上 下
33 / 73

第三十一話 お体の具合はどうですか?

しおりを挟む
「アルダー様から、タイキ様と合流してからのお話はだいたいうかがいました。その前に、一体何が起こったのですか?」

 シーモスの問いに、泰樹たいきは『暴食公』に誘拐されたこと、危ういところで『暴食公』に小びんを割らせてアルダーが来てくれたことを説明する。
 イリスがいるので、『食われた』ことは伏せておく。

「レオノくんが?! タイキを食べないって約束したのに! あ、食べてはいないのか……でも、でも! もー! 許せない!!」

 確かに食べられてはいない。そういう意味では。
 ぷんぷんと音を立てそうにイリスは腹を立てているが、いまいち迫力に欠ける。
 泰樹はよしよしと笑って、イリスの頭を撫でた。

「そうですか……『暴食公』はそんな手を……幻魔様や魔人は、必ず一つ以上の『能力』を持っておいでです。『暴食公』の『夢幻収納インフィニティー・ストレージ』もその一つですね。アルダー様には『魔獣転身ターンオーバー』が発現されました」
「あー、じゃあ、イリスとシーモスも何か凄い『能力』ってヤツを持ってるのか?」

 流石ファンタジー世界。何だかカッコいい。
 泰樹は二人の『能力』が気になって、ついたずねた。

「それは、秘密、でございます。多くの場合、魔の者は自分の能力を公にはいたしません」
「あーそっか。それがソイツの切り札になるかも知れねえもんな」

 能力バトルマンガでも、能力者は自分の力を秘密にするモノだ。それは何となくわかる。

「例外もございます。『冷淡公』の『跳躍ジャンプ』、『暴食公』の『夢幻収納』などは大勢の、それこそ魔の者でない人びとにも知れ渡っていますね」
「なんで、その二人は自分の能力をあかしてるんだ?」
「防ぎようがない、からでございましょうね。『冷淡公』の『跳躍』は空中に逃れるほか、かわす術がございませんし、『夢幻収納』は戦闘向きではありません。『暴食公』はご自身の戦闘力の方が恐ろしいかも知れませんね」
「あのねー! 僕のはねー『変身メタモルフォーゼ』! どんな生き物にも変身出来るんだよ!」

 秘密だとシーモスが言っている側から、イリスは楽しげに自分の能力を明かしてしまう。

「イリス様、それは内緒にしておいて下さいと、いつも申し上げておりますでしょう?」
「うん。大丈夫。もちろん、特別な人にしか教えてないから。タイキなら、良いでしょ?」

 仕方ありませんね、とシーモスは苦笑する。

「ああ、それで、イリスはドラゴンに変身出来るのか?」

 それで納得した。泰樹がうなずいていると、イリスは首を振る。

「ううん。それはまた別。僕は竜人りゆうじんの血を引いてるから、竜になれるんだよー」

 竜人? また聞き覚えの無い、新しい単語だ。
 シーモスをチラリと見ると、眼鏡に手をやって解説してくれる。

「竜人様方は半分神話の存在でございます。世界をお作りになった竜王様と、地上の人びとを橋渡しするお役目とも。大変に背が高く、人のような姿と、巨大な竜の姿を行き来する、と文献にはございます。残念ながら、わたくしも純粋な竜人様にお目にかかったことはございませんが」
「ふーん。背が高く、人と竜を行き来する……か。確かにイリスと同じだな」

 泰樹が感心していると、イリスはむんっと力こぶを作るが、大して膨らんでいないように見える。

「僕の力が強いのも、幻魔の能力じゃ無くて、そのせいだよ。竜人はみんな力持ちなんだ!」

 そう言えば、必死に作ったバリケードをやすやすと突破された事も有ったっけな……
ありゃ、シーモスに初めて『献血』したの日の朝だった。

「なるほどなー。イリスはすげーな!」
「えへへー!」

 得意げに胸を張るイリス。その頭を撫でていると、いつの間にやらアルダーがワゴンに何かを乗せて運んで来た。

「イリス、タイキ。腹は減っていないか?」

 ワゴンからは、食べ物のいい匂いが漂ってくる。これは、なんだろう? 
 ソースとケチャップが、入り交じったような甘い香り。それに、肉が焼けたような香ばしい香りも。
 美味そうな匂いを嗅いだ途端に、泰樹の腹の虫がぐきゅると鳴いた。

「あ、ハンバーグだー!」

 登場したハンバーグに、イリスは思わず喜びの声を上げる。

「おおー!! さんきゅー! もう腹ペコペコだー! 今すぐ食いてえー!!」
「タイキはスープから食え。肉からだと胃が驚く。イリスはパンとコメ、どちらが良い?」
「僕はおコメー!!」

