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第一章 振り回される
学校三大不思議 2
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「さて本題だが、呪いについての発生情報を教えろ」
「結構必死、あ、でもそれはそれでそうか」
「何だ知っているのか」
「梶原さんから聞いたからね」
するとカジはドヤ顔する。俺はカジを一瞥してスルーする。
「とりあえず、カジは置いといて」
「置かないでよ!」
「なあ久江。こいつっていつもこんな感じなのか」
親指で指差す。
「さあ。ここまでテンション高くはないと思うけど」
ムスッと俺を見つめるカジは、怒っていそうで嬉しそうにしていることに虫唾が走る。けどここで怒って、情報の対価を要求するようになることになったら面倒だから、今は我慢してやる。
「んで、カジと久江。俺のピアノの呪いとついでに虹の呪いの情報ってここにあるのか」
「あるよ!」
カジが元気よく横の紙袋から冊子を取り出した。その冊子の表紙には「漣」と書かれていた。
「何だ?」
「これは毎年度末に出版される学校の文集。通称『さざなみ』」
「あ、知ってる。これ真面目なことからネタの内容まで書かれているバラエティに富んだ文集と聞いたかな」
隣に座るソラが食いつく。
「お前何で知ってんだ?」
「ここに入学する前に見せてもらったことがあるんだ」
明るく話すソラ。この文集はそれなりに面白いのか、まあそうであっても特に興味はないが。
「でも古そう」
「そうだよ。これ十五年前の冊子だから、それで目的の情報はこれ」
茶色に濁った紙をパラパラと音を鳴らしながらページを捲る。ピタッと止まったページの文を指さす。
「学校三大不思議、一、虹の色が減る呪縛、二、ピアノが弾けなくなる呪縛、三、これを知ると記憶が消える呪縛」
「……ん?」
さりげなく、三つ目が書かれていることに、驚きたいのだが、何かこのあっけな無さは一体なんだ。
「確かに書いているけど、これだけで三大不思議というには説得力が弱く無いかな」
「その通り!」
「そうなんです」
ソラの素早い指摘に、俺は問いかけるタイミングを失った。
目の前の二人はソラの質問を全力で待っていたみたいだ。ワクワクしながら、隣にあった紙袋から、ファイルを取り出す。
開くと新聞の切り抜きが貼られていた。
ある一つの記事を指さす。
二〇〇二年、十月十一日、未明に二人の変死体が発見された。一人目は隣町の青裏山の崖下で木にもたれるようにして死んでいた。
死因は転落死だと考えられたが、外傷が全くと言って程無かった。
死体解剖したが不明だった。
発見の数時間前に目撃したの人の証言によると、丁度夕方のこの時期にしては珍しく夕立が過ぎた後、崖上の展望広場にいました。空の虹をずっと眺めていて、何かをつぶやいていた。気味が悪く話しかけなかったが、まさかその後死んでいるとは思わなかったと証言している。
二人目は市内の高校の音楽室でピアノにもたれかかるように死んでいた。これも同じく目立った外傷もなく、血の痕跡もなかった。
死因も死体解剖したが不明だった。
二人は同じ市内の学校の生徒で、前日まで姿を確認しており、友人などから不審な兆候を見なかったこと、多くが謎が残されている。
カジが読み終わると、ノートを俺たち二人が読める向きに回して置く。ぼんやりと、その記事の写真を見る。二つの現場が白黒で掲載されていた。一応それなりの事件があったと理解はしたが、ここに載っているのは事実だけで、直接解呪に関する情報は無さそうだ。
「三大不思議発表と事件記事の時期が近いから、この時期の文集に掲載されていたのは納得がいく。でも仮定の段階だったんだろ」
「そこに響ちゃんが登場したから、確信に変わったんだよ!」
ビシッと指さされる。
探検家が新種を発見したみたいに、キラキラした顔をしている。
「とはいえ、まだ確定は二つ目みたいだね。一つ目はまだいないし、三つ目に至ってはこの『漣』に載っている曖昧な内容だけだから」
ふむ。と小柄の保健医は難しい表情になる。
「そうなんだよね。三つ目は情報がこれ以外全く無くて、完全に暗礁に乗り上げた感じなんだよね」
