上 下
60 / 73

第五十三話 後は時間を待つばかりでございます

しおりを挟む
 魔の王の城には、王が幻魔たちを集めて謁見えつけんを行うための広いホールがある。
 城の中で、最も天井の高いそのホールに、全ての幻魔議員とその魔人たち、人間たちがひしめき合っていた。
 ホールの北側は一段高くなっていて、大きな椅子が据え付けられている。遊色の宝石で飾られた椅子は、まさに玉座と呼ぶに相応しい華美なつくりだ。
 その後には、巨大なアーチ状の窓枠。はめられているガラスは歴代の王を讃えるためのステンドグラスだった。
 玉座に向かって赤い絨毯じゆうたんが一筋、敷かれている。その上を、深い紫色の引きずるほど長いマントを身に着けたイリスがゆっくりと玉座に向かって歩いて行く。
 今日のイリスは整髪料で髪を撫でつけ、横顔もりりしい。すそとそでの長い王の盛装は、黒と紫色を基調にしていた。
 玉座の脇には、ナティエがやはり盛装でイリスを待ち受けている。その手にクッションに載せた王冠を捧げ持っていた。
 一歩、一歩。イリスは玉座に近づいていく。
 その様子を、参列者たちは固唾を飲んで見守っている。
 泰樹たいきはシャルと並んで、玉座の影に立っていた。そこは、舞台袖のような場所で、魔の王のに仕える側仕えたちが控えていた。シーモスもすぐそばにいる。
 アルダーはイリスの後から、剣を捧げ持ってついていく。王の護衛は、アルダーとレオノ、それから城側が決定した2人の魔人たちだった。
 新王が、玉座の下に立つ。護衛たちは階段の前で剣を捧げ持ったまま、直立する。
 新たなる王の誕生を祝うための楽団も用意されていたが、その瞬間、会場は静まりかえっていた。
 ナティエが、王冠を新王に差し出す。金細工の見事な王冠を受け取って、イリスは階段を上った。
 玉座の前で、イリスは会場を振り返った。そのまま全てを見回して、王冠を頭にいただく。
 全てリハーサル通り。イリスが王冠を身に着けた瞬間に、楽団が荘厳な音楽を奏で始める。リハーサルの時もスゴいとは思ったが、こうして本番を迎えると、感慨もひとしおだ。
 イリスはゆっくりと、玉座に腰掛ける。階下の人びとを見下ろして、イリスはさっと右手を挙げた。それを合図に楽団は演奏を止める。

「みな、言祝げ! 新たなる魔の王陛下のご即位を!!」

 ナティエが叫ぶ。参列者は口々に感嘆の声を上げて、手を叩いた。

「陛下!」
「陛下!」
「新王陛下!!」

 一通り参列者がざわめくと、ナティエは「静粛に!」と告げる。水を打ったように、人びとは静かになった。

「魔の王陛下。みなにお言葉を」

 うやうやしく頭を下げたナティエを、イリスはちらりと見た。

「……みな、大儀である。この、良き日を迎えられたことを、余は嬉しく思う」

 イリスは、精一杯の威厳をもって、丸暗記した原稿を読む。りんとした声音は、いつものイリスからは考えられないような低さだ。

「新しい魔の王として、余は……ううん。やっぱりこんなの変。僕は、『余』じゃない」

 一人納得したようにイリスはうなずいて、参列者たちを見回して立ち上がった。

「うん! あのね! 悪いけど、僕は僕の言葉で話す! 僕は、昔、魔の王様に幻魔にして貰った。前の魔の王様は優しくて、偉大な方だったよ。僕はそんな風に言われる王様になりたい。だから、僕は僕が出来ることを一生懸命やってみる! 僕は、自分が魔の王様になれるなんて思ってもみなかった。まだまだ、勉強し無きゃいけない事も多いと思う。でも、みんなは僕を選んでくれた。だから、僕は全力を尽くす。みんなも、僕に力を貸して欲しい!」

 王としてはつたない言葉だ。それでも、イリスにとっては一番真摯しんしな言葉。絶対的に強大な王ではなく、人びとと手をたずさえて行くことの出来る王こそが、イリスの理想なのだ。
 初めに手を叩いたのは、きっとシーモスだった。泰樹やシャル、他にもイリスを知っている者たちが次々と手を叩いた。それは他の参列者たちにも飛び火して、会場であるホールは割れんばかりの拍手に包まれた。



 戴冠式が済んで、イリスは着替えを済ませた。今日からは、この魔の王の城がイリスの『お家』になる。

「お疲れ様でございました。陛下」

 着替えを手伝っていたシーモスが、一礼する。この場には、城つとめの側仕えたちもいる。その点を、シーモスは良く心得ていた。

「着替え、終わったか? イリス……陛下」

 ひょいと顔を出した泰樹がたずねると、イリスはホッとしたようにうなずいた。

「うん。終わったよ、タイキ。でも、明日は晩餐会ばんさんかいだって」
「晩餐会、か。……晩餐会はもうこりごりだぜ」
「そうだね!」

 レオノに誘拐された日の晩餐会が、頭の中をよぎる。思い出に苦笑した泰樹に、イリスは微笑んだ。

「これから、お城を案内して貰ってね、それから一度お家に帰る。僕も絶対に『儀式』を見たいから」
「イリス陛下。この城は、陛下の『お家』でございます」

 たしなめるように、シーモスが口をはさむ。

「……うん。そうだね。じゃあ、『前のお家』。それで、いいの? シーモス」
「はい。結構でございます。陛下。それから、『儀式』の準備は万端整っております。後は時間を待つばかりでございます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】【完結】早逝した薄幸の少女、次の人生ガチムチのオッサンだった。

DAKUNちょめ
BL
王城にて、17歳のリヒャルト王子の護衛騎士をしているオズワルド40歳。 頭を強く打った拍子に、自身の前世が病により痩せ細って一人寂しく死んだ少女であった事を思い出した。 ━━生まれ変わったら、健康で丈夫な身体で、王子様みたいな人と恋をしたい━━ そんな彼女の願いを神が聞き届けたのか何なのか、健康で頑丈な身体を持って生まれた上に、本物の王子様と近い位置にいるオズワルドだが…… 「今、前世の願いを思い出した所でどうしろと!? 俺が王子と恋愛なんか出来るワケ無いだろ!!」 ◆この作品は小説家になろうにも掲載してます。

鍵っ子少年のはじめて

Ruon
BL
5時45分頃、塾帰りのナツキは見知らぬ男の人に後をつけられていると知らずに帰宅した瞬間、家に押し入られてしまう。 両親の帰ってくるまで二時間、欲塗れの男にナツキは身体をいやらしく開発されてしまう。 何も知らない少年は、玩具で肉棒で、いやらしく堕ちていく─────。 ※本作品は同人誌『鍵っ子少年のはじめて』のサンプル部分となります。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

アラフィフΩは檻の中

きみいち
BL
ひきこもり翻訳家の佐倉伊織(さくらいおり)は、Ω(オメガ)で46歳の今日まで番(つがい)を持たずに生きて来た。 発情期が来なくなったな、年だからかな、とのんきにかまえていたら、どうやら生死に関わる問題だったらしい。 死ぬのは嫌だ。死んだら友人である英国人作家リチャード=ブラフォード(31)のシリーズ小説の続きが読めなくなってしまう。 そうだ。発情期が来ないのなら、来るようにすればいい――つまり、α(アルファ)との性交渉だ! ------------ ※小説家になろう、にも掲載中

【R18/シリーズ】媚薬に冒された村人LはSランク冒険者に助けられた!

ナイトウ
BL
Sランク剣士冒険者攻め、平凡村人受け 【前編】蔦姦、異種姦、媚薬、無理やり、乳首イキ、尿道責め、種付け 【後編】媚薬、前立腺責め、結腸責め、連続絶頂、両想い(多分) 【続編前編】対面座位、受フェラ、中イキ、トコロテン、連続絶頂 【続編中編】スライム攻め、異種姦 【続編後編】おねだり、淫語、擬似産卵、連続絶頂、潮噴き、乳首責め、前立腺責め、結腸責め 【御礼】 去年後編執筆中にデータが消えて復元する気力も尽きていましたが、続きのリクエストをいくつか頂いてやる気が出て再執筆出来ました。 消えたのと同じ話にはなりませんでしたがエロも増え、2人の関係もより深掘り出来た(当社比)かなと思います。 コメント下さった方、お気に入り下さった方、読んでくださった方ありがとうございました!

屈強冒険者のおっさんが自分に執着する美形名門貴族との結婚を反対してもらうために直訴する話

信号六
BL
屈強な冒険者が一夜の遊びのつもりでひっかけた美形青年に執着され追い回されます。どうしても逃げ切りたい屈強冒険者が助けを求めたのは……? 美形名門貴族青年×屈強男性受け。 以前Twitterで呟いた話の短編小説版です。 (ムーンライトノベルズ、pixivにも載せています)

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...