 テキパキと給仕をこなすアルダーの姿に、泰樹はつい口を滑らす。

「……気づかい魔人」
「ん? 何か言ったか?」
「いーや、なんでもねー!!」

 キョトンと顔を上げたアルダーに、泰樹はにっと笑ってみせる。
 そんな三人の様子を、シーモスは微笑んで見つめていた。



 食事を終えて、イリスとアルダーは客間を出て行った。
 食器を片付けに来た使用人たちもいなくなって、客間には泰樹とシーモスの二人きり。

「……お体の具合はどうですか? タイキ様。お倒れになられている間に『治癒』の魔法をおかけしたのですが」
「ああ。ありがとよ。大丈夫。もう、足も痛まねーし、飯も食ったからエネルギーも満タンだぜ!」

 念の為にベッドに入っている物の、泰樹はもうすっかり回復している。シーモスはベッドに腰掛けて、じっと泰樹を見つめた。

「……心配、いたしましたよ?」

 シーモスの、遊色の瞳が潤んで見える。それで、泰樹は何も言えなくなってしまった。

「……レオノのやつにさ……『食われた』」
「それは、どちらの意味で?」

 ぽつりと泰樹が漏らしたつぶやきに、シーモスは眉をひそめた。

「アンタが思ってるような方の意味。良いようにされてさ。訳がわかんなくなるまで、こーんなデカいのでハメられて……くそ……なんで、こんな……あ、あぁ……っ」

 笑って言おうとするのに。涙が両眼からあふれ出るのを止めることが出来ない。

「アルダーが、来て、くんなかったら……俺、今日もあいつに……っ」

 泰樹の肩が、がくがくと震えている。シーモスは何も言わずに、そっと泰樹を抱き寄せた。

「……っ……あんなのに、筋力で対抗出来るわけがねえ……っ」
「……タイキ様」
「……それに、アルダーが、死ぬかも、って思った時、ホントに怖かった……っ! アンタがいてくれたら、ってマジで思った……っ」
「タイキ様……」

 シーモスの肩に顔を埋めて泣きじゃくりながら、泰樹は恐怖の感情を吐き出していく。

「怖かった……っ……俺一人じゃどうしようも出来ない……っ……怖かった、怖かったんだよおー!!」

 ゆっくりと背中を撫でるシーモスの手に身をゆだねて、泰樹は泣き続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

婚活パーティーで、国一番の美貌の持ち主と両想いだと発覚したのだが、なにかの間違いか?

ぽんちゃん
BL
 日本から異世界に落っこちた流星。  その時に助けてくれた美丈夫に、三年間片思いをしていた。  学園の卒業を目前に控え、商会を営む両親に頼み込み、婚活パーティーを開いてもらうことを決意した。  二十八でも独身のシュヴァリエ様に会うためだ。  お話出来るだけでも満足だと思っていたのに、カップル希望に流星の名前を書いてくれていて……!?  公爵家の嫡男であるシュヴァリエ様との身分差に悩む流星。  一方、シュヴァリエは、生涯独り身だと幼い頃より結婚は諦めていた。  大商会の美人で有名な息子であり、密かな想い人からのアプローチに、戸惑いの連続。  公爵夫人の座が欲しくて擦り寄って来ていると思っていたが、会話が噛み合わない。  天然なのだと思っていたが、なにかがおかしいと気付く。  容姿にコンプレックスを持つ人々が、異世界人に愛される物語。  女性は三割に満たない世界。  同性婚が当たり前。  美人な異世界人は妊娠できます。  ご都合主義。

遠距離恋愛は続かないと、キミは寂しくそう言った【BL版】

五右衛門
BL
 中学校を卒業する日……桜坂光と雪宮麗は、美術室で最後の時を過ごしていた。雪宮の家族が北海道へ転勤するため、二人は離れ離れになる運命にあったためだ。遠距離恋愛を提案する光に対し、雪宮は「遠距離恋愛は続かない」と優しく告げ、別れを決断する。それでも諦めきれない桜坂に対し、雪宮はある約束を提案する。新しい恋が見つからず、互いにまだ想いが残っていたなら、クリスマスの日に公園の噴水前で再会しようと。  季節は巡り、クリスマスの夜。桜坂は約束の場所で待つが、雪宮は現れない。桜坂の時間は今もあの時から止まったままだった。心に空いた穴を埋めることはできず、雪が静かに降り積もる中、桜坂はただひたすらに想い人を待っていた。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

処理中です...