上 下
2 / 15

  第2章 彼女が女王を目指す理由

しおりを挟む
「本当にメリア様は、あぶなっかしくて見ていられません! いくつになっても、そんな子供じみた突拍子もないことを考える癖は抜けないのですね!」
 リディマが呆れたような口調でそう言った。

「まあ! 私が、いつ子供じみた事をしたっていうの?」
 身に覚えのない言いがかりに対し、メリアはすかさず問いただそうとした。

 すると、人一倍記憶力のいいリディマは即座に答えた。
「メリア様は昔、旅芸人の一座に入って踊り子になると言ってジャバル様とともに家出したことがありましたよね?」

 リディマがそう言うと、メリアは唇を尖らせた。
「何よ、そんな子供のころの話を持ち出さないでちょうだい! 私だってもう一人前の大人なのよ!」
 他人の目のあるところでは、常にたおやかな姫君といった風情を漂わせるメリアだったが、乳兄弟のリディマの前だけは別だった。
 ただの少女になって、言い返す。

「家出をしたまではよかったもの、途中で砂嵐にあって連れていったラクダにも逃げられ、ジャバル様に背負わされて、おいおい泣きながら帰ってきたのはどなたでしたっけ?」
 そのときのことを思いだし、メリアは赤面した。

「どうしてリディマはお兄様の肩ばかり持つの?」
 悔し紛れにした問いに、リディマは遠慮なく言葉を返した。

「ジャバル様は、もうしっかりした大人でございます。けれど、メリア様はまだ子供(ねんね)ですもの」
 彼女は、周囲の評価とはまったく正反対のことを言った。

 そのことがメリアには、ひどく心外だった。
――まわりからは彼女のほうがしっかり者で、兄のほうが子供だといわれているというのに。

「お兄様のどこがしっかりしてるっていうのよ?!」

 いつも脱走を繰り返し、自分の責務から逃げることばかり考えているジャバルとは正反対に、メリアは、つねに自分に与えられた責任を果たすことを第一に考えてきた。
 それだけに、リディマのさっきの言葉はどうしても納得がいかないものだった。
 ジャバルびいきのリディマは、いつも兄のほうばかりを褒めたたえるようにメリアには思えた。

 彼女は言った。
「少なくともジャバル様はご自分のお気持ちをちゃんとわかっていらっしゃいます。けれどメリア様はご自分の気持ちさえわかってはいらっしゃらないではありませんか! それでは、到底一人前の大人とは言えませんよ」

「まあ、ひどい!」
 それを聞いてメリアは頬を膨らませた。
 ひどい言いがかりとしか聞こえなかったからだ。

「自分の気持ちは、私が一番よく分かっているつもりよ。勝手な事をいわないでちょうだい」
メリアは、乳兄弟に対してそう抗議した。

 けれど、リディマの方も一歩も譲ろうとはしなかった。
「いいえ。メリア様は周りの望む王女を演じているだけ。でも、それはメリア様の本当の姿ではないでしょう?」

「でも、人からどう見られるかっていうことも大事だわ。
お兄様みたいに自分の好き勝手なことばかりしていたら、自分の居場所がなくなってしまうもの」
 メリアは、そう言いきった。

「けれど、この国では、王位は男性が守るのが伝統です。女性の身で王位に立ったかたはいらっしゃいません」
 リディマは、そう言ってメリアをいさめようとした。

 すると、彼女は実に可憐な笑顔を浮かべながら、晴れやかな口調で答えた。
「前例がないのなら、作ればいいだけのことじゃない」

「……なんという」
 そのあまりの強気な発言に、滅多に物事には動じないリディマも絶句した。

「だって、仕方ないでしょう? お兄様はぜんぜんやる気がないんですもの。この国には新しい王が必要なの」

「それはわかっておりますが……なにもメリア様でなくても。ジャバル様の下に弟君のリウ様もいらっしゃることですし」
 リディマがそう言ったが、メリアはきっぱりとした口調で続けた。
「この国を守る都市神に認められるのは、そう簡単なことじゃないっていうことはわかっているわ。
でも、お父様が神官として国を治めるのはもう限界。あまりにも強すぎる力は、人間の身で支えられるものじゃない。これ以上神事を続けたら、命が縮まってしまうわ」

 メリアは強い口調で言った。
「弟のリウがいるとはいっても、まだあの子は小さすぎて王の仕事は果たせないわ。
だから、あの子が成人するまでもう少し時間が必要でしょ? 兄様が国王になるのを嫌がっていると以上、その間、誰かがこの国を守らなければならないわ。
だったら、世継ぎのジャバル兄様の双子の妹である私が一番適任だと、そう思わない?」

