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第二話 私の言葉は理解出来ますか?

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 ……ちゃーん。

 ――ああ、誰かが俺を呼んでる。

 ……うちゃーん。

 ――あれは、誰だ?

 ――とうちゃーん。

 小さな子供たちの声だ。ああ、なんだ。あれは娘と息子だ。二人が笑いながら、俺を呼んでいる。
 娘は今年で小学三年生。詠美えみに似て、溌剌とした女の子だ。息子はまだ五歳。少し人見知りで、それでも近頃は良く幼稚園での出来事を話してくれる。
 二人とも眼に入れても痛くないほど、可愛い子供たち。休日の朝はいつも寝過ごす泰樹たいきを起こしに来るのは子供たちだ。

「……ああ、すまん……今、起きるか、ら……」

 泰樹はゆっくりと、ベッドから身を起こした。

 ――おかしい。何で俺は『ベッド』に寝ているんだ?

 家は狭いアパートで、畳敷きの床に四人が並んで布団を敷いて寝ているはずだ。

「……ここは、どこだ?!」

 ぼんやりと寝ぼけていた視界がはっきりしてくると、泰樹は驚愕きようがくした。
 泰樹が跳ね起きたベッドは、ご丁寧に白い天蓋付き。それが置かれた部屋の内装は、テレビか何かで見た外国の城のように豪華だった。
 こんな場所、見覚えが無い。こんなベッド、知らない。混乱する。

「……@1b%y&,vaIg!」

 その時だった。部屋の戸を開けて、誰かが入ってきた。
 それは男、二十代半ばくらいに見える青年だ。身長181cmの泰樹が、見上げるほど背が高い。黒髪に茶色い瞳、子供のように笑う顔の上部に、奇妙な物がついている。

「角……!?」

 男のこめかみから、不思議な色に輝く角が一対生えていた。それは泰樹を抱き留めたドラゴンに生えていた物と、よく似ていた。

「G/E8@O? bqm3waw1h%bg*G8?」

 耳慣れない言葉。外国の言葉だろうか。男が何かを言っているが、泰樹にはその意味が全くわからなかった。

「……な、何言ってんだ! さっぱりわかんねー!!」

 男は言葉が通じていない事に気付いたのか、困った顔をしてじっと泰樹の顔を見つめてくる。
 その表情が、どこか自分を見上げて助けを求める時の子供たちに似ていて。泰樹は戸惑った。

「pI%%&,/pe07f+v*%cyaw!」

 男は何か叫んで、部屋を駆けだしていった。

「……何なんだよ……一体……」

 泰樹は虚空に向かってつぶやいた。まったく訳が解らない。
 ここはどこで、さっきのあいつは誰なのか。
 自分に何が起こったのが、空に投げ出されたのは夢だったのか。
 自分を助けてくれたドラゴンは?
 解らないことだらけだ。
 泰樹はベッドから抜け出した。こんな所で寝ている場合じゃない。
 身に着けていたはずの安全帯や、仕事道具を入れていた腰袋が無い。慌てて辺りを見回すと、優雅な細工の施されたテーブルの上にハーネス状の安全帯と腰袋が丁寧に並べられていた。
 誰かは知らないが、気を失った者をそのままベッドに放り込むほど不親切では無かったようだ。
 白い長袖Tシャツと紺のニッカポッカはそのまま。頭に巻いていたタオルとヘルメットは、空を落ちた時にどこかに吹っ飛んだのか影も形も無い。
 腕は、足は? 痛むところは無い。捻ったところも、違和感も無い。
 泰樹はほっと胸をなで下ろす。
 五体満足ならば何とかなる。今までもそうだったし、これからもきっとそうだ。
 ばしっと自分の頬を叩いて、泰樹は自身に気合いを入れた。
 何が何でも家に帰る。ここが外国だろうが何だろうが、愛しい妻と子供たちがいる家に。

「まずは……ここがどこだか調べねーとな」

 ここが外国なら、日本語が通じる相手はいるのだろうか。さっきの男が話していた言葉は、聞いたことの無い響きだった。英語では無いようだ。もっともあの男が英語を話していても、泰樹の英語力では会話は難しいだろう。

 ――そうだ。翻訳アプリ!

 腰袋には、現場用に支給されたスマホが入っているはずだ。慌ててテーブルに駆け寄り、スマホを探し出す。
 大丈夫だ。壊れてない。画面は点灯する。

「……あ。でも、圏外かよ。ちっ」

 泰樹は舌打ちして、室内にコンセントが無いか探し始める。スマホの電池は半分ほど。翻訳アプリを使うなら、充電しておいた方が良いだろう。充電用のコードは無いが、この建物の関係者に借りれば良い。
 しかし、見慣れた形も見慣れない形も、コンセントらしきものはこの室内に見当たらなかった。

 ――海外に行くと、コンセントの形とか違うらしいからなー。

 ガリガリと、泰樹は最近散髪をサボっていた頭をかく。乱してしまったくせっ毛の黒髪を撫でつけると、ため息をついた。

「……さっきのヤツ、戻ってこねーかな」

 テーブルの脇に、高そうな彫刻のついた椅子が置いてある。それに座るのは何だか気が引けて、泰樹はとりあえずベッドに腰掛けた。
 ベッドの下には、やはり高そうな絨毯が引いてある。足に感じる柔らかな感触で自分が靴を履いていないことに気付く。
 泰樹の安全靴は、ベッドの脇に揃えて置いてあった。それを履いている最中に、部屋の扉が開く音がした。

「1pg_! e07f+iz%bg8!」

 元気の良さそうな声と共に、先ほどの男が部屋に入ってくる。
 男は別の男を伴っていた。褐色の肌に、白い髪。二番目の男には、角が生えていない。眼鏡をかけた顔は整っていて、最初の男より年上に見える。やたらと背の高い男たちにとり囲まれたらどうしようかと思っていたが、二番目の男は泰樹より少し背が低かった。

「os。jy64。geak34N458@%2D/pf&」

 二番目の男は泰樹の顔を見て、優しげな笑みを浮かべて言った。

「すまん。俺にはあんたらの言葉がわからん」

 泰樹はお手上げとばかり、両手の平を見せて素直にそう告げる。
 二番目の男はわずかに首をかしげ、眼鏡のずれを直した。

「3z%m2@epe8@。4w*fz0e80」

 二番目の男は片手を泰樹に向けて、何かをつぶやく。その瞬間に。泰樹の耳の奥で、カチリと何かが――歯車のような何かが、しっかりとはまったような感覚がした。

「――これで、わたくしの言葉は理解出来ますか?」

 二番目の男がそう言って微笑んだ。今まで理解出来なかった言葉が、不意に日本語に聞こえて、泰樹は眼を見開いた。

「なん、で?! 日本語で、しゃべってる、んだ?!」
「ニホン語? いいえ。私たちは自分たちの言葉で話しております。変わったのは貴方の耳でございます」

 何をどうしたら、異国の言葉が急に理解できるようになるのか。その仕組みが全くわからず、泰樹は呆然と二番目の男を見つめる。
 眼鏡の奥に見える男の瞳。それは、もう一人の男の角によく似た不思議な色だった。
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