カジは両手を挙げて、ギュッと口を瞑る。
「それでも三つ目は完全否定しないんだな」
「響ちゃん気づいた?」
「何となく」
素朴な疑問だったつもりだが、妙な期待をされたので、適当に話を合わせる。
「そうなんだよね。二つの事件しか無いなら、二大不思議にすればいいのに、三つ目があるってことは何かあったから書いていると踏んでいるんだけどね」
だから三つ目を審議中と言っていたのか。全員腕を組み「うーん」と唸る。そしてしーん静まり、暗い部屋で吐息以外の音が聞こえない状態になる。
「一つ質問だけど、なんでこの三大不思議をまた掘り起こしてきたのかな?」
沈黙を破り、ソラがすっと手を挙げる。
教室にいる優等生か。
「それは一つの話題性とクラブの研究内容として、私が梶原さんに課題を出したんだ!」
「私のクラブは廃部寸前だからね。部員は私しかいないから」
『……』
崖っぷちもいいところだな。ただでさえ人の寄り付かない雰囲気の部室で、一人しかいないとは病気でしかない。
あと雰囲気に合わないキャラとか。
「色々大変そう」
軽いような重く受け止めているような、微妙なラインの反応をするソラ。
俺にとってはどうでもいいことだから、特に反応はせず腕を組んだまま静観した。とりあえず知りたい情報は得たから、このまま帰るとするか。
俺は腰を上げて椅子から立ち上がる。
「響ちゃんどうしたの?」
カジが当然のように反応する。
「聞きたいことは聞いたから俺は帰る。ソラはまだ居るなら好きにしろ」
「え。う、うん」
ソラの遅れた反応を後にして、俺は教室を出ようと扉に向かって歩く。
だが扉に触れる寸前にガシッと肩を掴まれた。
「ちょっと待って響ちゃん」
背後に、ニッコリと笑うカジがいた。
面倒な予感しかしない。
「なんだ? お前の朝の指示は達成しているし、俺の今日の目的も達成している。これ以上いる意味がないんだが」
苛立ちを含んだ硬い声で、目をキッとさせる。カジは怖気ることなどあるはずもなく、むしろ俺を好奇心で見つけた獲物の様に逃さないといわんばかりに、空いている手も使って両肩を掴んでくる。
「響ちゃん。私がただ情報をあげるためにここに呼んだと思っている?」
「ああ。そうだろ?」
「ええ!?」
独りでにカジが膝を折って傾く。
「ちょっと今のは、『なんだと?』みたいに驚くところでしょ」
「勝手だな」
どこの三流役者だ。
「ああ。もういい。とりあえずこれ見て」
カジ予定の漫才構成を諦めるように溜息をつき、ポケットから一つのポスターを出す。そのポスターは今日朝に担任が言っていた「ビックスターコンテスト」だった。
「これがどうした」
「ソラちゃんと響ちゃんと私でこのコンテストに出る!」
「はあ!?」
「えええええ!?」
話が飛び過ぎている。今までの会話の中でどこにもそんな脈絡なんて無かった。ソラに至っては驚きすぎて口が開いたままで放心状態だし。
久江は「おお」と感動した声を上げる。
「冗談じゃねえ! 何で俺が半端な目立ちたがり屋しかいない、クソイベントに出なくてはいけなねえんだ!」
「あら。そんな半端なことするなら出てくるな。俺なら本気でできるとでも言いたいの?」
「どう解釈したらその結論に至るんだ!」
「だってその言い方って、もともと興味がなく舞台の価値を知らない侮辱者か、本物の実力の人がアマチュアを見下す言い方の二択しかないんだけど」
曖昧にぼかすことない返しに、俺の内側にある部分が疼く。
「俺が舞台に興味ない人間だという線があるぞ」
「そう? 私はほぼ確実に後者の人間だと思っているんだけど」
何を根拠にそう断言できるのか理解できない。
「何故この舞台に出る必要がある。景品目的か。それに出たいなら一人で出ればいいだろが、俺を巻き込むな」
激しく声を荒げて、握りこぶしを見せつける。
でもカジは、まっすぐな瞳を俺にぶつける。
「響ちゃんの力が欲しいから。響ちゃんがピアニストだから私に教えてほしいから」
「何?」
意外すぎた。
ただの思い付きのバカ付き合いの、押しつけがましいことだと思った。けどカジはそのノリでは無い。
けどそれこそ面倒だ。第一……。
「俺は今ピアノの鍵盤が見えない上に、人に教えたことなど無い。それに今まで感覚で弾いているからまともな説明にもならん。俺に教えを乞うより音楽の先公に聞くほうが早いだろ!」
