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第八話 高熱に浮かされて
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アーネストは慌てて、ピエトロをベッドに運ぶ。服を脱がせ、部屋を探し回って乾いた寝間着を着せた。ピエトロはその間、黙ってなすがままになっている。
「……ピエトロ、先生?」
ピエトロはベッドに横たわった瞬間に、気を失うように眠りについた。
水に浸した布で額に浮かんだ汗を拭ってやると、少しだけピエトロの表情が和らぐ。
アーネストはそのまま、時間を忘れてピエトロの看病を続けた。
部屋の中がすっかり暗くなって、夜の帳が下りたことを知った。
サイドテーブルの上、燭台に明かりを灯す。
ちらりちらりと揺れる光に、ピエトロの赤い顔が浮かび上がる。
荒かった呼吸は、次第に整ってきている。このまま看病を続ければ、大事には至らないだろう。
念の為に医師を呼ぶか。そう考えて、アーネストは枕元の椅子から立ち上がろうとする。
その腕に、縋り付くように。ピエトロが弱々しく手を伸ばした。
「……いか、ない、で……」
「ピエトロ先生……ピート、さん」
名前を呼んでやると、ピエトロはふっと微笑んだ。
上気した頬、枕に広がった藍色の髪。榛色の眸はすっかり熱に潤んで、アーネストを見上げてくる。
──ああ、なんて。俺の大好きな人は病の床に有っても美しい。
ごくり、と、アーネストは息を飲んだ。ピエトロは熱に浮かされ、艶めいて、自分を求めている。
「……好きに、して、いい、から……僕を、置いて、行か、ないで……?」
ピエトロは震える指先で、寝間着のボタンを外そうとする。それを押しとどめて、アーネストはそっとピエトロの額に口付けた。
「……大丈夫です。ずっと側に居ますから。だから、先ずは身体を治しましょう?」
「……う、ん……」
素直に頷いたピエトロにもう一度キスして、アーネストは椅子に座り直した。
「……アーネスト、先生……?」
その声で、目が覚めた。いつの間にやら、椅子の上で眠っていた。気が付けば、夜が明けている。
──ああ、ここはどこだっけ?
一瞬自分がどこに居るのが、解らなくなる。
ベッド上に起き上がったピエトロが、じっとこちらを見つめている。窓を背にして、朝の光に照らされた想い人は、絵のように神々しい。それで、自分がピエトロの家にいるのだと言うことを思い出した。
「……お目覚めですか? ピエトロ先生」
「あ、の……どうして、アーネスト先生が、私の、部屋に……?」
昨日の出来事を覚えていないのか、ピエトロは困ったように眉を寄せる。
「昨日、無断欠勤なさったでしょう? だから、心配で見に来たら、貴方が倒れていて……驚きました」
「あ、あ、あ……す、すみません、でしたっ……ごめんなさい……!」
慌てて頭を下げるピエトロの顔色は、いつも通りに戻っている。額に手を当てると、驚いたのか、ピエトロの肩がぴくりと跳ねた。
「うん。熱も下がったみたいですね。一応、医師を呼びましょうか?」
「い、いえ……大丈夫です……ごめんなさい、アーネスト、先生。ご迷惑をおかけして……」
しょんぼりとピエトロの眉が下がる。掛布を胸元まで引き上げて、うな垂れた。
「迷惑だなんて、そんなこと、ないです。俺の方こそ、勝手にお部屋に入ってしまってごめんなさい」
アーネストの謝罪に、ピエトロは慌てて首を振った。
「……ぼっ……私、何かのために、有り難うございます」
すぐに俯いてしまうピエトロに、アーネストは思いきって切り込んだ。
「……あのっ……どうして、昨日は『狼の牙亭』にいらっしゃらなかったんですか?」
「……っ!!」
びくり。ピエトロは頬を打たれたように、肩を震わせて、胸元に手を当てた。
沈黙が重い。やがて、ピエトロは言葉を絞り出すように息を吐いた。
「……行った、んです。……でも、貴方は……昨日のお相手を決めて、いて……お酒を奢っていた、から……だから……」
青い顔をして、ピエトロは泣き出しそうに告げた。ああ、あの時感じた気配は、ピエトロの物だったのか。一人納得するアーネストに、ピエトロは頭を下げ続ける。
「あ、えっと、それは……っ」
「……ごめん、なさい……貴方なら、僕なんかじゃ無くて、もっと若い方も、可愛らしい方もきっと奢られてくれるのに……貴方に甘えて、いました……」
「違います! 俺は……!」
ピエトロが顔を上げる。その眸から、大粒の涙が零れ落ちていた。
「……貴方は優しいから……迷惑でも、相手をしてくれていたんでしょう?」
「……!」
──そんな事あるものか!
そう、言葉にしたいのに。ピエトロが続けた言葉に、アーネストは打ちのめされる。
「……騎士団長で有った人に恋をしていた、と言ったでしょう? 僕はその人に『貴方が好きだ』と告げました。必死でした。両思いになれるなんて、思ってもいなかったし、ただ気持ちを吐き出したかっただけだったのかも」
ぼんやりと、ピエトロの眸が虚空を見つめる。傷口を開くように、血を吐くように。ピエトロは続ける。
「……結局僕は振られてしまって。それは納得しています。でも、程なくして、その人と僕しか知らない、僕の告白を騎士団の皆が知るようになったんです。それも、揶揄いや嘲りの対象になって」
「……ピエトロ、先生……っ」
「……『ちょっと優しくしてやったら、勘違いされた』って。あの人は、そう言っていたって」
ぽろぽろと、気持ちが溢れて止まらないのだろう。ピエトロは虚ろに笑みを浮かべて、泣き続ける。
「……結局、僕はいたたまれなくなって。それで騎士団を辞めたんです。でも、僕に出来ることは少なくて……剣を振るうことくらいしか出来なくて……それで、『剣統院』、に……」
「……!!」
咄嗟に、アーネストはピエトロを抱きしめた。これ以上彼に傷口を広げて欲しくない。これ以上、自分を傷付けて欲しくない。
「……もう、大丈夫、大丈夫、です……!」
「……アーネスト、先生……」
「昨日、酒を奢ったのは、あの人が俺のノロケを聞いてくれたから、です……! あの人は酒を飲みに来ただけで、あの人とは何でも無いんです!!」
アーネストの腕の中で、ピエトロの肩から力が抜けていくのが解る。
「……俺、貴方に言いたいことがあって! だから昨日は貴方を呼び出しました!」
身を離して、はっきりとピエトロの榛色の眸を見つめる。アーネストは覚悟を決めた。
「……貴方が好きです! 『剣統院』で再会したときから……ううん。きっと初めて会った時から、貴方に恋しています! だから……俺と付き合って下さい! 俺の、恋人になってください!!」
「……ピエトロ、先生?」
ピエトロはベッドに横たわった瞬間に、気を失うように眠りについた。
水に浸した布で額に浮かんだ汗を拭ってやると、少しだけピエトロの表情が和らぐ。
アーネストはそのまま、時間を忘れてピエトロの看病を続けた。
部屋の中がすっかり暗くなって、夜の帳が下りたことを知った。
サイドテーブルの上、燭台に明かりを灯す。
ちらりちらりと揺れる光に、ピエトロの赤い顔が浮かび上がる。
荒かった呼吸は、次第に整ってきている。このまま看病を続ければ、大事には至らないだろう。
念の為に医師を呼ぶか。そう考えて、アーネストは枕元の椅子から立ち上がろうとする。
その腕に、縋り付くように。ピエトロが弱々しく手を伸ばした。
「……いか、ない、で……」
「ピエトロ先生……ピート、さん」
名前を呼んでやると、ピエトロはふっと微笑んだ。
上気した頬、枕に広がった藍色の髪。榛色の眸はすっかり熱に潤んで、アーネストを見上げてくる。
──ああ、なんて。俺の大好きな人は病の床に有っても美しい。
ごくり、と、アーネストは息を飲んだ。ピエトロは熱に浮かされ、艶めいて、自分を求めている。
「……好きに、して、いい、から……僕を、置いて、行か、ないで……?」
ピエトロは震える指先で、寝間着のボタンを外そうとする。それを押しとどめて、アーネストはそっとピエトロの額に口付けた。
「……大丈夫です。ずっと側に居ますから。だから、先ずは身体を治しましょう?」
「……う、ん……」
素直に頷いたピエトロにもう一度キスして、アーネストは椅子に座り直した。
「……アーネスト、先生……?」
その声で、目が覚めた。いつの間にやら、椅子の上で眠っていた。気が付けば、夜が明けている。
──ああ、ここはどこだっけ?
