30 / 35
秘密は柑橘の匂い
3
しおりを挟む
◇
探していた背中を見つけ、俺は小走りで向かう。綺麗に磨かれた城内の廊下に、踵がぶつかり音を奏でた。
「メロ」
名前を呼ぶと、茶色の髪が揺れる。艶やかなそれは、まるで馬の尻尾のようだ。
彼女は俺の姿を確認し、メイド服の裾を摘み頭を下げた。顔を上げると、緑の瞳が俺を見据える。その新緑は、初夏の匂いを連想させた。
「王子、どうされました?」
メロは持っていた箒を壁に掛け、背筋をピシッとさせた。腹あたりに手を置き、首を傾げる。
乱れた呼吸を整えた俺は、額に滲んだ汗を拭った。
「すまない、仕事中に」
「いえ、ちょうど今、終わったところですので」
目を弧にさせ口角を綺麗に上げた彼女は、気を利かせてそう言った。
「ご用件は?」
「オイルの礼を言いたくてな」
お気になさらないでください。私は特に何もしていませんので。
まだ少女の空気を孕んだ彼女が、肩を揺らし笑う。
「それで、その。一つ質問が」
「はい、なんでしょうか?」
「あのオイルは粘膜に触れても害はないのか?」
メロが表情を固めた。笑顔のままピシリと動かなくなり、こちらを見据えている。なんと返して良いか分からないと言いたげであった。俺は慌てて言葉を続ける。
「いや、誤って口に含んだ場合、どうなるのか気になってな」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ、特に有害なものは入っていないです」
彼女に何か悟られたかと思ったが、さほど気にしていないらしい。礼を言い、仕事に戻って良いと促す。立てかけていた箒を手に取ったメロは、お辞儀をして去っていく。その背中を見つめ、何故だかとてつもない罪悪感に包まれた。
◇
「こんにちは、無口くん」
馬を走らせ屋敷へ向かう。兄の元へ行くと、笑顔で迎えてくれた。その笑みはメロのような妙齢の女性とも違うし、レジューのような酸いも甘いも知った女性のものとも違う。部下たちがする愛想笑いとも違うし、父が見せる下品な笑みとも違う。
────生きててよかったと思える。
大袈裟だが、兄と会うとそう思ってしまう。彼の前で跪き、手を取った。その甲に唇を寄せると、兄が肩を竦めて笑う。擽ったいよ、と言った彼の体を抱き上げ、ベッドへ押し倒した。
「わ、び……びっくりした」
目をまんまるとさせているカルベルの額を撫でた。虚ろな瞳が、揺らめいている。美しい眼球を舐めたい衝動に襲われ、しかし耐えた。
────それは嫌われるだろうな。
けれど舐めたら、どんな反応を見せるだろうか。沸々と湧き上がる悪趣味な思考を払いのけ、ベッド脇に置かれた棚へ視線を投げる。飾られた小瓶を手に取り、蓋を開けた。音、あるいは匂いで察したのか、兄が頬を緩める。
探していた背中を見つけ、俺は小走りで向かう。綺麗に磨かれた城内の廊下に、踵がぶつかり音を奏でた。
「メロ」
名前を呼ぶと、茶色の髪が揺れる。艶やかなそれは、まるで馬の尻尾のようだ。
彼女は俺の姿を確認し、メイド服の裾を摘み頭を下げた。顔を上げると、緑の瞳が俺を見据える。その新緑は、初夏の匂いを連想させた。
「王子、どうされました?」
メロは持っていた箒を壁に掛け、背筋をピシッとさせた。腹あたりに手を置き、首を傾げる。
乱れた呼吸を整えた俺は、額に滲んだ汗を拭った。
「すまない、仕事中に」
「いえ、ちょうど今、終わったところですので」
目を弧にさせ口角を綺麗に上げた彼女は、気を利かせてそう言った。
「ご用件は?」
「オイルの礼を言いたくてな」
お気になさらないでください。私は特に何もしていませんので。
まだ少女の空気を孕んだ彼女が、肩を揺らし笑う。
「それで、その。一つ質問が」
「はい、なんでしょうか?」
「あのオイルは粘膜に触れても害はないのか?」
メロが表情を固めた。笑顔のままピシリと動かなくなり、こちらを見据えている。なんと返して良いか分からないと言いたげであった。俺は慌てて言葉を続ける。
「いや、誤って口に含んだ場合、どうなるのか気になってな」
「あぁ、そういうことですか。大丈夫ですよ、特に有害なものは入っていないです」
彼女に何か悟られたかと思ったが、さほど気にしていないらしい。礼を言い、仕事に戻って良いと促す。立てかけていた箒を手に取ったメロは、お辞儀をして去っていく。その背中を見つめ、何故だかとてつもない罪悪感に包まれた。
◇
「こんにちは、無口くん」
