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第11章 メリア、舞の師匠を得る
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メリアは、去りゆく青年の後ろ姿を追いかけた。
「――待って!」
見物人たちの間をすりぬけて、彼女は走った。そしてようやく青年に追いつき、彼の袖をつかんだ。
背の高い青年は無表情のまま振り向き、彼女を見下ろした。
近くで見ると青年の長い前髪の下の額には、黒光りをする額飾りがあるのが見えた。
まるで、ツタがからみあっているかのような複雑な文様が色の薄い肌に映えていた。
「邪魔だ」
彼はメリアがすがりついた裾を振り払いもせずに、そう言った。
「お願いがあるの!」
「私は急いでいるんだが……」
メリアは必死になっていたせいで、相手の迷惑そうな声音にも気がつく余裕がなかった。
いつもの彼女なら、相手の嫌がる気配を察すればすぐに引いていただろうが、あの素晴らしい舞をみた直後で、彼女は我を忘れていたのだ。
「その手を離してくれ。早く帰らないといけないんだ」
青年は、ついに困り果てたような口調で言った。
「私のお願いを聞いてくれるまで、離さない」
メリアは必死だった。
「じゃあ、とっとと言ってくれ」
あきらかに迷惑そうではあったが、青年は言った。手早く用を済ませてしまおうと思ったのかもしれない。
「私に、さっき、あなたの踊っていた舞を教えてほしいの」
「――だめだ」
青年は即答すると、踵を返して歩きはじめた。
けれど、メリアは手を離そうとしなかった。
そのため非力な少女の身体は、青年が歩を進めるたびにずるずると引っ張られていく。
「どうしてだめなの?」
自分の腕力では青年を引きとめられないと知ったメリアは、今度は通せんぼをするように青年の前に立ちふさがった。
「あれは、人に教えられるようなものじゃない」
青年が、眼をそらすようにして言う。彼女は、相手の視線の先に回り込んで懇願した。
「私はあなたの舞が気に入ったの、弟子入りさせて!」
「弟子は取らない主義だ」
にべもない返事にも、メリアはめげなかった。
「あなたには、私に舞を教える義務があるのよ!」
メリアが強い口調で言った。
それをきいて、青年が首を傾げる。
はじめて、彼がメリアの顔をまともに見た。
その視線には、先ほどまでの刃物のような鋭さも、人を拒絶する冷たさもなく、ただ不思議そうな表情が浮かんでいただけだった。
「なぜだ?」
「あなたは、さっき、私の料理の皿を取って食べたでしょう?」
「でも、代金は私が払った」
「私はこれから食べるところだったの! それをあなたが横取りしたのよ! だから、あなたは私に借りがあるの! それを返してもらうまでこの手を離さないわよ」
それは、後になってから冷静になったメリア自身がどう考えても強引なへりくつだった。
まるで、双子の兄のジャバルが乗り移ったかのように、独善的でわがまま、どう考えてもこじつけとしか思えない言いがかりであった。
しかし、意外なことに青年はこくりと素直に頷いた。
「そういうことなら、仕方ない。喰い物の恨みは恐ろしいからな」
相手は少し見当外れのことを言ったが、メリアはなんとしても相手の舞を身につけたかった。彼女は生まれて初めて舞の師匠を得た喜びに目を輝かせた。
「さっきの舞を教えてくれるの?」
「ああ。ただし、今日はだめだ。あとで」
「でも、私は次に市場に来れるのがいつかはわからないの」
「じゃあ、これをやる」
そう言って、彼は自分のしていた印章つきの指輪を外し、メリアに渡した。
そこには、青年の額飾りと揃いの紋様が刻まれていた。
「これは?」
「目印だ」
「目印?」
「そう、これがあればお前がどこにいようともすぐに分かる。次の満月、月がてっぺんにかかるころお前に会いに行こう。それじゃあ」
「どういうこと? わからないわ!?」
メリアが渡された指輪を眺めているうちに、青年の姿はいつの間にか姿を消していた。
どこか遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえたような気がした。