 メリアはそう問いかけたが、リディマはため息をつきながら答えた。
「けれど、メリア様が女王になるなど、この国の頭の固い大臣たちが認めるでしょうか?」

 それをきいて、メリアは少しも動じずに、にこりと笑った。
「そのことだってちゃんと考えてあるわ。たとえ最初は反対を受けたとしても、実績を出せばいいだけのことだもの。それに、王の試練を受けて都市神に認められたのなら、誰にも文句は言えないはずだわ」

「けれど……」

「何もわたしは死ぬまで、この国を治めようってつもりじゃないの。今はまだお父様がご健在だし、弟のリウが大きくなったらすぐに王位を譲るつもり。一時的に王位を預かるだけなら、神殿や家臣たちの風当たりも少ないと思うの」

 メリアの現実的な計画を聞いて、リディマはようやく納得した様子を見せた。
 けれど、彼女はどこかまだ不安を隠せぬ口調で言った。
「確かに、戦で王の不在の時に、伴侶やそのお身内が国を治めることもあるとはいいますが」

「兄様が王になったら、肝心なときに脱走してみんなを困らせてしまうかもしれない」

「いくらジャバル様とて、王となった後まで脱走するとは限らないでしょう」
 リディマはそうジャバルを弁護したが、その口調は弱気だった。彼女とて、ジャバルが世継ぎとしての役目をほとんど放棄していることはよく知っていた。
 
 王族の義務である、国をあげて行われる季節ごとの祭りにもろくに顔を出さないし、異国の使者との面会からも逃げてばかりなのだ。
 本来ならば、世継ぎが主役を務める春の祭りの際にも、ジャバルが直前で姿をくらましてしまったので、メリアが代役を務めた。彼はあろうことか、民草に混じって、無料でふるまわれる酒に酔って馬鹿騒ぎをしていたのだ。すぐに連れ戻されたが、人の口に戸は立てられないものだ。

「私は祭りで、兄様の代役をしながら思ったの。この国と民を、このまま兄様には任せておいけないって」
 メリアは、切実な口調でそう言った。

 彼女は権力を求めて王位を望んでいるわけではなく、いまだに世継ぎの自覚もなく、無責任な兄にこの国を任せるが不安だったのだ。

「――メリア様」
 公には、ジャバルは病弱なために公の席には滅多に出ない、ということにしてあるが、その言い訳もいつまでもつかはわからない。なにせ市井の民に混じって遊び暮らしているのだ。

 いつ、それが公になってもおかしくはない。
 もし、今のままの無責任なジャバルが王位につき、国を治めるとなると、不安が残る。

 リディマの言うようにいくら彼が優秀だとしても、まったくやる気がないのでは仕方がない。
 王の不在中に、戦でもしかけられたら、大変なことになってしまう。

「ジャバル様も、もう少し、大人になってくださるといいのですが……」 
 リディマが、少し悲しそうな口調でそう言った。
 もはや庇う言葉も見つからないらしかった。

 そのとき、別の侍女が部屋に入ってきて、メリアに告げた。

「――王女様、王様がお呼びでございます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】悪女のなみだ

じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」 双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。 カレン、私の妹。 私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。 一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。 「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」 私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。 「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」 罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。 本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【実話】高1の夏休み、海の家のアルバイトはイケメンパラダイスでした☆

Rua*°
恋愛
高校1年の夏休みに、友達の彼氏の紹介で、海の家でアルバイトをすることになった筆者の実話体験談を、当時の日記を見返しながら事細かに綴っています。 高校生活では、『特別進学コースの選抜クラス』で、毎日勉強の日々で、クラスにイケメンもひとりもいない状態。ハイスペックイケメン好きの私は、これではモチベーションを保てなかった。 つまらなすぎる毎日から脱却を図り、部活動ではバスケ部マネージャーになってみたが、意地悪な先輩と反りが合わず、夏休み前に退部することに。 夏休みこそは、楽しく、イケメンに囲まれた、充実した高校生ライフを送ろう!そう誓った筆者は、海の家でバイトをする事に。 そこには女子は私1人。逆ハーレム状態。高校のミスターコンテスト優勝者のイケメンくんや、サーフ雑誌に載ってるイケメンくん、中学時代の憧れの男子と過ごしたひと夏の思い出を綴ります…。 バスケ部時代のお話はコチラ⬇ ◇【実話】高1バスケ部マネ時代、個性的イケメンキャプテンにストーキングされたり集団で囲まれたり色々あったけどやっぱり退部を選択しました◇

処理中です...