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秘密は柑橘の匂い

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 探していた背中を見つけ、俺は小走りで向かう。綺麗に磨かれた城内の廊下に、踵がぶつかり音を奏でた。

「メロ」

 名前を呼ぶと、茶色の髪が揺れる。艶やかなそれは、まるで馬の尻尾のようだ。
 彼女は俺の姿を確認し、メイド服の裾を摘み頭を下げた。顔を上げると、緑の瞳が俺を見据える。その新緑は、初夏の匂いを連想させた。

「王子、どうされました?」

 メロは持っていた箒を壁に掛け、背筋をピシッとさせた。腹あたりに手を置き、首を傾げる。
 乱れた呼吸を整えた俺は、額に滲んだ汗を拭った。

「すまない、仕事中に」
「いえ、ちょうど今、終わったところですので」

 目を弧にさせ口角を綺麗に上げた彼女は、気を利かせてそう言った。

「ご用件は?」
「オイルの礼を言いたくてな」

 お気になさらないでください。私は特に何もしていませんので。
 まだ少女の空気を孕んだ彼女が、肩を揺らし笑う。

「それで、その。一つ質問が」
「はい、なんでしょうか?」
「あのオイルは粘膜に触れても害はないのか?」

 メロが表情を固めた。笑顔のままピシリと動かなくなり、こちらを見据えている。なんと返して良いか分からないと言いたげであった。俺は慌てて言葉を続ける。

「いや、誤って口に含んだ場合、どうなるのか気になってな」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ、特に有害なものは入っていないです」

 彼女に何か悟られたかと思ったが、さほど気にしていないらしい。礼を言い、仕事に戻って良いと促す。立てかけていた箒を手に取ったメロは、お辞儀をして去っていく。その背中を見つめ、何故だかとてつもない罪悪感に包まれた。



「こんにちは、無口くん」

 馬を走らせ屋敷へ向かう。兄の元へ行くと、笑顔で迎えてくれた。その笑みはメロのような妙齢の女性とも違うし、レジューのような酸いも甘いも知った女性のものとも違う。部下たちがする愛想笑いとも違うし、父が見せる下品な笑みとも違う。
 ────生きててよかったと思える。
 大袈裟だが、兄と会うとそう思ってしまう。彼の前で跪き、手を取った。その甲に唇を寄せると、兄が肩を竦めて笑う。擽ったいよ、と言った彼の体を抱き上げ、ベッドへ押し倒した。

「わ、び……びっくりした」

 目をまんまるとさせているカルベルの額を撫でた。虚ろな瞳が、揺らめいている。美しい眼球を舐めたい衝動に襲われ、しかし耐えた。
 ────それは嫌われるだろうな。
 けれど舐めたら、どんな反応を見せるだろうか。沸々と湧き上がる悪趣味な思考を払いのけ、ベッド脇に置かれた棚へ視線を投げる。飾られた小瓶を手に取り、蓋を開けた。音、あるいは匂いで察したのか、兄が頬を緩める。
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