「――待って!」
見物人たちの間をすりぬけて、彼女は走った。そしてようやく青年に追いつき、彼の袖をつかんだ。
背の高い青年は無表情のまま振り向き、彼女を見下ろした。
近くで見ると青年の長い前髪の下の額には、黒光りをする額飾りがあるのが見えた。
まるで、ツタがからみあっているかのような複雑な文様が色の薄い肌に映えていた。
「邪魔だ」
彼はメリアがすがりついた裾を振り払いもせずに、そう言った。
「お願いがあるの!」
「私は急いでいるんだが……」
メリアは必死になっていたせいで、相手の迷惑そうな声音にも気がつく余裕がなかった。
いつもの彼女なら、相手の嫌がる気配を察すればすぐに引いていただろうが、あの素晴らしい舞をみた直後で、彼女は我を忘れていたのだ。
「その手を離してくれ。早く帰らないといけないんだ」
青年は、ついに困り果てたような口調で言った。
「私のお願いを聞いてくれるまで、離さない」
メリアは必死だった。
「じゃあ、とっとと言ってくれ」
あきらかに迷惑そうではあったが、青年は言った。手早く用を済ませてしまおうと思ったのかもしれない。
「私に、さっき、あなたの踊っていた舞を教えてほしいの」
「――だめだ」
青年は即答すると、踵を返して歩きはじめた。
けれど、メリアは手を離そうとしなかった。
そのため非力な少女の身体は、青年が歩を進めるたびにずるずると引っ張られていく。
「どうしてだめなの?」
自分の腕力では青年を引きとめられないと知ったメリアは、今度は通せんぼをするように青年の前に立ちふさがった。
「あれは、人に教えられるようなものじゃない」
青年が、眼をそらすようにして言う。彼女は、相手の視線の先に回り込んで懇願した。
「私はあなたの舞が気に入ったの、弟子入りさせて!」
「弟子は取らない主義だ」
にべもない返事にも、メリアはめげなかった。
「あなたには、私に舞を教える義務があるのよ!」
メリアが強い口調で言った。
それをきいて、青年が首を傾げる。
はじめて、彼がメリアの顔をまともに見た。
その視線には、先ほどまでの刃物のような鋭さも、人を拒絶する冷たさもなく、ただ不思議そうな表情が浮かんでいただけだった。
「なぜだ?」
「あなたは、さっき、私の料理の皿を取って食べたでしょう?」
「でも、代金は私が払った」
「私はこれから食べるところだったの! それをあなたが横取りしたのよ! だから、あなたは私に借りがあるの! それを返してもらうまでこの手を離さないわよ」
それは、後になってから冷静になったメリア自身がどう考えても強引なへりくつだった。
まるで、双子の兄のジャバルが乗り移ったかのように、独善的でわがまま、どう考えてもこじつけとしか思えない言いがかりであった。
しかし、意外なことに青年はこくりと素直に頷いた。
「そういうことなら、仕方ない。喰い物の恨みは恐ろしいからな」
相手は少し見当外れのことを言ったが、メリアはなんとしても相手の舞を身につけたかった。彼女は生まれて初めて舞の師匠を得た喜びに目を輝かせた。
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「ああ。ただし、今日はだめだ。あとで」
「でも、私は次に市場に来れるのがいつかはわからないの」
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そう言って、彼は自分のしていた印章つきの指輪を外し、メリアに渡した。
そこには、青年の額飾りと揃いの紋様が刻まれていた。
「これは?」
「目印だ」
「目印?」
「そう、これがあればお前がどこにいようともすぐに分かる。次の満月、月がてっぺんにかかるころお前に会いに行こう。それじゃあ」
「どういうこと? わからないわ!?」
メリアが渡された指輪を眺めているうちに、青年の姿はいつの間にか姿を消していた。
どこか遠くで鳥の羽ばたく音が聞こえたような気がした。
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