選択肢なら他に色々あるはずだ。俺に頼る必要性など皆無だろ。でもカジは、瞳を潤しながら、ギュッと両手に力を籠める。
「私はそんな教えてもらえる人がいない。先生だって向こうの価値観を押し付けるだけで、私の自由にできない。でも自由に弾いている響ちゃんなら、そんな型などにはまらないと思ったから。それに今の私に頼れる人間が響ちゃんしかいない」
胸の前で組んだ手が酷く震え、必死に訴える。何でそこまで俺を頼るんだ。俺はお前のことまだ一つも信用してない。友達もただの形で呪い解除のために利用する以外の関係性しか思っていないのに、なぜそこまでして俺を頼る。
「んなこと言われても、勝てる確証なんてどこにもない。それにもう一つ別に、何故ソラまで巻き込む」
「一応考えがあって、ソラちゃんのジャグリングと私のピアノのコラボで優勝を狙うつもり」
「……」
突拍子の発想にしては、意外性があり他者と被らない点だけみれば上位に入るだろう。ソラは「あー。なるほど」と納得し、開いていた口を閉じて納得する。
「何故そこまでする。それほど必死になる理由が分からん」
「それはあとで説明するから、だからお願い」
理由など放り出して、いつものハイテンションではなく必死に懇願する。でも面倒だ。面倒すぎる。現状弾けないのに、その状況で説明するとか、不可能に近い。
普通なら速攻で断る。
けど今回は迷っている。このまま何もしなくピアノ演奏不能の呪いが解けるとは思えない。それに暇だ。でも誰かに教える上に協力するって、この上なく厄介な課題だ。
カジとソラの顔を伺う。
震える瞳でジッと俺を見るカジ。
最初は驚いていたはずなのに、何故か少し俺に希望の眼差しを向けるソラ。ソラのジャグリング、それ自体にも興味がある。だがそれ以上にコツコツと練習しているソラの姿を目撃した瞬間、子供の時の俺に被った気がした。
あの時の俺はただひたすら好きで弾いていただけだ。
「チッ。わーかったよ。このまま夏休み迎えても、ピアノ弾けずに暇だからな。仕方なくだ!」
「響ちゃん!」
「だが勘違いするな。お前の頼みじゃない。ソラのジャグリングに多少の可能性を感じたからだ」
釘を刺すように、カジに向かって指さす。
でもカジは今にも抱き着きそうな勢いを、手の指をワシャワシャと動かして必死に抑えている。
「よし。それならオカルト研として出てくれる?」
久江が勢い良く立ち上がると同時に、浅くない疑惑が浮上した。
「ちょっと待て、何でオカルト研の看板を背負う必要がある?」
「ん。だって私オカルト研の一員だし、発案者私だし」
口をわざとすぼめて、視線を逸らす。久江も明後日の方向を見ながら口笛を吹く。その怪しげな行動の意味を俺は理解する。
「おまえら、俺らを出汁にしてオカルト研の知名度と部員増員を考えているとか」
『ギクッ!』
「帰る!」
腸が煮えまくって、噴火した。必死に迷った俺がバカじゃないか。こんな魂胆に俺は騙されたのか。女の必死さに欺かれたのか。
ずかずかと歩いて扉に手をかけるが、ガバっと後ろから背中を巻くように抱き着かれて、動きを止められる。
「待って待って響ちゃん! ここは私の顔に免じてね」
「免じれるか! お前の必死さの表情が嘘だったのにどの口が言うんだ! 一瞬でも動揺した俺がバカだったよ」
「え。動揺したの?」
その期待したような瞳を俺に向けるな。何か一瞬弱みを見せてしまった。
「……してねえよ。バカ」
「今さっきしたって言った!」
「言ってねえよ!」
怒って逃げようとしたはずなのに別方向に話が進んでいる。
「あれ。二人ってそんな密接な関係なの?」
久江が微笑ましく見つめる。
「違うわ!」
「違うの? 私傷つく!」
「はうっ」と自分の胸を抱くようにして縮こまるカジ。
「傷ついている人のセリフじゃねえ」
「だって響ちゃんが、教えてくれないっていうから」
「そっちかい!」
「面白い」
「あ。おい今ソラ笑っただろ」
「だって、なんか変で」
ソラが笑いを必死に堪えようと口を抑えるが、体がプルプル震えていて隠しきれてない。
「つうかソラ! お前オカルト研の出汁に使われていいのか!」
「何か面白そう。僕ジャグリングはしたいから」
「おい。ソラ正気か」
