戸を完全にしめ鍵をかけた。そのまま窓のカーテンも完全に遮蔽する。急に個室に二人きりという事実が強調された気がした。
「あんたの姉さんは毒を飲んで昨晩から意識不明だ。太陽祭で要人が来ていて、主役不在だと困るっていうんで、オレはあんたを連れて来くるよう命じられた」
「毒を飲んだって、命を狙われたってこと?」
「自分で飲んだのでないなら、誰かに飲まされたことになるな。不敬罪と国家転覆罪で死刑になるはずだが、犯人は捕まっていない」
 運び屋は、明日雨が降るんだってさ、くらいの軽い口調で説明した。ミレは本日何度目かのめまいを感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...