一瞬自分がどこに居るのが、解らなくなる。
ベッド上に起き上がったピエトロが、じっとこちらを見つめている。窓を背にして、朝の光に照らされた想い人は、絵のように神々しい。それで、自分がピエトロの家にいるのだと言うことを思い出した。
「……お目覚めですか? ピエトロ先生」
「あ、の……どうして、アーネスト先生が、私の、部屋に……?」
昨日の出来事を覚えていないのか、ピエトロは困ったように眉を寄せる。
「昨日、無断欠勤なさったでしょう? だから、心配で見に来たら、貴方が倒れていて……驚きました」
「あ、あ、あ……す、すみません、でしたっ……ごめんなさい……!」
慌てて頭を下げるピエトロの顔色は、いつも通りに戻っている。額に手を当てると、驚いたのか、ピエトロの肩がぴくりと跳ねた。
「うん。熱も下がったみたいですね。一応、医師を呼びましょうか?」
「い、いえ……大丈夫です……ごめんなさい、アーネスト、先生。ご迷惑をおかけして……」
しょんぼりとピエトロの眉が下がる。掛布を胸元まで引き上げて、うな垂れた。
「迷惑だなんて、そんなこと、ないです。俺の方こそ、勝手にお部屋に入ってしまってごめんなさい」
アーネストの謝罪に、ピエトロは慌てて首を振った。
「……ぼっ……私、何かのために、有り難うございます」
すぐに俯いてしまうピエトロに、アーネストは思いきって切り込んだ。
「……あのっ……どうして、昨日は『狼の牙亭』にいらっしゃらなかったんですか?」
「……っ!!」
びくり。ピエトロは頬を打たれたように、肩を震わせて、胸元に手を当てた。
沈黙が重い。やがて、ピエトロは言葉を絞り出すように息を吐いた。
「……行った、んです。……でも、貴方は……昨日のお相手を決めて、いて……お酒を奢っていた、から……だから……」
青い顔をして、ピエトロは泣き出しそうに告げた。ああ、あの時感じた気配は、ピエトロの物だったのか。一人納得するアーネストに、ピエトロは頭を下げ続ける。
「あ、えっと、それは……っ」
「……ごめん、なさい……貴方なら、僕なんかじゃ無くて、もっと若い方も、可愛らしい方もきっと奢られてくれるのに……貴方に甘えて、いました……」
「違います! 俺は……!」
ピエトロが顔を上げる。その眸から、大粒の涙が零れ落ちていた。
「……貴方は優しいから……迷惑でも、相手をしてくれていたんでしょう?」
「……!」
──そんな事あるものか!
そう、言葉にしたいのに。ピエトロが続けた言葉に、アーネストは打ちのめされる。
「……騎士団長で有った人に恋をしていた、と言ったでしょう? 僕はその人に『貴方が好きだ』と告げました。必死でした。両思いになれるなんて、思ってもいなかったし、ただ気持ちを吐き出したかっただけだったのかも」
ぼんやりと、ピエトロの眸が虚空を見つめる。傷口を開くように、血を吐くように。ピエトロは続ける。
「……結局僕は振られてしまって。それは納得しています。でも、程なくして、その人と僕しか知らない、僕の告白を騎士団の皆が知るようになったんです。それも、揶揄いや嘲りの対象になって」
「……ピエトロ、先生……っ」
「……『ちょっと優しくしてやったら、勘違いされた』って。あの人は、そう言っていたって」
ぽろぽろと、気持ちが溢れて止まらないのだろう。ピエトロは虚ろに笑みを浮かべて、泣き続ける。
「……結局、僕はいたたまれなくなって。それで騎士団を辞めたんです。でも、僕に出来ることは少なくて……剣を振るうことくらいしか出来なくて……それで、『剣統院』、に……」
「……!!」
咄嗟に、アーネストはピエトロを抱きしめた。これ以上彼に傷口を広げて欲しくない。これ以上、自分を傷付けて欲しくない。
「……もう、大丈夫、大丈夫、です……!」
「……アーネスト、先生……」
「昨日、酒を奢ったのは、あの人が俺のノロケを聞いてくれたから、です……! あの人は酒を飲みに来ただけで、あの人とは何でも無いんです!!」
アーネストの腕の中で、ピエトロの肩から力が抜けていくのが解る。
「……俺、貴方に言いたいことがあって! だから昨日は貴方を呼び出しました!」
身を離して、はっきりとピエトロの榛色の眸を見つめる。アーネストは覚悟を決めた。
「……貴方が好きです! 『剣統院』で再会したときから……ううん。きっと初めて会った時から、貴方に恋しています! だから……俺と付き合って下さい! 俺の、恋人になってください!!」
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