馬を走らせ屋敷へ向かう。兄の元へ行くと、笑顔で迎えてくれた。その笑みはメロのような妙齢の女性とも違うし、レジューのような酸いも甘いも知った女性のものとも違う。部下たちがする愛想笑いとも違うし、父が見せる下品な笑みとも違う。
────生きててよかったと思える。
大袈裟だが、兄と会うとそう思ってしまう。彼の前で跪き、手を取った。その甲に唇を寄せると、兄が肩を竦めて笑う。擽ったいよ、と言った彼の体を抱き上げ、ベッドへ押し倒した。
「わ、び……びっくりした」
目をまんまるとさせているカルベルの額を撫でた。虚ろな瞳が、揺らめいている。美しい眼球を舐めたい衝動に襲われ、しかし耐えた。
────それは嫌われるだろうな。
けれど舐めたら、どんな反応を見せるだろうか。沸々と湧き上がる悪趣味な思考を払いのけ、ベッド脇に置かれた棚へ視線を投げる。飾られた小瓶を手に取り、蓋を開けた。音、あるいは匂いで察したのか、兄が頬を緩める。
9
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
君が好き過ぎてレイプした
眠りん
BL
ぼくは大柄で力は強いけれど、かなりの小心者です。好きな人に告白なんて絶対出来ません。
放課後の教室で……ぼくの好きな湊也君が一人、席に座って眠っていました。
これはチャンスです。
目隠しをして、体を押え付ければ小柄な湊也君は抵抗出来ません。
どうせ恋人同士になんてなれません。
この先の長い人生、君の隣にいられないのなら、たった一度少しの時間でいい。君とセックスがしたいのです。
それで君への恋心は忘れます。
でも、翌日湊也君がぼくを呼び出しました。犯人がぼくだとバレてしまったのでしょうか?
不安に思いましたが、そんな事はありませんでした。
「犯人が誰か分からないんだ。ねぇ、柚月。しばらく俺と一緒にいて。俺の事守ってよ」
ぼくはガタイが良いだけで弱い人間です。小心者だし、人を守るなんて出来ません。
その時、湊也君が衝撃発言をしました。
「柚月の事……本当はずっと好きだったから」
なんと告白されたのです。
ぼくと湊也君は両思いだったのです。
このままレイプ事件の事はなかった事にしたいと思います。
※誤字脱字があったらすみません
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
全力でBのLしたい攻め達 と ノンケすぎる受け
せりもも
BL
エメドラード王国第2王子サハルは、インゲレ王女ヴィットーリアに婚約を破棄されてしまう。王女の傍らには、可憐な男爵令嬢ポメリアが。晴れて悪役令息となったサハルが祖国に帰ると、兄のダレイオが即位していた。ダレイオは、愛する弟サハルを隣国のインゲレ王女と結婚させようとした父王が許せなかったから殺害し、王座を奪ったのだ。
久しぶりで祖国へ帰ったサハルだが、元婚約者のエルナが出産していた。しかも、彼の子だという。そういえばインゲレ王女との婚約が調った際に、エルナとはお別れしたのだった。しかしインゲレ王女との婚約は破棄された。再び自由の身となったサハルは、責任を取ってエルナと結婚する決意を固める。ところが、結婚式場で待ったが入り、インゲレからやってきた王子が乱入してきた。彼は姉の婚約者だったサハルに、密かに恋していたらしい。
そうこうしているうちに、兄ダレイオの子ホライヨン(サハルの甥)と、実の息子であるルーワン、二人の幼児まで、サハルに異様に懐き……。
BLですが、腐っていらっしゃらない方でも全然オッケーです!
遅くなりました! 恒例の、「歴史時代小説大賞、応援して下さってありがとうございます」企画です!
もちろん、せりももが歴史小説書いてるなんて知らなかったよ~、つか、せりももって誰? という方も、どうか是非、おいで下さいませ。
どちらさまもお楽しみ頂ければ幸いです。
表紙画像(敬称略)
[背景]イラストACふわぷか「夕日の砂漠_ラクダ」
[キャラクター]同上イラレア 「緑の剣士」
婚約破棄に異議を唱えたら、王子殿下を抱くことになった件
雲丹はち
BL
双子の姉の替え玉として婚約者である王子殿下と1年間付き合ってきたエリック。
念願の婚約破棄を言い渡され、ようやっと自由を謳歌できると思っていたら、実は王子が叔父に体を狙われていることを知り……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる