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救世主

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 僕がこのギルドへ加入したのは、十二歳の頃。借金を背負った父に「微量だが魔力はある。好きに使ってくれ」と売り飛ばされたことがきっかけだった。今よりまだ若かったヴァンサが僕の顎を掴み、品定めするように見たあと「ヒーラーとしてなら雇ってやる」と言った。
 ヴァンサはこの国で一、二を争うギルドを束ねる凄腕の剣士だ。大きな体格と培ってきた戦闘能力は、ずば抜けていた。
 そんな彼が仕切るギルド。誰もが皆、このギルドに入りたいと躍起になっていた。
 そんなギルドに入った以上、僕も役に立たねばと身を削った。必死になって勉強を重ね、血の滲む訓練をした。捨てられないように、役に立てるように。ヒーラーとしての役目の他にも、ギルドメンバーが暮らしている屋敷の清掃や、彼らの身につけている服の洗濯など、雑務を行なった。ヴァンサに躾けられ、彼らを喜ばせることだって、やってきた────。
 そうやって僕は無価値な存在から「目障りでなければ存在しても良い」という位置にまで辿り着くことができた。
 ここの生活はあまり好きじゃない。苦しいことも、痛いことも、辛いこともたくさんある。けれど、誰にも必要とされていない僕は、それを受け入れなければいけない。
 じゃないと、彼ら────いや、ヴァンサに捨てられてしまう。
 捨てられたら最後、僕は本当にいよいよ誰からも必要とされない存在になってしまう。そうはなりたくない。僕はもう、悲しいのは嫌だから。

「おい、早くこっちにも来い」

 低い声に怒鳴られ、我に返る。僕は屋敷の広間で膝をついていた。翳した手の先には、大きな傷跡を残している男が居た。こっちをジロリと見上げ「もう終わっただろ。さっさとあっちへ行け」とぶっきらぼうに告げる。ぺこりと頭を下げ、次の治療を待っている男の元へ向かい、傍に屈む。黒ずんだ肌と赤髪の短髪が目立つ彼は、ビュゼだ。むすっとしたまま床に座り「遅いんだよ、ノロマ」と唾を吐いた。

「ごめんなさい。では、傷口を」

 彼がズボンの裾を捲り上げる。くるぶしに鋭い切り傷があった。出血は止まっているが、熱を帯びているであろうそこは見ているこっちにも痛みが伝わり、思わず顔が歪む。手を翳し、その傷口を塞いだ。
 痛みが引いたのだろう、途端にビュゼが僕の髪を掴んだ。そのまま引き寄せられる。衝動で負傷した腕が痛んだ。そういえば自分の治癒を忘れていたな、と魔力の使いすぎでぼんやりした脳内で考える。

「今から、俺のところにこいよ」
「ヴァンサに呼ばれているので、行けません」
「チッ、なんだよ。じゃ明日の夜、俺のところにこいよ、いいな?」

 舌打ちをして髪を離した彼が「俺たちの相手をするのも役立たずなヒーラーの役目なんだから、明日の約束は守れよ」と言い残し、その場を去った。
 「分かりました」とひとりごちた僕の言葉は、遠ざかった背中には届いていないだろう。
 早く他の負傷者の治癒をしなければと気合を入れ直し、立ち上がる。
 ふと、屋敷の窓に自分の顔が反射していた。稲穂のような髪と、藤色の瞳は亡くなった母譲りのものだ。自慢だったその色も、今では外の曇り空の如く黒ずんで見える。
 「おい、何ぼーっとしてるんだ」と誰かに呼ばれ、センター分けにした額から滲んだ汗を拭いながら、声のする方へ駆けた。
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