20 / 25
20.祭りの日
しおりを挟む
ーー祭りの日が近づいてきていた。
秋の収穫を祝う祭りの最初の日に、河の神の花嫁は水底に嫁ぐことになる。
夜毎、地面を潜り抜けて彼女に会いに来るアレムは、ルディグナに一刻も早く逃げ出すように勧めていた。
けれど、ルディグナは逃げようとはしなかった。数日続く祭りの最終日ならば警備が薄くなると教えて、その日に逃げることを約束した。
ルディグナは、そのとき、生まれてはじめて嘘をついた。
アレムとともに過ごす時間は楽しかったが、自分の役目を捨てることはできなかった。
自分がただの生け贄だと知った今でも、彼女はその役目を果たそうと心に決めていた。
異国生まれのアレムは、この国の祭りの詳細をよく知らないようだった。
だから、祭りの最終日に迎えに来ると言って去っていった。
****
無数の花と豪華な飾りで装飾された船が、歓声とともに川へと押し出された。
その豪華な船に乗せられていたのは、豪奢な赤い花嫁衣装をまとったルディグナただ一人きりだった。一緒に船に乗せられた侍女たちは、布で作られた人形だった。
河の岸が、見慣れた世話役の巫女たちの姿が次第に遠くなってゆく。
ルディグナは、この景色を忘れまいとでもするかのように、岸辺から目をそらさなかった。
穏やかな河の流れが、飾り付けられた船を下流へと運んでゆく。
その船の底には、意図的に穴が開けられていた。時間がたつと、穴に詰められて泥が水に溶けだし、浸水するように作られていた。
ルディグナが大巫女に聞かされた話では、河の神の花嫁を乗せたその船は、やがて水底に進路を変えて、そのまま水底の宮殿に向かうと言うことだった。
上流からだいぶ流されたところで、船の底にはめられていた泥の詰めものが溶け、飾り立てた船の中に水が流れこみはじめた。
ルディグナは、その様子をじっと見つめていた。
ようやく動かせるようになった足が、冷たい水の流れにひたっても。
やがて、その水が、腰に、胸にと水位を上げていっても。
指一本動かすことはなく、水の中に沈んでいく自分の体を見つめていた。
*****
はじめのうち、浸水はひどく穏やかだった。
けれど、ある程度沈んだところで、急にその速度が早まった。
周りの河の水が押し寄せるようにして、ルディグナの乗った船の中に流れ込んでくる。
すると、ルディグナの体は激しい奔流の中に巻き込まれてもみくちゃにされた。
呼吸をしようと口を開けると、空気の代わりに冷たい水が流れ込んでくる。
ルディグナの体がすっかり水の中に引き込まれた時、これ以上体の中の空気が逃げださないように呼吸を止めながら、彼女は目を開いた。
ゆらゆらと、はるか上空で光が泳いでいた。
秋の収穫を祝う祭りの最初の日に、河の神の花嫁は水底に嫁ぐことになる。
夜毎、地面を潜り抜けて彼女に会いに来るアレムは、ルディグナに一刻も早く逃げ出すように勧めていた。
けれど、ルディグナは逃げようとはしなかった。数日続く祭りの最終日ならば警備が薄くなると教えて、その日に逃げることを約束した。
ルディグナは、そのとき、生まれてはじめて嘘をついた。
アレムとともに過ごす時間は楽しかったが、自分の役目を捨てることはできなかった。
自分がただの生け贄だと知った今でも、彼女はその役目を果たそうと心に決めていた。
異国生まれのアレムは、この国の祭りの詳細をよく知らないようだった。
だから、祭りの最終日に迎えに来ると言って去っていった。
****
無数の花と豪華な飾りで装飾された船が、歓声とともに川へと押し出された。
その豪華な船に乗せられていたのは、豪奢な赤い花嫁衣装をまとったルディグナただ一人きりだった。一緒に船に乗せられた侍女たちは、布で作られた人形だった。
河の岸が、見慣れた世話役の巫女たちの姿が次第に遠くなってゆく。
ルディグナは、この景色を忘れまいとでもするかのように、岸辺から目をそらさなかった。
穏やかな河の流れが、飾り付けられた船を下流へと運んでゆく。
その船の底には、意図的に穴が開けられていた。時間がたつと、穴に詰められて泥が水に溶けだし、浸水するように作られていた。
ルディグナが大巫女に聞かされた話では、河の神の花嫁を乗せたその船は、やがて水底に進路を変えて、そのまま水底の宮殿に向かうと言うことだった。
上流からだいぶ流されたところで、船の底にはめられていた泥の詰めものが溶け、飾り立てた船の中に水が流れこみはじめた。
ルディグナは、その様子をじっと見つめていた。
ようやく動かせるようになった足が、冷たい水の流れにひたっても。
やがて、その水が、腰に、胸にと水位を上げていっても。
指一本動かすことはなく、水の中に沈んでいく自分の体を見つめていた。
*****
はじめのうち、浸水はひどく穏やかだった。
けれど、ある程度沈んだところで、急にその速度が早まった。
周りの河の水が押し寄せるようにして、ルディグナの乗った船の中に流れ込んでくる。
すると、ルディグナの体は激しい奔流の中に巻き込まれてもみくちゃにされた。
呼吸をしようと口を開けると、空気の代わりに冷たい水が流れ込んでくる。
ルディグナの体がすっかり水の中に引き込まれた時、これ以上体の中の空気が逃げださないように呼吸を止めながら、彼女は目を開いた。
ゆらゆらと、はるか上空で光が泳いでいた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
もう彼女でいいじゃないですか
キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。
常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。
幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。
だからわたしは行動する。
わたしから婚約者を自由にするために。
わたしが自由を手にするために。
残酷な表現はありませんが、
性的なワードが幾つが出てきます。
苦手な方は回れ右をお願いします。
小説家になろうさんの方では
ifストーリーを投稿しております。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる