上 下
53 / 73

第四十七話 『決闘裁判』の行方

しおりを挟む
「んっ……痛いよ!」

 無造作に拳を払われた。そのままレオノの身体が吹っ飛ぶ。どうにか、着地。先ほど殴られた腹をかばいながら、レオノはどうにか立ち上がる。痛いとは言っているが、イリスは小揺るぎもしていない。なんてヤツだ。

「はあ……はあ……でたらめだよぉ……アイツぅ……っ」

 ぺっと血を吐き出して、レオノはかけだした。渾身こんしんの力で飛び上がり、イリスの顔をめがけて右手の爪を振り下ろす。
 イリスはとっさに角を突き出した。その先端が、レオノの手のひらに深々と刺さる。

「ぐぎゃああぁぁ!!!!」

 レオノの悲鳴が、会場に響き渡った。
 イリスが雄牛のように頭を振ると、レオノは吹き飛ばされて地面に転がった。
 よろよろと、レオノが立ち上がる。その右手からあふれ出た血が、ぽたりぽたりと落ちる。
 服の一部を裂いて、レオノが即席の包帯を作って手のひらに巻いた。『決闘』のルールでは勝敗が決するまで、他者が治療を出来ないことになっている。傷が増えていくほど、そちらが不利になっていく。
 レオノが止血する間、イリスは黙って待っていた。それが、余計にレオノのしゃくに障る。

「……ふんっ。余裕かよぉ……っ」
「今のうちに降参すれば? 別に僕は君の命まではいらないよ」
「命乞いなんかぁ! するかよぉおお!!」

 レオノは怒りを雄叫びに変える。
 巨体に似合わぬ素早さで突進。身をかがめて、イリスの拳を避ける。そのまま伸び上がり、アゴを殴り抜けようとして拳を伸ばす。

「きゃあ!」

 しかし、無意識に身をひねってかわしたイリスの太い尻尾が、横ぎにレオノの横っ腹を直撃する。

「ぐ……っぁ……っ!」

 竜の尻尾の一撃は、いっそ拳よりも強烈で。
 地面に叩きつけられたレオノは、脇腹を押さえてうずくまってしまった。

「はあ……はぁ……っそいつは……飾り、じゃ……ねぇのかよぉ……」
「ああ、びっくりした! 尻尾もちゃんと動くんだよ、レオノくん!」

 確かに、イリスは腹を立てているのかも知れない。だが、その声にも態度にも、闘志は微塵みじんも感じられない。自分がひどく空回りしているような感覚に陥って、レオノは苦笑を漏らす。

「クソっがぁ……やってられねぇやぁ。こんなのぉ……勝負になる、かよぉ……っ」

 レオノは地面に座り込んで、足を投げ出した。勝てるビジョンが浮かばない。勝てるプランが浮かばない。そんな相手が、子供のように「きゃあ」と悲鳴を上げるのだ。もう戦意など、どこかに行ってしまった。

「はあ……はあ……オレはぁ……もう、肋骨ろつこつが何本が肺に刺さってるぅ……このままだとぉ……死ぬぅ……もう、降参だぁ。オレは『苛烈公』何かのために……死にたくねぇ」
「うん。それなら僕の勝ちだね。タイキとアルダーくんに謝ってくれる? レオノくん。治療、した後で良いから」

 にっこりと、イリスが笑う気配がする。竜の面は表情筋が硬いのか、はっきりとは解らないが。

「はあ……っ……良いよぉ。今度こそ、約束、するぅ……悪いこと、しちまった、からなぁ……」
「うん。ありがとう。……さあ! レオノくんは降参したよ! 僕の勝ちだね! ナティエちゃん!!」

 イリスは両手を広げて、観客と見届け人、それから被告に高らかに宣言する。



「やったー!!!!」

 関係者席で泰樹たいきは喜びを爆発させて、アルダーに抱きついた。

「やったな!!」

 アルダーも、珍しく興奮している。二人は手を取ってイリスの勝利を喜び合う。

「……え、あ……イリス、様……めちゃくちゃ……強ええ……」

 呆然ぼうぜんと、シャルがつぶやく。改めて、とんでもない主人を持ってしまったモノだとでも思ったのか。その瞳は、会場のイリスに釘付けになっている。

「……言っただろう? イリスが負けるわけがないと」

 アルダーが、当然だとでも言いたげに笑う。

「うん、うん! イリス、スゲえ!! 最高!!」



 泰樹たちと同じように観客は興奮している。だがそれはイリスの勝利を喜ぶと言うよりは、消化不良を訴えるモノだった。瀕死ひんしの重傷とは言え、レオノは死んではいない。流血が足りない。
 この『決闘裁判』は華麗な死合しあいと言うよりは、一方的な児戯じぎだった。それは観客たちに不満を抱かせる。

「殺せ!」

 誰かが、最初にそう叫ぶ。

「殺せ!」
「殺せっ!」
「殺せぇ!!」

 たちまち、会場中は大合唱。生贄を求める群衆は、拳を突き上げる。

「そうだ! 殺してしまえ! そんな役立たず!!」

 会場の一角で、叫んだのは『苛烈公』。それをイリスは聞き流さなかった。

「うるさい!! みんな黙れ!! レオノくんはもう戦えない。もう十分だ! 僕は殺さない。そんなこと、僕は望まない!」

 大音声で、イリスが叫ぶ。それは竜の咆哮ほうこうにも似て、人びとの耳を打つ。しんと、会場は静まりかえった。

「……ラルカくん! レオノくんは君のために戦った! それをなんだ! 君が、彼を『役立たず』なんて言う資格は無い!!」
「だがそいつは負けた!! 勝たなければ、意味など無い!!」

ラルカの反駁はんばくに、イリスはぐらるるる……と低くうなる。

「そんな事言うなら、君が戦えば良いだろ! おりてこい! 僕は相手になるよ!!」
「誰が……お前のような化け物と戦うか!! 半竜人が!!」
「……この上、まだ僕をあなどるのか、『苛烈公』。もう、絶対に、許さないっ!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】【完結】早逝した薄幸の少女、次の人生ガチムチのオッサンだった。

DAKUNちょめ
BL
王城にて、17歳のリヒャルト王子の護衛騎士をしているオズワルド40歳。 頭を強く打った拍子に、自身の前世が病により痩せ細って一人寂しく死んだ少女であった事を思い出した。 ━━生まれ変わったら、健康で丈夫な身体で、王子様みたいな人と恋をしたい━━ そんな彼女の願いを神が聞き届けたのか何なのか、健康で頑丈な身体を持って生まれた上に、本物の王子様と近い位置にいるオズワルドだが…… 「今、前世の願いを思い出した所でどうしろと!? 俺が王子と恋愛なんか出来るワケ無いだろ!!」 ◆この作品は小説家になろうにも掲載してます。

鍵っ子少年のはじめて

Ruon
BL
5時45分頃、塾帰りのナツキは見知らぬ男の人に後をつけられていると知らずに帰宅した瞬間、家に押し入られてしまう。 両親の帰ってくるまで二時間、欲塗れの男にナツキは身体をいやらしく開発されてしまう。 何も知らない少年は、玩具で肉棒で、いやらしく堕ちていく─────。 ※本作品は同人誌『鍵っ子少年のはじめて』のサンプル部分となります。

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

【R18/シリーズ】媚薬に冒された村人LはSランク冒険者に助けられた!

ナイトウ
BL
Sランク剣士冒険者攻め、平凡村人受け 【前編】蔦姦、異種姦、媚薬、無理やり、乳首イキ、尿道責め、種付け 【後編】媚薬、前立腺責め、結腸責め、連続絶頂、両想い(多分) 【続編前編】対面座位、受フェラ、中イキ、トコロテン、連続絶頂 【続編中編】スライム攻め、異種姦 【続編後編】おねだり、淫語、擬似産卵、連続絶頂、潮噴き、乳首責め、前立腺責め、結腸責め 【御礼】 去年後編執筆中にデータが消えて復元する気力も尽きていましたが、続きのリクエストをいくつか頂いてやる気が出て再執筆出来ました。 消えたのと同じ話にはなりませんでしたがエロも増え、2人の関係もより深掘り出来た(当社比)かなと思います。 コメント下さった方、お気に入り下さった方、読んでくださった方ありがとうございました!

屈強冒険者のおっさんが自分に執着する美形名門貴族との結婚を反対してもらうために直訴する話

信号六
BL
屈強な冒険者が一夜の遊びのつもりでひっかけた美形青年に執着され追い回されます。どうしても逃げ切りたい屈強冒険者が助けを求めたのは……? 美形名門貴族青年×屈強男性受け。 以前Twitterで呟いた話の短編小説版です。 (ムーンライトノベルズ、pixivにも載せています)

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

処理中です...