「ほら。ソラちゃんも同意しているし」
「ああああああ。クソ野郎!」
放課後の校舎に、俺の嘆き声が木霊したのであった。
「結構必死、あ、でもそれはそれでそうか」
「何だ知っているのか」
「梶原さんから聞いたからね」
するとカジはドヤ顔する。俺はカジを一瞥してスルーする。
「とりあえず、カジは置いといて」
「置かないでよ!」
「なあ久江。こいつっていつもこんな感じなのか」
親指で指差す。
「さあ。ここまでテンション高くはないと思うけど」
ムスッと俺を見つめるカジは、怒っていそうで嬉しそうにしていることに虫唾が走る。けどここで怒って、情報の対価を要求するようになることになったら面倒だから、今は我慢してやる。
「んで、カジと久江。俺のピアノの呪いとついでに虹の呪いの情報ってここにあるのか」
「あるよ!」
カジが元気よく横の紙袋から冊子を取り出した。その冊子の表紙には「漣」と書かれていた。
「何だ?」
「これは毎年度末に出版される学校の文集。通称『さざなみ』」
「あ、知ってる。これ真面目なことからネタの内容まで書かれているバラエティに富んだ文集と聞いたかな」
隣に座るソラが食いつく。
「お前何で知ってんだ?」
「ここに入学する前に見せてもらったことがあるんだ」
明るく話すソラ。この文集はそれなりに面白いのか、まあそうであっても特に興味はないが。
「でも古そう」
「そうだよ。これ十五年前の冊子だから、それで目的の情報はこれ」
茶色に濁った紙をパラパラと音を鳴らしながらページを捲る。ピタッと止まったページの文を指さす。
「学校三大不思議、一、虹の色が減る呪縛、二、ピアノが弾けなくなる呪縛、三、これを知ると記憶が消える呪縛」
「……ん?」
さりげなく、三つ目が書かれていることに、驚きたいのだが、何かこのあっけな無さは一体なんだ。
「確かに書いているけど、これだけで三大不思議というには説得力が弱く無いかな」
「その通り!」
「そうなんです」
ソラの素早い指摘に、俺は問いかけるタイミングを失った。
目の前の二人はソラの質問を全力で待っていたみたいだ。ワクワクしながら、隣にあった紙袋から、ファイルを取り出す。
開くと新聞の切り抜きが貼られていた。
ある一つの記事を指さす。
二〇〇二年、十月十一日、未明に二人の変死体が発見された。一人目は隣町の青裏山の崖下で木にもたれるようにして死んでいた。
死因は転落死だと考えられたが、外傷が全くと言って程無かった。
死体解剖したが不明だった。
発見の数時間前に目撃したの人の証言によると、丁度夕方のこの時期にしては珍しく夕立が過ぎた後、崖上の展望広場にいました。空の虹をずっと眺めていて、何かをつぶやいていた。気味が悪く話しかけなかったが、まさかその後死んでいるとは思わなかったと証言している。
二人目は市内の高校の音楽室でピアノにもたれかかるように死んでいた。これも同じく目立った外傷もなく、血の痕跡もなかった。
死因も死体解剖したが不明だった。
二人は同じ市内の学校の生徒で、前日まで姿を確認しており、友人などから不審な兆候を見なかったこと、多くが謎が残されている。
カジが読み終わると、ノートを俺たち二人が読める向きに回して置く。ぼんやりと、その記事の写真を見る。二つの現場が白黒で掲載されていた。一応それなりの事件があったと理解はしたが、ここに載っているのは事実だけで、直接解呪に関する情報は無さそうだ。
「三大不思議発表と事件記事の時期が近いから、この時期の文集に掲載されていたのは納得がいく。でも仮定の段階だったんだろ」
「そこに響ちゃんが登場したから、確信に変わったんだよ!」
ビシッと指さされる。
探検家が新種を発見したみたいに、キラキラした顔をしている。
「とはいえ、まだ確定は二つ目みたいだね。一つ目はまだいないし、三つ目に至ってはこの『漣』に載っている曖昧な内容だけだから」
ふむ。と小柄の保健医は難しい表情になる。
「そうなんだよね。三つ目は情報がこれ以外全く無くて、完全に暗礁に乗り上げた感じなんだよね」
カジは両手を挙げて、ギュッと口を瞑る。
「それでも三つ目は完全否定しないんだな」
「響ちゃん気づいた?」
「何となく」
素朴な疑問だったつもりだが、妙な期待をされたので、適当に話を合わせる。
