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「王様、そんな、頭を上げてください」
「許してくれるのか」
「許すとか、許さないとか、そんな大それた身分じゃないです、私は。王様の仰ることも、いまいちピンと来ませんし」
ミレは親の顔を知らなかったが、今日まで十六年育ててくれた院長と国王なら、院長が実父と言われた方が受け入れやすかった。けれど王は、ミレが受け入れることを前提に、話を進めてしまう。
「急な話だから、戸惑いもあるだろう。だが明日よりお前は、今代ムカリ様として、この国を支えてほしい」
「はい?」
「欲しいものは何でも与えよう。ムカリ様である以上、人前での振る舞いには気を配ってもらうが、生活に不自由はさせないと誓う」
ミレは心もとない気持ちになった。相手が何を言っているのか、意味を咀嚼できないまま、喉元をすぎていってしまう。王の視線はたしかに自分に向いているはずなのに、その目に映っているのが本当に自分か確信が持てない。
縦にも横にも振れない首は、見えない鎖で縛られているようだ。王の真顔に見つめられ、一秒が十秒に感じられる沈黙が首をしめたあと、王は口元に笑みを貼りつけ、運び屋を呼んだ。
「明日から公務に出られるよう、ムカリ様の準備を手伝ってさしあげろ」
「承知しました」
運び屋は王に対して膝を折り、初めてミレを「お前」でも「あんた」でもない名前で呼んだ。
「ミレ様、いえムカリ様、お部屋に戻りましょう」
差し出された手のひらを反射的にとってしまい、ミレは後悔した。今のは、自分がムカリ様となることを承知したという意味に取れてしまうだろうか。運び屋の表情からは、何も読み取れない。彼は王に深く頭を下げたあと、ミレの手を引いて王の間を後にした。
噴き出したコーヒーのシミが絨毯に残る部屋に戻ってきたとき、ミレは運び屋の腕を拳で叩いた。
「一体どういうつもりなのよ。急に得体のしれないところへ連れてきて、国王に会うとか言われて、会ったらムカリ様だとか言われて、もう頭がぐちゃぐちゃ。孤児院に帰りたい」
「オレは王命であんたを運んできた。ここは王城で、あんたは先代ムカリ様と国王の娘で、姉の身代わりだ。今から孤児院に戻ったら、明日の公務に差し支えるから、帰れない」
「身代わりってどういうこと? ムカリ様に何かあったの?」
淡々と理解を促す運び屋の口から、思いがけない単語が飛び出して、ミレは八つ当たりする手をやめた。
運び屋は、ちらと部屋の出入口に視線をやって、ミレの方を見て一秒ほどためらったあと、うーんと唸って頭を掻いた。それから、やはり出入口の方へ歩いていき、戸を完全にしめ鍵をかけた。そのまま窓のカーテンも完全に遮蔽する。急に個室に二人きりという事実が強調された気がした。
「あんたの姉さんは毒を飲んで昨晩から意識不明だ。太陽祭で要人が来ていて、主役不在だと困るっていうんで、オレはあんたを連れて来くるよう命じられた」
「毒を飲んだって、命を狙われたってこと?」
「自分で飲んだのでないなら、誰かに飲まされたことになるな。不敬罪と国家転覆罪で死刑になるはずだが、犯人は捕まっていない」
運び屋は、明日雨が降るんだってさ、くらいの軽い口調で説明した。ミレは本日何度目かのめまいを感じた。
「許してくれるのか」
「許すとか、許さないとか、そんな大それた身分じゃないです、私は。王様の仰ることも、いまいちピンと来ませんし」
ミレは親の顔を知らなかったが、今日まで十六年育ててくれた院長と国王なら、院長が実父と言われた方が受け入れやすかった。けれど王は、ミレが受け入れることを前提に、話を進めてしまう。
「急な話だから、戸惑いもあるだろう。だが明日よりお前は、今代ムカリ様として、この国を支えてほしい」
「はい?」
「欲しいものは何でも与えよう。ムカリ様である以上、人前での振る舞いには気を配ってもらうが、生活に不自由はさせないと誓う」
ミレは心もとない気持ちになった。相手が何を言っているのか、意味を咀嚼できないまま、喉元をすぎていってしまう。王の視線はたしかに自分に向いているはずなのに、その目に映っているのが本当に自分か確信が持てない。
縦にも横にも振れない首は、見えない鎖で縛られているようだ。王の真顔に見つめられ、一秒が十秒に感じられる沈黙が首をしめたあと、王は口元に笑みを貼りつけ、運び屋を呼んだ。
「明日から公務に出られるよう、ムカリ様の準備を手伝ってさしあげろ」
「承知しました」
運び屋は王に対して膝を折り、初めてミレを「お前」でも「あんた」でもない名前で呼んだ。
「ミレ様、いえムカリ様、お部屋に戻りましょう」
差し出された手のひらを反射的にとってしまい、ミレは後悔した。今のは、自分がムカリ様となることを承知したという意味に取れてしまうだろうか。運び屋の表情からは、何も読み取れない。彼は王に深く頭を下げたあと、ミレの手を引いて王の間を後にした。
噴き出したコーヒーのシミが絨毯に残る部屋に戻ってきたとき、ミレは運び屋の腕を拳で叩いた。
「一体どういうつもりなのよ。急に得体のしれないところへ連れてきて、国王に会うとか言われて、会ったらムカリ様だとか言われて、もう頭がぐちゃぐちゃ。孤児院に帰りたい」
「オレは王命であんたを運んできた。ここは王城で、あんたは先代ムカリ様と国王の娘で、姉の身代わりだ。今から孤児院に戻ったら、明日の公務に差し支えるから、帰れない」
「身代わりってどういうこと? ムカリ様に何かあったの?」
淡々と理解を促す運び屋の口から、思いがけない単語が飛び出して、ミレは八つ当たりする手をやめた。
運び屋は、ちらと部屋の出入口に視線をやって、ミレの方を見て一秒ほどためらったあと、うーんと唸って頭を掻いた。それから、やはり出入口の方へ歩いていき、戸を完全にしめ鍵をかけた。そのまま窓のカーテンも完全に遮蔽する。急に個室に二人きりという事実が強調された気がした。
「あんたの姉さんは毒を飲んで昨晩から意識不明だ。太陽祭で要人が来ていて、主役不在だと困るっていうんで、オレはあんたを連れて来くるよう命じられた」
「毒を飲んだって、命を狙われたってこと?」
「自分で飲んだのでないなら、誰かに飲まされたことになるな。不敬罪と国家転覆罪で死刑になるはずだが、犯人は捕まっていない」
運び屋は、明日雨が降るんだってさ、くらいの軽い口調で説明した。ミレは本日何度目かのめまいを感じた。
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