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02.少女の夢
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(あと半年だ。)
夜の闇のように美しくまっすぐな漆黒の髪を腰のあたりまで伸ばし、黒曜石のようにきらめく黒い瞳を持つ十五歳の少女ルディグナは、自分と同じ名前の河の神のもとに嫁ぐことをとても誇らしく思っていた。
それは、彼女が物心ついた頃から河の神の花嫁になることは、大変名誉なことと世話役の巫女たちから言い聞かせられてきたせいでもあった。
****
この国を治める王でさえも御社に参拝したときは、輿から降りて、自分の娘のような幼い少女の前にひざまづく。
最初は自分よりもずっと立派な服を着た大人がそんなことをするので、幼いルディグナは大変驚いたものだった。
けれど、世話役の巫女たちが説明してくれたところによると、この国を守っている守護神が河の神・ルディグナであり、王は河の神から民を預かる羊飼いのようなものに過ぎないのだと言う。
河の神の花嫁となるものは、この国を治める王よりもはるかに高い位を与えられているのだと言う。
幼い彼女はそういうものかと感心した。
そして、あのように立派な王様よりも偉い河の神とは、どんな人だろうと考えた。
答えは、十五年に一度、祭りの日にしか開かれぬ御社の最奥にあった。
そこにまつられている絵には、蛇のような細長い体に、細く短く鋭い爪を持った生き物が描かれていた。
ルディグナは、特例として祭りの日以外にも大巫女に連れられてそこに行くことができた。
そこで、これが河の神のお姿だと教えられた。
かの神は、民を守る代わりに人間たちの間から花嫁を受けとるのだと言う。
御社を取り仕切る大巫女は、十五年に一度、河の神・ルディグナからの神託を受け、御社にいる大勢の巫女たちと巫女見習いの子供たちの中からただ一人の少女を選び出す。
その少女は、『河の神の花嫁』として運命が定められた瞬間に、生まれ落ちた時に親から与えられた名前を捨て、河の神と同じ名前を与えられる習わしになっていた。
****
ある日の夜、いつものようにルディグナは寝所に入ると、世話役の巫女たちを下がらせた。
その後、いつものようにこれから自分が暮らすことになる水底の宮殿について思いを馳せていた。
その時、突然、背後からどさりという物音がした。
てっきり巫女たちのうちの誰かが戻って来たと思い、ルディグナは自分の大切な瞑想の時間が破られたことに軽い苛立ちを覚えた。
彼女は、後ろを振り向かぬまま、冷たい声で命じた。
「この時間は入って来てはならぬと言っておいたはず。早く出てゆけ!」
「これはまた、ずいぶんな言い種だね」
ルディグナが驚いたのは、その者は急いで出ていくどころか、ひょうひょうとした口調で口答えさえしてきたからだ。
「せっかく人目を忍んでここまでやって来たって言うのに、ずいぶんとつれないお姫様だ」
返って来た聞き慣れぬ低い声に、少女は驚いて振り向いた。
そこで目にしたのは、本来世話役の巫女たちしか入れぬはずの彼女の寝所に、見知らぬ人間が立っている光景だった。
ルディグナの目に映った人物は、御社で一番の美人と呼ばれている踊り子よりもさらに綺麗な顔をしていた。そして、身に付けているのは見たこともないような白い奇妙な服。
御社の者たちが着用しているような襟を合わせる着物ではなく、襟のところに切り込みが入ったゆったりとした服に、短剣をさした腰帯を巻いていた。
遠くからしか見たことのない護衛の神官たちのように、背が高く丸みのない骨ばった体つき。
そして、牛乳のように白い肌。
何よりも奇妙だったのは、後ろで一つに結わえたその髪の色だった。
まるで、儀式の時に使う貴重な刺繍糸のように、明るい金色をしていた。
その異様な姿に、いつもは気丈なルディグナも少しばかりたじろいでしまった。
夜の闇のように美しくまっすぐな漆黒の髪を腰のあたりまで伸ばし、黒曜石のようにきらめく黒い瞳を持つ十五歳の少女ルディグナは、自分と同じ名前の河の神のもとに嫁ぐことをとても誇らしく思っていた。
それは、彼女が物心ついた頃から河の神の花嫁になることは、大変名誉なことと世話役の巫女たちから言い聞かせられてきたせいでもあった。
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この国を治める王でさえも御社に参拝したときは、輿から降りて、自分の娘のような幼い少女の前にひざまづく。
最初は自分よりもずっと立派な服を着た大人がそんなことをするので、幼いルディグナは大変驚いたものだった。
けれど、世話役の巫女たちが説明してくれたところによると、この国を守っている守護神が河の神・ルディグナであり、王は河の神から民を預かる羊飼いのようなものに過ぎないのだと言う。
河の神の花嫁となるものは、この国を治める王よりもはるかに高い位を与えられているのだと言う。
幼い彼女はそういうものかと感心した。
そして、あのように立派な王様よりも偉い河の神とは、どんな人だろうと考えた。
答えは、十五年に一度、祭りの日にしか開かれぬ御社の最奥にあった。
そこにまつられている絵には、蛇のような細長い体に、細く短く鋭い爪を持った生き物が描かれていた。
ルディグナは、特例として祭りの日以外にも大巫女に連れられてそこに行くことができた。
そこで、これが河の神のお姿だと教えられた。
かの神は、民を守る代わりに人間たちの間から花嫁を受けとるのだと言う。
御社を取り仕切る大巫女は、十五年に一度、河の神・ルディグナからの神託を受け、御社にいる大勢の巫女たちと巫女見習いの子供たちの中からただ一人の少女を選び出す。
その少女は、『河の神の花嫁』として運命が定められた瞬間に、生まれ落ちた時に親から与えられた名前を捨て、河の神と同じ名前を与えられる習わしになっていた。
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ある日の夜、いつものようにルディグナは寝所に入ると、世話役の巫女たちを下がらせた。
その後、いつものようにこれから自分が暮らすことになる水底の宮殿について思いを馳せていた。
その時、突然、背後からどさりという物音がした。
てっきり巫女たちのうちの誰かが戻って来たと思い、ルディグナは自分の大切な瞑想の時間が破られたことに軽い苛立ちを覚えた。
彼女は、後ろを振り向かぬまま、冷たい声で命じた。
「この時間は入って来てはならぬと言っておいたはず。早く出てゆけ!」
「これはまた、ずいぶんな言い種だね」
ルディグナが驚いたのは、その者は急いで出ていくどころか、ひょうひょうとした口調で口答えさえしてきたからだ。
「せっかく人目を忍んでここまでやって来たって言うのに、ずいぶんとつれないお姫様だ」
返って来た聞き慣れぬ低い声に、少女は驚いて振り向いた。
そこで目にしたのは、本来世話役の巫女たちしか入れぬはずの彼女の寝所に、見知らぬ人間が立っている光景だった。
ルディグナの目に映った人物は、御社で一番の美人と呼ばれている踊り子よりもさらに綺麗な顔をしていた。そして、身に付けているのは見たこともないような白い奇妙な服。
御社の者たちが着用しているような襟を合わせる着物ではなく、襟のところに切り込みが入ったゆったりとした服に、短剣をさした腰帯を巻いていた。
遠くからしか見たことのない護衛の神官たちのように、背が高く丸みのない骨ばった体つき。
そして、牛乳のように白い肌。
何よりも奇妙だったのは、後ろで一つに結わえたその髪の色だった。
まるで、儀式の時に使う貴重な刺繍糸のように、明るい金色をしていた。
その異様な姿に、いつもは気丈なルディグナも少しばかりたじろいでしまった。
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