「そうなんだよね。二つの事件しか無いなら、二大不思議にすればいいのに、三つ目があるってことは何かあったから書いていると踏んでいるんだけどね」
だから三つ目を審議中と言っていたのか。全員腕を組み「うーん」と唸る。そしてしーん静まり、暗い部屋で吐息以外の音が聞こえない状態になる。
「一つ質問だけど、なんでこの三大不思議をまた掘り起こしてきたのかな?」
沈黙を破り、ソラがすっと手を挙げる。
教室にいる優等生か。
「それは一つの話題性とクラブの研究内容として、私が梶原さんに課題を出したんだ!」
「私のクラブは廃部寸前だからね。部員は私しかいないから」
『……』
崖っぷちもいいところだな。ただでさえ人の寄り付かない雰囲気の部室で、一人しかいないとは病気でしかない。
あと雰囲気に合わないキャラとか。
「色々大変そう」
軽いような重く受け止めているような、微妙なラインの反応をするソラ。
俺にとってはどうでもいいことだから、特に反応はせず腕を組んだまま静観した。とりあえず知りたい情報は得たから、このまま帰るとするか。
俺は腰を上げて椅子から立ち上がる。
「響ちゃんどうしたの?」
カジが当然のように反応する。
「聞きたいことは聞いたから俺は帰る。ソラはまだ居るなら好きにしろ」
「え。う、うん」
ソラの遅れた反応を後にして、俺は教室を出ようと扉に向かって歩く。
だが扉に触れる寸前にガシッと肩を掴まれた。
「ちょっと待って響ちゃん」
背後に、ニッコリと笑うカジがいた。
面倒な予感しかしない。
「なんだ? お前の朝の指示は達成しているし、俺の今日の目的も達成している。これ以上いる意味がないんだが」
苛立ちを含んだ硬い声で、目をキッとさせる。カジは怖気ることなどあるはずもなく、むしろ俺を好奇心で見つけた獲物の様に逃さないといわんばかりに、空いている手も使って両肩を掴んでくる。
「響ちゃん。私がただ情報をあげるためにここに呼んだと思っている?」
「ああ。そうだろ?」
「ええ!?」
独りでにカジが膝を折って傾く。
「ちょっと今のは、『なんだと?』みたいに驚くところでしょ」
「勝手だな」
どこの三流役者だ。
「ああ。もういい。とりあえずこれ見て」
カジ予定の漫才構成を諦めるように溜息をつき、ポケットから一つのポスターを出す。そのポスターは今日朝に担任が言っていた「ビックスターコンテスト」だった。
「これがどうした」
「ソラちゃんと響ちゃんと私でこのコンテストに出る!」
「はあ!?」
「えええええ!?」
話が飛び過ぎている。今までの会話の中でどこにもそんな脈絡なんて無かった。ソラに至っては驚きすぎて口が開いたままで放心状態だし。
久江は「おお」と感動した声を上げる。
「冗談じゃねえ! 何で俺が半端な目立ちたがり屋しかいない、クソイベントに出なくてはいけなねえんだ!」
「あら。そんな半端なことするなら出てくるな。俺なら本気でできるとでも言いたいの?」
「どう解釈したらその結論に至るんだ!」
「だってその言い方って、もともと興味がなく舞台の価値を知らない侮辱者か、本物の実力の人がアマチュアを見下す言い方の二択しかないんだけど」
曖昧にぼかすことない返しに、俺の内側にある部分が疼く。
「俺が舞台に興味ない人間だという線があるぞ」
「そう? 私はほぼ確実に後者の人間だと思っているんだけど」
何を根拠にそう断言できるのか理解できない。
「何故この舞台に出る必要がある。景品目的か。それに出たいなら一人で出ればいいだろが、俺を巻き込むな」
激しく声を荒げて、握りこぶしを見せつける。
でもカジは、まっすぐな瞳を俺にぶつける。
「響ちゃんの力が欲しいから。響ちゃんがピアニストだから私に教えてほしいから」
「何?」
意外すぎた。
ただの思い付きのバカ付き合いの、押しつけがましいことだと思った。けどカジはそのノリでは無い。
けどそれこそ面倒だ。第一……。
「俺は今ピアノの鍵盤が見えない上に、人に教えたことなど無い。それに今まで感覚で弾いているからまともな説明にもならん。俺に教えを乞うより音楽の先公に聞くほうが早いだろ!」
選択肢なら他に色々あるはずだ。俺に頼る必要性など皆無だろ。でもカジは、瞳を潤しながら、ギュッと両手に力を籠める。
