アルデリク家の兄弟

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弟の話

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 その日を境に、俺たちは行為をするようになった。元々、同じベッドで就寝していたが、そこにセックスが追加された。
 兄は、とても嫌がっていた。口に出さずとも俺はそれを感じ取っていた。けれど、やめない。ようやく手に入れることができた兄を、手放すことが出来なかった。
 さめざめと泣きながら挿入されている兄は、哀れという言葉そのものである。
 ティエリは俺を突き放すことが出来ない。実の母に捨てられ、血の繋がらない父に暴行を受ける彼は、もう俺に縋るほかないのだ。
 挿入し、わざとらしく耳元で「好きだよ」と呟く俺は、とても卑怯者だ。中の締まり具合を楽しみながら、兄の複雑そうな表情を見つめる時、俺は父に一歩近づいた気分を味わう。
 俺たちの関係を、父は一切嗅ぎつけなかった。俺がいくら熱っぽい目で兄を見ていても、父は何も興味を示さない。実の息子に────血が繋がっていないとはいえ────兄を抱けと強要するぐらいだ。彼は何処か察しが悪く、ネジが飛んでいるのだろう。

「本当に、あの女に似てきた」

 父はいつも、酒瓶を片手に兄をいたぶっていた。夕食を作る彼の髪を引っ張って押し倒したり、勉強中の彼を蹴飛ばしたりした。目の端でそれを捉えながら、怯える兄を楽しんでいるんだから、俺も救いようがない。
 しかし、どういうことか、その日は違った。食事をしていた父が配膳をしている兄の顎を掴み、品定めするようにジロジロと視線を貼り付けていた。兄は怯えたまま肩を竦め、時間が過ぎるのをただひたすら待っている。
 いつもなら、父が兄の頬を殴り、俺がそれを止めに入る。「もう良いだろ」と制すると、父は不機嫌になりながらも、暴行の手を止めるのだ。
 原因は分かっている。俺が、父ほどの体格に成長したからだ。十六歳になった俺を、もう子供の頃のようにコントロールできないと理解し、無理に押さえたりしなかった。

「おい、口を開けろ」

 父が、兄の唇を指先で弄る。俺はその光景を目の当たりにし、 身体中の血が沸騰するような感覚に陥り、一瞬目の前が真っ白になった。兄は震えながら父の命令に従い、口を開ける。中に、指を入れ込んだ。厚い指先がティエリの舌を引っ張る。

「んっ……」

 兄が微かに声を漏らした。彼の唾液が、父の手を伝う。その光景にドキドキと心臓が脈を打った。

「……ふん。しゃぶるのも下手そうだな、お前は」

 ドンとティエリを突き放す。兄はフラフラと後ろへ退いた。顔色を悪くし、口元を拭う。「ごめんなさい」とひとりごち、配膳の続きをするためキッチンへ戻った。
 俺は怒りのあまり、動き出せずにいた。額に滲んだ汗が静かに頬へ流れる。
 ────父はいつか、兄に手を出すかもしれない。
 酒瓶を傾け、喉を鳴らし飲んでいる父を見つめる。明確に芽生えた殺意を胸の中に押し込めた。



「親父を殺そうと思うんだ」

 静まり返った寝室。月明かりが、隣に寝ている兄の頬を照らしている。横抱きにしたまま彼の耳元で囁くと、ティエリの体が跳ねた。顔を傾け、俺を見つめる。その瞳に光が差している。
 一度だけ、兄に聞いたことがある。父と体の関係を持ったことはあるか、と。彼は何度も首を横に振り、拒絶をした。兄の反応から察するに、そういう関係はなさそうだった。
 ────けれど、今日の父を見る限り、時間の問題だと判断した。だから。

「どう思う?」

 もう一度、聞いてみる。兄は顔を強張らせたまま、音をたて唾液を嚥下した。

「ダメだよ」
「なんで」
「なんでって……」

 「人を殺しちゃダメだからだ」。当たり前のことを返される。兄の頬にできた腫れ上がった青痣を指先で撫でた。

「……泥酔した状態で、地下倉庫へ続く階段から突き落とすんだ。数日間、監禁したら簡単に息絶えるさ。死体は細かく切り刻んで、庭にある花壇に植えたらいい。二人で口裏を合わせたら、なんとかなる」
「そんなにうまくはいかないよ」
「いくようにするんだ」

 兄の目は恐怖に満ちていた。「本気じゃないよね?」と問われ、俺は目を瞑る。ティエリの不安そうな声に「別に、一人でもできる」とひとりごちる。

「やめてよ、グランド」

 兄がぎゅうと抱きついた。震える兄の手を握り「冗談だよ」と返せないまま、俺は目を閉じる。隣の部屋から、地鳴りのような父のいびきが聞こえてきた。
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