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番外編

SS_03 ~侍女ラナ

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 今日もまた、主のいなくなった部屋をいつも通り掃除していたら、どこかから戻ってきたラミアが飛び込んできて叫んだ。

「ねえ、ラナ! 呼び出しだよ!」
「呼び出し?」
「そう、ヒクマトさまから。どうしよう……」
「げっ」

 私たち――ラナとラミアは、この国の第一王子ラティーフさまのハレムに配属された侍女。
 いい歳をして、ただの一人も奥方を迎えようとしなかった変わり者王子が、初めて迎えた若奥さま。それがレイラさまだ。
 私たちはレイラさまのお世話をする役目を言いつかった。
 かなりワガママだという噂を聞いていたけれど、全然そんなことはなく、信じられないほど綺麗で優しい女性だ。
 実は隣国の王女レイハーネさまだと知った時は、心底驚きはしたものの、納得いく気持ちにもなった。
 彼女の浮き世離れしたのんびりさと、世話をされることが当たり前のような気軽さは、充分な育ちの良さを感じさせる。

 "稀代の美姫"と呼ばれるレイハーネ王女。
 彼女は庶民からしたら、おとぎ話の中に出てくる姫君のような存在だ。
 でも実際目の前にすると、見た目はたしかに綺麗だけど、中身は普通の女の子と同じ。好きな人の言動に一喜一憂する恋する乙女。
 そんな奥さまが、私たちは大好きなのだ。

「――それで、ヒクマトさまの話って何?」
「わからないけど……でも多分レイハーネさまのことだと思う」
「もしかして、帰ってくるの?」
「どうかな。逆に私たちが要らなくなったから配置換えとか……」

 かなり悲観的な思考回路をしているラミアに、私――ラナは明るく言った。

「あのレイラさまが、ラティーフさまを諦めるわけないじゃない。戻ってくるんだよ、きっと」
「そうかなぁ。だといいなあ」

 呼ばれた小部屋に入り、またあの髭モジャで恐ろしい顔つきをしたヒクマトさまを見て、二人揃って震え上がる。
(これ絶対悪い話だ! だって睨んでる! こっち睨んでる~!)
 警戒しまくっていたら、彼は呆れたように息を吐き、怒ってるみたいな低い声で言った。

「ラティーフさまとレイハーネ王女の婚約が整った。お前たちも迎える支度をしろ。くれぐれも、粗相のないようにな」

 私たちは目を見開き、顔を見合わせて「ええ~っ」「うわあ~!」と叫んだ。
(レイラさまが帰ってくる!!)
――しかも、"レイハーネ王女"として。

 嬉しさに足踏みしながらラミアを見ると、彼女は顔を真っ青にしてオロオロしていた。

「どうしたの、ラミア」
「ラナ! そっ、粗相のないようにって……王女さまをお迎えするって、どうしたらいいの!?」

(あ、違うスイッチが入ったみたい)
 私はラミアの背中を軽くトントン叩いて言う。

「あのね。レイハーネさまは、あのレイラさまだから。大丈夫」
「レイハーネさまは、あのレイラさま……」
「そうだよ。私たちの大好きな奥さまでしょ」

 ラミアは、レイラさまと初めて顔を合わせた時にも、酷く緊張しておかしな感じになっていた。

「そうだよね……レイハーネさまが、戻ってくるんだよね」

 やっと呑み込めてきたのか、ラミアの顔が赤味を帯びてくる。

「やったねラナ! 戻ってくるんだ!」
「うん。良かったね、ラミア。また一緒にお世話出来るよ」

 すると、話の流れを窺っていたヒクマトさまが言った。

「お付きの侍女も一緒に来る。うちの侍女頭が頼りにしていた強者つわものだ。二人とも、彼女に従ってよく学ぶがいい」

 私たちは、共に固まった。
(あのマリカさまが頼りにするほど、出来る侍女――!?)
 しかもヒクマトさまが"強者"と称する侍女って……どれだけ恐いの!

 ラミアだけでなく私も真っ青になり、もしその先輩侍女に嫌われたらどうなってしまうのかと考え、戦々恐々とする日々が始まった。



 数日後。
 ラティーフさまが自らお迎えに行ったレイハーネさまを連れ、ユスラーシェに帰ってきた時――
 侍女のカリマさんに怯えるあまり、ドジを踏みまくるラミアを見て、レイハーネさまは自分の時のことを思い出したらしい。
 ラミアから優しく話を聞き、どうやらヒクマトさまに原因があるようだと分かった。
 それをカリマさんに伝えたら、彼女は自らヒクマトさまのところへ文句を言いに行き、彼を散々ど突いて帰ってきたらしい。

 実際のところカリマさんは、私たちには優しく頼りがいのあるお姉さんで、特に何も問題なかったのだけれど――
 あのヒクマトさまをビビらせた猛者として、カリマさんは宮殿にいる全ての者たちから、一目置かれている。

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