「私はそんな教えてもらえる人がいない。先生だって向こうの価値観を押し付けるだけで、私の自由にできない。でも自由に弾いている響ちゃんなら、そんな型などにはまらないと思ったから。それに今の私に頼れる人間が響ちゃんしかいない」
胸の前で組んだ手が酷く震え、必死に訴える。何でそこまで俺を頼るんだ。俺はお前のことまだ一つも信用してない。友達もただの形で呪い解除のために利用する以外の関係性しか思っていないのに、なぜそこまでして俺を頼る。
「んなこと言われても、勝てる確証なんてどこにもない。それにもう一つ別に、何故ソラまで巻き込む」
「一応考えがあって、ソラちゃんのジャグリングと私のピアノのコラボで優勝を狙うつもり」
「……」
突拍子の発想にしては、意外性があり他者と被らない点だけみれば上位に入るだろう。ソラは「あー。なるほど」と納得し、開いていた口を閉じて納得する。
「何故そこまでする。それほど必死になる理由が分からん」
「それはあとで説明するから、だからお願い」
理由など放り出して、いつものハイテンションではなく必死に懇願する。でも面倒だ。面倒すぎる。現状弾けないのに、その状況で説明するとか、不可能に近い。
普通なら速攻で断る。
けど今回は迷っている。このまま何もしなくピアノ演奏不能の呪いが解けるとは思えない。それに暇だ。でも誰かに教える上に協力するって、この上なく厄介な課題だ。
カジとソラの顔を伺う。
震える瞳でジッと俺を見るカジ。
最初は驚いていたはずなのに、何故か少し俺に希望の眼差しを向けるソラ。ソラのジャグリング、それ自体にも興味がある。だがそれ以上にコツコツと練習しているソラの姿を目撃した瞬間、子供の時の俺に被った気がした。
あの時の俺はただひたすら好きで弾いていただけだ。
「チッ。わーかったよ。このまま夏休み迎えても、ピアノ弾けずに暇だからな。仕方なくだ!」
「響ちゃん!」
「だが勘違いするな。お前の頼みじゃない。ソラのジャグリングに多少の可能性を感じたからだ」
釘を刺すように、カジに向かって指さす。
でもカジは今にも抱き着きそうな勢いを、手の指をワシャワシャと動かして必死に抑えている。
「よし。それならオカルト研として出てくれる?」
久江が勢い良く立ち上がると同時に、浅くない疑惑が浮上した。
「ちょっと待て、何でオカルト研の看板を背負う必要がある?」
「ん。だって私オカルト研の一員だし、発案者私だし」
口をわざとすぼめて、視線を逸らす。久江も明後日の方向を見ながら口笛を吹く。その怪しげな行動の意味を俺は理解する。
「おまえら、俺らを出汁にしてオカルト研の知名度と部員増員を考えているとか」
『ギクッ!』
「帰る!」
腸が煮えまくって、噴火した。必死に迷った俺がバカじゃないか。こんな魂胆に俺は騙されたのか。女の必死さに欺かれたのか。
ずかずかと歩いて扉に手をかけるが、ガバっと後ろから背中を巻くように抱き着かれて、動きを止められる。
「待って待って響ちゃん! ここは私の顔に免じてね」
「免じれるか! お前の必死さの表情が嘘だったのにどの口が言うんだ! 一瞬でも動揺した俺がバカだったよ」
「え。動揺したの?」
その期待したような瞳を俺に向けるな。何か一瞬弱みを見せてしまった。
「……してねえよ。バカ」
「今さっきしたって言った!」
「言ってねえよ!」
怒って逃げようとしたはずなのに別方向に話が進んでいる。
「あれ。二人ってそんな密接な関係なの?」
久江が微笑ましく見つめる。
「違うわ!」
「違うの? 私傷つく!」
「はうっ」と自分の胸を抱くようにして縮こまるカジ。
「傷ついている人のセリフじゃねえ」
「だって響ちゃんが、教えてくれないっていうから」
「そっちかい!」
「面白い」
「あ。おい今ソラ笑っただろ」
「だって、なんか変で」
ソラが笑いを必死に堪えようと口を抑えるが、体がプルプル震えていて隠しきれてない。
「つうかソラ! お前オカルト研の出汁に使われていいのか!」
「何か面白そう。僕ジャグリングはしたいから」
「おい。ソラ正気か」
「ほら。ソラちゃんも同意しているし」
「ああああああ。クソ野郎!」
放課後の校舎に、俺の嘆き声が木霊したのであった。
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